夜を駆る狩人

広場に悲鳴が響いた。次いで聞こえるのはグチグチと肉を断つ音。


帽子を被り、装束を纏った男が月明かりに照らされた。どういうわけか、男はうっすらと透け、淡い光を放っている。


噴水の傍で、男は怪物と化した女に大鎌を突き刺していた。頭を執拗に破壊し、ツノのように見える触手を頭から掻き出している。


この触手は中々手強いようで、男は何度も何度も鎌を振り下ろし強引に引き抜こうとする。


その度に血と脳液が飛び散り、広場は赤く染まっていく。



ようやく触手が怪物から分かたれた。男は触手を踏み潰し、ひと仕事終えたと言わんばかりに深く息を吐いた。


「これでお前は救われた……良い目覚めを…」


「……お前が狩人か」


広場の入口に、王子は立っていた。声をかけられた男━━狩人は、ゆっくりと振り返る。


「……ああ、臭うぞ。芳ばしい血の臭いだ…」


狩人が鎌に付いた血を振り払い、肩にかける。空いていた左手は腰に掛けた剣を掴み、一息に抜き放った。


「まだ…人だな?ならば人であるうちに死んでおけ……」


王子も剣を抜く。狩人は戦う意思を見せた王子にため息をついた。


「動くな……すぐに救ってやるさ。忌まわしい夢、温もりを消す蛆虫から」



狩人が剣を縦横無尽に振り回す。その動きは単調に見えて複雑で、王子の隙や意識外から唐突に命を狙ってくる。近付きにくいことこの上ないが、それ以上に危険視すべきは別にあった。


「動くなと言ったろう」

「ぐっ…!?」


別の手に持つ大鎌だ。剣の範囲内から遠ざかろうとすれば薙ぎ払われ、逆に近づこうとすれば後ろへのステップと同時に振るわれる。


対中距離の手段、しかも長物とくれば剣一本しか武器の無い王子は防戦一方となるしかない。


王子は鍛錬を詰んだ。しかし命を奪い合うようなものではなかった。対して、狩人はずっと怪物を狩ってきたのだ。


ナナハンが送り込んだ腕の立つ者たちがどれほど戦えたのかはわからないが、狩人は今日まで立っている。その全てが敗れ、殺されたのだろう。


経験が違う。繰り広げてきた戦いの密度が違う。


それはもはや戦いと言えるものではなく、まさに獲物を追い詰めていく『狩り』だった。


「…はぁ、いいな。骨がある」

「ぐっ……おおおおお!!」


しかし、身体能力に差はほとんどない。狩人の方が長く戦い続け、歳もとっているように見える。だが、かの人王による鍛錬とは名ばかりの扱きは確かに王子を成長させていた。


現に、技量をかろうじて埋める程には立ち回っている。地面を転がり、地を跳ね、迫りくる凶刃をくぐり抜けていく。

そして僅かな隙に剣を合わせ、防がれはすれど確かに一方的な戦いにはなっていなかった。


剣同士が交差する。互いの得物が衝撃で切っ先がブレ、王子な脇腹を抉られた。


しかし、王子ばかりではないらしい。


「ぬう……」


狩人の肩に王子の剣が突き刺さっていた。狩人が使うのはショートソード。決して短剣のように短いものでは無いが、王子の振るうロングソードとは相性が悪い。


そのために鍔迫り合いは生じず、また切っ先も大きく弾かれたのだ。もし狩人が王子と同程度の大きさの武器を使用していたなら、王子は狩人と同じ傷…場所が悪ければ致命傷にもなりえた。


狩人の手から剣がこぼれ落ちた。好機と攻め立てるも、狩人は器用に大鎌で弾き距離をとった。


「はぁ…しぶとい。が、狩りがいがあるぞ……」

「はぁ…はぁ……」


息も絶え絶え。狩人は王子以上の強さを持っている。常人であれば瞬く間に切り捨てられているだろう場面も幾度かあった。


しかし、やはり体力は削られる。狩人はまるで疲れていないと言わんばかりの立ち住まいだが、王子の余力は少なかった。


片腕は封じた。しかし、このまま攻められれば確実に殺される。


回復ポーションを一つ飲み干し、脇腹の傷を治療する。しかし体力は戻らない。傷ではないため、回復の対象にはならないのだ。


しかし痛みを感じながら戦うよりかはマシだ。癪ではあるがあの男に感謝だな。


「…さあ、終わりにするぞ。この戦いも、お前の微睡みも」

「いいや、まだ終わらない…!」


振り下ろされた鎌を剣で再び距離をとる。今は体力の回復が最優先。まともにぶつかれば死は免れない。


そうすれば片手しか使えない狩人に優位に立ち回れるはずだ。それは狩人も理解していることだろう。しかし、彼は余裕の態度で歩み寄り、鎌を数度振るうばかり。確実に殺すという気概が感じられなかった。


「はぁ……」


どこか気だるげにも見える。狩人をよくよく観察すると、不可思議な現象が起こっていた。


薄らと透けていた身体がさらに薄まり、右肩の傷を右手で抑えている。おかしい、王子の剣は肉を貫き周りの骨を損傷させたはずだ。


しかも、傷口からは血が流れず代わりに煙のようなものが出ている。


「お前は…なんだ……」

「……………………」


狩人は答えない。ずっと無表情だった顔が苦しげに歪んだ。もしや自分でもわからないのか、はたまた……。


「…認めたくないのか」

「そう、その通りなのだよ!!」

『!?』


複数のナイフが狩人目掛けて飛んでくる。狩人はその大鎌を回転させ弾くが、ナイフの内の一本が足に刺さった。


建物から飛び降りてくる影が一つ。獣騎士ナナハンだ。


「………………」

「その男は迷っている!これが本当に自分の信念に則っているのかと。ましてや自分が━━」


狩人が一息に距離を詰め、ナナハンに斬りかかった。対しナナハンは剣を抜き放ち刃を合わせた。


「………………」

「ははは、驚いたか馬鹿者!私は獣騎士だが、お前に片足をやられたからな!獣騎士御用達の重い武器は持てんのだ!」


鎌で近接は分が悪いと感じたか、狩人が距離をとる。ナナハンも王子の元まで下がり、緊張からか息をついた。


「お前、足が悪いと言っていなかったか」

「ええ、そうですとも。しかし、今はまたとない好機!奴は片手を、私は片足を。これでようやく平等……と思ったのですが」


何かが割れるような音がする。それと同時にナナハンはその場に崩れ落ちた。見れば義足が折れている。


「ははは、間に合わせの棒切れでは持たなかったようだ。申し訳ないのですが、後はお頼みしてもよろしいか?」

「…承った」


王子が再び狩人の前に立ちはだかる。もはや傷を気にしなくなったのか、狩人は両手で鎌を構えた。


「はぁ……時間をかけ過ぎた。今、救ってやる」

「……いくぞ狩人。救われるのは…お前だ」


狩人と王子の死闘、それは確実に終わりえと近づいていた…。

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