フライングゲット?

mi-ka

 

 前の走者がコーナーを曲がる。一位でバトンを受け、体一つ分先を走っている。が、二番手のヤツはなかなか足が速い。抜かされたところで追い抜く自身はあるが、引き離してくれた方があとあと楽なのは確かだった。


「次の走者、出て」


 蛍光色のビブスを身につけたボクが先に立った。すぐ後に来たのはショータだった。


「もうちょい、追い上げてくんねぇかな」

「楽するつもりかよ」

「どっちが」


 ショータは蛍光黄緑のビブスの裾で手を拭った。


「オレは料理部。現役陸上部のカケルに勝てるわけねぇだろ」


 三年前のショータの選択にあっけにとられた。県下でナンバーワンの実力者が、高校に入るとこともあろうに料理部に入ったからだ。


「料理部だろうが何だろうが、対抗リレーの選手に選ばれてるじゃないか」

「しょせん、体育祭の組対抗だ。適当だろ」


 ひょろっと立ち、肩の力が抜けているさまは、端から見ればやる気がなさそうに見える。しかし、ショータの視線はさっきから、直線に入った前走者を追っている。


 視線の先で、思わぬものとぶつかった。


 髪を高めのポニーテールにし、ぱつんと切りそろえられた前髪の奥から、じっとこちらを見つめる瞳にぶつかった。応援席は興奮気味で、立ち上がって声援を送る者もいるが、アユムは身じろぎもせずにいた。

 アユムの視線先を追う。間違いない。このスタートラインに向けられている。ちらりとショータの表情を探る。前の走者がアユムの前を走り去っても、視線をそこに留めていた。


 ボクのため息は深く漏れ出した。あれはやはり、間違っていなかったんだ。

 

 放課後、自転車置き場で見かけた影は、ショータとアユムだ。

 夢が料理人だから料理部に入ったんじゃない。アユムのそばに少しでもいたかったからだ。


 歓声が迫る。ボクは一つ息を吐くと後ろをふり返った。


「お、並んだ」


 最終コーナーを回った走者が、真っ直ぐこちらに向かってくる。並ぼうがかまわない。トレーニングを積んだ足を嫌というほど見せつけてやる。


 あと、五メートル。

 あと、四メートル。


「あ」


 ショータが口を開いた。


「オレ、この間、アユムと帰った」

「だからなんだよ」


 黄色のバトンが迫ってくる。


「あいつ、ものすごく思いつめてた」


 分かってるよ。だから、今から倍にして返してやる。

 片目で後ろを探りながら、体をひねり、バトンを待つ。

 トン、と感触が手に伝わった時だった。


「お前に、どうやったら気持ちが伝わるのか、ってさ」


 プラスティックの筒が、手から滑り落ちていく。蛍光黄緑のビブスは、ボクの目の前を抜き去り始めていた。

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