04 V-身体は正直


「ほんとにちょっとなのかな……」


「うーん……」


 和歌が良い笑顔過ぎる表情で放った台詞に、懐疑的にならざるを得ない華花と蜜実。

 それもそのはず。二人の目の前に召喚されたのは、イノシシ型のモンスターとはまるで趣を異にする、二足獣頭の巨影。


(うわぁー懐かしいなぁ)


 同年代女子の中では比較的高い方である華花の背の、さらに倍以上を誇る巨大さ。筋骨隆々の浅黒い体躯の頂点には、闘牛さながらに息を荒げた雄牛の頭が。右手に握るは、その体躯に見合う巨大な両刃斧。


(ミノタウロス……だっけ?)


 確かに、[HELLO WORLD]最初期から存在する『原種』である、という点においては、イノシシ型のモンスターとちょっと・・・・違う程度だと、言えなくもないかもしれない。いや、言えるわけがない。


(こっちも、チュートリアル用に調整されてるとは思うけどー)


(『鑑定アパライズ』もないし、どの程度なのか分かんないな……)


 相手方のステータスは不明。

 見た目の威圧感で言えば正直、初期状態のこのアバターで勝てるとはとても思えない二人だった。


(ハーちゃんとなら全然大丈夫なんだけど)


(ミツとなら何とかなるかもしれないけど)


 予想以上に上昇した難易度に若干の不条理さを感じつつ、互いをちらりと見やる華花と蜜実。


((知り合ったばかりのクラスメイトじゃなぁ……))


 息ぴったりに、内心ため息をついていた。


 ……とは言え、これも授業の一環。

 即席の連携でどうにかなるものでもないだろうと思いながらも、二人は武器を構える。


「お互い災難ね」


「ねー」


「ペア戦闘の経験とかある?」


「えーっと、少しは?」


「私も」


 半ば諦めと共にやりとりをする二人は、自らのペア戦闘経験を少し・・と偽っていた。それは謙遜でも卑下でもない、予期される結果からの逆算。


 華花ハナ蜜実ミツは、お互い以外の誰と組んでも(そんなことはしたためしが無いのだが)、一人で戦っても(そんなことはしたためしが無いのだが)、精々が中の下程度の力しか発揮できない。

 [HELLO WORLD]サービス開始直後から手を取り合って戦ってきた彼女たちは、同じ様に手を取り合って、なんなら腕を組んだり指を絡めたり、背景に百合の花を咲かせたり――とにかく、そうして初めて、真の実力を発揮するのである。



 故に。

 この場において、クラスメイトとしてまだほとんど交流のない、白銀 華花と黄金 蜜実は。


 最強のバディプレイヤー百合乃婦妻ハナとミツとしての力を、遺憾なく発揮することとなる。



「じゃあ、一応……やるだけやってみようか」


 華花は、いつも通りの右手に剣、左手に盾のスタイル。

 蜜実は、一振りしかない剣を、左手に握る。


「おー」


 プレイヤー側から仕掛けてくるまで待機状態だったミノタウロス。

 いい加減に覚悟を決めた華花が、その巨躯へ向かって一歩踏み出し。


(あれ?)


 蜜実の二歩目は、両人も予期しない完璧なタイミング。


(あれー?)


 三歩目にして、互いの動きが手に取るように分かり。


((もしかして))


 四歩目にはすでに、深層意識から指の先まで一心同体。


((もしかして……!))


 五歩目でようやく、思考が追い付き、想い至る。



「ミツ!?」


「ハーちゃん!?」



 驚愕に思わず二人して叫ぶも、その足は一切のよどみ無く。

 六、七、八歩で、左右に展開。


 ようやく動き出したミノタウロスは、右手の斧で華花を狙うも。


「え、え、うそ、」


「わー!わー!わぁぁぁ!」


 蜜実に左足首を切られ、バランスを崩す。


「ミツが、ミツで、」


「ハーちゃん、ほんとにハーちゃん!?」


 威力の無い振り下ろしを、華花が盾で弾き返し。


「ミツだから、ええっと、」


「ううん、ほんとにハーちゃんだ!!」


 大きく傾くその巨体に、蜜実が足払いで追撃。


「どうしよう、夢みたい……」


「すごい、すごいすごい!!」


 仰向けに転倒する――その直前、左右からの二刀一閃により、首が落ちる。



「ミツ!!!!」


「ハーちゃん!!!!」



 ぽいっ。がしっ。ぎゅー。


 武器を投げ捨て、倒れ伏す首無しミノタウロスには目もくれず、華花と蜜実は互いの体を抱きしめ合った。


「ミツ……」


「ハーちゃん……」


 軽いハグとか、そういう次元では断じてない、抱擁という言葉すら生ぬるいほどのそれ。


「ミツぅ……」


「ハーちゃぁん……」


 僅かな隙間があることすらも耐えられないと言わんばかりの密着ぶり。

 熱に浮かされたように紅潮し、溶け落ちてしまうと言わんばかりに緩みきった顔付き。


「みぃーつっ」


「はぁーちゃんっ」


 それはもはや、溶融と称しても何ら差し支えない様相であった。



「……あー、お二人さんや。どうしたんだい急に?てか『ハーちゃん』と『ミツ』って……」


 あまりに異様な雰囲気へと急変した友人にたじろぎながらも、持ち前の強メンタルで声をかける未代。


「ミツ、現実リアルではショートだったんだ」


「ハーちゃんは、髪解いてるんだね」


 まあそんなもの、蜜実はおろか華花にすら、全く届きはしないのだが。


 一方、念のためにと二人の近くで待機していた和歌の脳内では、とんでもない速度でシナプス的な何かが飛び交っていた。


(この動き、この雰囲気、そしてこのいちゃつきよう……!第一回大会以前からの古参ファンであるワタシが、間違えるはずもない……!)


「……本物の、百合乃婦妻……!!」


 興奮のあまり、半ば無意識のうちに呟かれた彼女のその言葉は、何事かと集まって来ていた生徒たちの耳に入り。


「百合乃婦妻……百合乃婦妻!?」


「なにそれ?」


「うっそ、本物!?」


「えっ、なになに?」


「このただならぬ甘々しさ、本気と書いてマジなのね!?」


「あ、甘々しさ……?」


「あなたたちには見えないの!?二人を飾り立てる美しい百合の花々が!!」


「百合がなんだって?」


「うん、見えるよ……!私にも、咲き乱れる百合たちが見える……!」


「うそでしょ、アンタ…………あれ、おかしいな……なんか、私にも見えてきた気がする……」


 やがて、知るものも知らぬものも巻き込む、大きな騒めきと変わっていった。


「うわぁーお。こんだけみんなが反応してるってことは、マジモンのモノホンなのか……」


 友人のまさか過ぎる一面に驚きを隠せない未代に、ペアを組んでいたクラスメイトの深窓みまど れいが問う。


「えっと、陽取さん……あのお二人は、何か名の知られた方々なのでしょうか」


「うんまぁ、ハロワ内では結構な有名人かな……」


「有名なプレイヤー、ということですね?」


「そうそう」


 自らに端を発した受け答えの最中にあっても麗は、どこか呆けるようにして華花と蜜実を見つめていた。


「なるほど……しかし、何故でしょう。お二人を見ていると、ある一つの言葉が頭に浮かんで離れないのです」


 ふらふらと足取り揺れる彼女は、運悪く待機していたイノシシ型モンスターの反応範囲内に入ってしまい。


「そう、とうt――あっ」


深窓みまどさんが轢かれたーー!?せんせーー!!……あれ、先生?」


「…………」


「先生聞こえてる?もしもーし?」


(くっ、耐えるのよ美山 和歌……!ここで倒れたりなんかしちゃったら、後で大和やまと先生に死ぬほど怒られる……!!……ああでもでも、本物の百合乃婦妻が目の前にいるだなんて……!!)


「こっちのハーちゃんも、かぁわいいねー」


「ミツだって、すっごい可愛い。好き」


「あ゛っ」


「ちょ、え、せんせーーー!?」



 美山 和歌、意識喪失により強制ログアウト。



 教員のリタイアというまさかに事態に、最早授業としての体裁は崩壊。


 百合園サーバー内緊急アラートによって召集された他のVR実習担当教員により、なんとか生徒たちの混乱は収束したものの……しばらくして目を覚ました和歌は、高等部二年次学年主任、大和やまと 彩香さいか女史(三十二歳・独身)に死ぬほど怒られた。

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