妹に彼女をNTRれた件

湊月 (イニシャルK)

短編


 妹に彼女を寝とられた。


 何言ってんだって感じだよな。

 うん。俺も自分で何言ってんのか分からない。

 寝とられだ。NTR。

 同人誌やAVじゃありがちというか鉄板だが、俺はどうにもその良さを理解することはできなかった分野だ。


 いや、本題に戻ろう。


「……ち、違うのお兄ちゃん!」


 状況を簡潔に説明するとだな。

 家に帰って自分の部屋に入ると、俺の妹の沙耶(さや)と俺の彼女である莉奈(りな)がキスしてた。それも一糸まとわぬ生まれたままの姿で、だ。

 もちろんフレンチじゃなくディープだ。目に見えて糸を引いていた。


「たっくん話を聞いて! こ、これは……」


 俺だって莉奈とそこまでのことはしていない。

 キスはしているが、それもディープじゃない。

 俺が奥手だったこともあり、清く正しい交際を行っている。

 裸を見たのだって、この瞬間が初めてだ。


 ……さて。混乱しすぎて独白してしまったが、妹と彼女の情事を目の当たりにした俺の反応はこうだった。



「…………お前ら、さっさと服着替えて隣の部屋に来い」



 俺はそうとだけ言って扉を閉めた。

 そして現在。

 隣――沙耶の部屋で、俺はベッドの縁に腰を下ろしている。


 足を組み、腕を組み、大層偉そうな態度で、目の前で正座する二人を見下ろしている。


 二人から生々しい汗と香水の混じりあった匂いがする。

 風呂にも入らず焦って来たのだ。当たり前だろう。

 空気は最悪だ。時計の秒針の音だけが響いている。


「あ、あのねお兄ちゃん! 全部私が悪いの!」

「ううん。私も同罪よ。あたしがちゃんと断るべきだった」

「……なんでだ? いつも俺に隠れて二人で会っていたのか? 莉奈、お前今日は用事あるって言ってたよな?」

「違うのよ! その用事が早めに片付いて、驚かせようと思ってたっくんの家に来たら沙耶ちゃんがいて……」

「そ、その、私が莉奈さんみたいな女性がタイプだって言ったら、恋人みたいに接してくれて、お兄ちゃんのベッドだったから余計に盛り上がっちゃって……」

「あたしが沙耶ちゃんを誘惑したのが悪いの」


 互いにかばい合う二人の言い分を聞いて、苛立ちは増すばかりだった。

 貧乏ゆすりも激しくなり、封印していた爪を噛む癖も復活してしまっている。

 もし莉奈が他の男の寝ていると知ったら、俺は間違いなく別れを切り出していただろう。


 でも俺は、莉奈の性格を知っている。

 そして沙耶のことも知っている。

 だから完全に糾弾できずにいるのだ。


「……沙耶。お前の恋愛対象が女であることは知っている。それに対して俺はダメだとは微塵も思わなかった。お前がいずれ彼女を連れてきたら、無条件で応援してやれる自信があった。お前が選んだ相手なら間違いないだろうと思っているからだ」

「お兄ちゃん……」

「莉奈。お前がバイ・セクシャルで同性も恋愛対象であることは知っている。常に好きになる席が男女で一つずつあることも知っている。男女ともに等しく愛せるお前が好きだったし、最悪彼女がいると言われても許したと思う」

「たっくん……」

「でも、こりゃねぇだろ……なんで沙耶なんだよ。なんで莉奈なんだよ」


 二人が仲が良いのは俺としても嬉しかった。

 なんとなく沙耶の好みが莉奈であることも、沙耶が莉奈の好みであることも薄々察していた。

 だが、こうなることを誰が想像できるだろうか。


 なんだこの地獄のような三角関係は。


「本当にごめんなさい、お兄ちゃん! 私、もう二度と莉奈さんには近づかないから」

「沙耶ちゃん……あたしも、許されるならもう二度とたっくんを裏切らないから、これからも彼女でいさせてください!」


 二人が土下座する。

 俺は何も間違っちゃいない。

 それが一番正しい選択だ。


「そういう問題じゃねぇだろ。確かに、今日を無かったことにすれば全部解決するし、そうすべきなんだと思う」


 でも……俺は好きなんだ。この三人の関係を。


「……沙耶。お前は本気で莉奈のことを好きなんだよな」

「え……うん。こんなに誰かを好きになったのは初めてだよ」

「莉奈。お前は遊び半分で沙耶に手を出したのか?」

「それは違うわ! ……あたしの好きな男の子はたっくんであることは変わらないし、あたしにとって好きな人は男女一人ずつ存在するってのは言い訳にしかならないけど……沙耶ちゃんのこと、いいなって思っちゃったのよ」

「そうか……」


 結果的に俺は二人に裏切られた。

 しかし、莉奈の価値観では裏切った感覚は薄いのだろう。

 俺はその価値観を表面的にではあるが理解している。


 何より、俺は沙耶の恋を応援してやりたいのだ。

 こいつが誰かを好きだと口にしたことがかつてあっただろうか。

 沙耶は自分の恋愛観が周囲と異なっていることに早く気づいていた。

 好きだと伝えて距離を取られてしまったこともあった。


 いつからか、沙耶は誰かを好きになる気持ちを塞ぎ込んだ。

 今の時代、どうしても同性愛者の恋は前途多難になってしまう。

 本気で恋をした相手が同性を愛せる確率は僅かなものだし、その恋が成就する確率はもっと低い。


「正直、俺は莉奈をお前に譲ってもいいと思ってる」

「それはダメだよ! 私、お兄ちゃんの恋を邪魔したいとは思わない!」

「あたしも、まだたっくんと別れたくないわ!」


 二人がその提案を必死に拒絶する。

 俺だって莉奈と別れたくない。

 でも、沙耶が傷つくのは同じくらい嫌だ。


 ……ヤバい。俺、馬鹿なこと考えてるぞ。


「莉奈、お前は本当はどうしたい?」

「……そ、それは」

「お前からは言いづらいよな。じゃあ、俺が言うよ。――俺は、お前らが付き合うことを認めればいいんじゃないかって思い始めてる」

「それって……」

「莉奈が二股するのを了承するって言ってるんだよ」

「「――ッ!」」


 二人とも考えなかったわけじゃないだろう。

 でも、それを二人から提案するなんてことはできない。


 もちろん、結婚を前提に交際してるなら話は別だが、俺たちは高校生、清く正しい交際とはいかないが時間はある。

 今すぐに関係を分断することもないだろう。


「もちろん。二人がそれがいいっていうなら、の話だけどな」

「いいの……って、それじゃあお兄ちゃんのメリットないじゃん! 別に、私が身を引けばいい話なのに!」

「メリットならあるぞ。お前が笑っていてくれるってことだ」

「お兄ちゃん……じゃ、じゃあ三人で付き合お!」

「さ、三人?」

「うん! 誰かが損しないように、カップルじゃなくてトリプルで! 私とお兄ちゃんが付き合っちゃえばいいんだよ! 私、お兄ちゃんとなら……いいよ?」

「いいわけあるか!」


 とんでもない妹の提案を一蹴する。

 確かに3人全員が二股すれば誰も損はしないが、俺と沙耶は兄妹だ。恋愛感情など芽生えるはずがない。


「莉奈もそれでいいか?」

「うん。あたしが拒否する理由なんてないわよ。必ず私が二人を幸せにしてみせるわ」

「お、おう……それ言われるとなんか複雑だな」


 ほぼほぼプロポーズじゃねぇか。

 俺はこの三人で結婚するつもりなんてない。


「まあ、とりあえず一段落ついたしさ」

「何、お兄ちゃん?」

「まさか混ざりたいなんて言わないわよね?」

「――お前ら、二人で風呂入ってこい」

「「……あ」」


 二人でじっくり話す時間も必要だろう。

 俺も今は一人なりたい。


 風呂であの続きをするとは考えられないが、例えそうだとしても今更どうでもよい。


「さて……これから、どうすりゃいいんだよ」


 俺はどっと疲れてベッドに寝転んだ。



〜〜〜



「――ねえ――ちゃん――きて」


 二人の声がぼんやりと聞こえてくる。

 どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 目が覚めると、沙耶と莉奈は風呂から上がってバスタイル一枚の姿で戻ってきていた。


「って、なんてカッコしてんだよ!」


 一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。

 なんだこの常軌を逸した状況は。


「あのね、たっくん。私たちお風呂で話し合ったの」

「うん。やっぱりお兄ちゃんにだけ我慢させるのは申し訳ないなって。だから、三人で付き合おうよ」

「つまりね、三人で寝ましょうってことなの」


 ほう。それはなんだ?

 今から3Pしましょうってことか?

 なるほどなるほど。


「お前らもう1回そこ正座しろ。倫理の授業だ、バカ」


 先行き不安しかない三角関係が始まった。

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