6.ホテルユーカリ

 ホテルユーカリは池袋駅東口から歩いて10分くらいのところにあった。池袋駅東口を出て明治通りから細い脇道に入ると、小さなラブホテルが並ぶ忘れ去られたような一画が現われる。ホテルユーカリはその一画に建つ小さなラブホテルの一つだった。


 私は人通りが途絶えたときを待って、ホテルユーカリの中に足を進めた。自分がこのようなラブホテルの入り口にいることが、なんだか信じられないような、夢を見ているような気分だった。入口にはフロントと呼べるようなものはなく、壁に小さな窓が一つ開いているだけだ。窓の中はカーテンが降ろされていて、上に『受付』という表示があった。


 「あの、315号室を予約したものですが・・」と私が小声で窓の中に告げると、カーテンが少し開いて手が出てきた。女の手だ。その手が鍵を握っている。315号室の鍵だ。私はその鍵を受け取って階段で3階に上がった。ホテルユーカリにはエレベーターが無かった。


 私は15時になるまで、部屋のテレビをつけて過ごした。ドキドキと自分の鼓動がテレビの声よりも大きく聞こえていた。のどが渇いてきて、私はバッグに入れていたペットボトルのお茶を何度も口にした。


 15時ちょうどになった。ドアでノックがした。私は黙って立っていってドアを開けた。男が立っていた。あの288番の男だった。手に紙袋を持っている。ちょっと買い物をするために家を出て来たという風情だった。


 288番の男は黙って部屋に入ってきた。改めて見ると、どこにでもいる男性だ。30才ぐらいと思われた。男はベッド脇のサイドテーブルの上に紙袋を乗せると、私を振り向いた。私を見つめて黙っている。


 そうか、お金か。


 私は288番の男に5万円を渡した。七海がさっきあのマンションの前で別れるときに「する前にお金を渡すのよ。お金は、そうねえ、鮎美なら5万円くらいね」と言っていたのだ。288番の男は黙って一万円札の束を受け取ると、ズボンの後ろポケットから長財布を取り出して、数えもせずに財布の中に入れた。


 男の無機質な動作を見ていると、私の心の中に不思議な感情が湧き上がった。


 これはビジネスなんだ。そうだ。私はもうお金を払ったんだ。だから、もう、このは私のもの。私がお金で買ったんだから、私が自由にできるのよ・・


 男はさっさと服を脱ぎ始めた。ブリーフ一枚になると、私の方を見てにやりと笑った。そして、言った。


 「脱がせましょうか?」


 初めて聞く男の声はなんだか非常に幼いものに聞こえた。私の心に男を支配したいという気持ちが湧いてきた。私は高圧的に言った。


 「ええ、脱がせて頂戴」


 言ってから自分で驚いた。こんなことを言うなんて・・


 しかし、私はそれ以上何も考えられなかった。男が私の服を脱がせながら、私の身体を愛撫したのだ。思わず私の口から声が出た。


 「ああ~」


 私がブラジャーとショーツだけになると、男が急に私の身体をベッドに押し倒した。男の身体が私の上に乗って来る。汗の臭いがした・・・


 そして、私は288番の男に抱かれた。


 

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