5.288番の男

 七海が手元のタブレットのスイッチを入れた。七海を真似して、私もタブレットのスイッチを入れてみた。画面が明るくなって、少しするとアルバムのような画面が出てきた。それはまるで、学校の卒業アルバムだった。正面を向いた男性の顔写真があって、その下に番号が書いてあった。番号の下には簡単な紹介文が書いてある。タブレットの表面を指でなぞると、次の男性の写真が表示された。


 私は写真を見た。20代の若い男性のポロシャツを着た上半身の写真だ。色黒の顔に髪を金色に染めてピアスをしている。いかにも遊び人という感じがした。写真の下の番号は、通し番号ではなくて、ばらばらの番号だった。その男性は224とある。番号の下には、『趣味はサーフィン』とだけ書かれていた。名前は書かれていない。


 七海が私に言った。


 「このタブレットにはね。今すぐ女性のお相手をすることが可能なが表示されてるの。それでね、この中からお相手のを選ぶのよ。気に入ったの番号をオーナーに伝えると、オーナーが段取りをしてくれるわ」


 私はしばらくの間、タブレットの画面を変えて遊んでいた・・次々と男性の顔写真が私の眼の前を流れていった。私は七海に聞いた。


 「七海はどの人にしたの?」


 「私はこの


 七海が自分のタブレットを見せてくれた。私たちより年上だ。中年に近い男性だった。30代の後半だろう。サラリーマンのような白いワイシャツに清潔そうな顔が乗っていた。153番。その下には『会社員です』とだけ書かれていた。


 七海が聞いた。


 「鮎美はどのにしたの?」


 私は首を振った。


 「ダメ。とても私には選べないわ」


 七海が笑った。私のタブレットを手に取りながらサラリと言った。


 「気にしないでいいよ。最初はみんなそうだから。では、私が鮎美のお相手を選んであげるわ。鮎美は年上がいいのよね、それとも私たちより少し年上が」


 さすがに、七海は私の好みをよく知っていた。恭一と結婚するとき、年が離れているので七海は驚いていたっけ。私の頭に恭一が浮かんできた。私は恭一の顔を打ち消そうと努力した・・


 「鮎美。このにしなよ」


 七海の声に私は我に返った。恭一のことを一刻も早く忘れたかった私は七海の差し出したタブレットを覗き込んだ。


 さわやかそうな男性の顔があった。30才ぐらいに見えた。遊び人といった感じはしなかった。私はその男性の顔に知性を感じた。写真の下には288という数字と、『理系大学卒』という文字が見えた。


 すると急に、その男性の顔に恭一の神経質そうな顔が重なった。


 いけない、恭一の顔が頭から消えない・・こんな時に・・


 恭一の顔を頭から消すために・・自分では思ってもいなかった言葉が、私の口から勝手に出てしまった。


 「うん。この人でいいよ」


 私の言葉を聞くと、七海は安心したようだ。


 「良かった。鮎美が気に入ってくれて」


 そう言うと、七海が奥に向かって声を掛けた。


 「オーナー。選びました」


 すると、リビングダイニングの奥のドアが開いて、先ほどの岩本というオーナーが出てきた。七海がオーナーに言った。


 「オーナー。私は153番。この女性は288番」


 オーナーは番号をメモすると、私と七海のタブレットを持って奥に消えた。七海が私に言った。


 「今、オーナーがね。153番と288番のに連絡を取って交渉してるのよ。交渉するのに、かなり時間がかかる時があるわ。ゆっくり待ちましょう。それでね、指名したと交渉が成立したら、オーナーに2万円を謝礼として渡す仕組みなのよ。鮎美、2万円を用意しておいて」


 七海は時間がかかることがあると言ったが、オーナーはすぐに奥から出てきた。手に2枚の小さな紙片を持っている。オーナーは七海に紙片を渡すと、また何も言わずに奥に消えた。


 七海は2枚の紙片を見ると、1枚を私に渡した。私が受け取った紙片には『288番 池袋駅東口 ホテルユーカリ 315号室 15時』と手書きでメモが書かれていた。


 七海が私のメモを覗き込んで私に言った。


 「鮎美。これから、池袋駅東口のホテルユーカリに行くのよ。315号室が予約されてるからね。それで、あなたは315号室のお部屋に入って待ってるのよ。15時になったら、288番のあなたのお相手が315号室にやってくるわ。オーナーへの謝礼はこのテーブルに置いておけばいいのよ。では、お金を置いて出かけましょうか」


 私はあわてた。


 「ちょっと、七海。あなたはどうするの?」


 「私? 私は錦糸町のホテルに15時半よ。鮎美、このマンションを出たら、私たちは別行動よ」



 

 



 



 


 


 

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