3-5

 それから、花崎から「好きな食べ物はなんだ」だの、「ハマっているものやことはあるのか」などと、様々な質問を投げかけられたミコトは、淡々と答えていった。

(なんの尋問だこれは……しかし、花崎からは悪意を持って情報を聞き出しているようには思えない。事実、意味のない質問ばかりだ)

 ホイップクリームが大量に乗ったパンケーキをかじりながら、ミコトは首を傾げた。

「意味のないことばかり聞いているが」

「意味がないことに意味があんのよ」

「……よくわからないが。そういうものなのか」

「そういうもんなの」

 しばし考えてから、ミコトは口を開いた。

「では、君の家族構成を答えてくれ」

「面接官か」

 ツッコミをいれつつ、花崎は何処か嬉しそうに答え始めた。

「あたしんちは母子家庭。あと、弟と妹がいるわ」

 言ってすぐ、あ、と花崎は声を上げた。

「カワイソーとか言うのナシね。ママはバリキャリで超稼いでるんだから。仕事も楽しいって言ってるし、弟と妹も可愛いから、全然ヘーキ」

 勝手な同情を向けられて苛立たしく思った事があったのか、先にくぎを刺した花崎だったが。

「いや……花崎が姉なのか、意外だなと言おうとした」

「意外ってどういう意味よ」

「世話を焼く側ではなく、焼かれる側かと」

「アンタの世話焼いてやってるでしょーが! たく」

 むっとして唇を突き出してから、花崎は片瀬に視線を向けた。

「片瀬は兄貴がいるのよね」

 突然話題を振られた片瀬は水を飲みかけた手を止めて、頷く。

「……ああ、うん、そうだね」

「ネットであんたの兄貴の記事見たわ。けっこー面白かった」

「片瀬の兄は著名人なのか?」

「うーん、どうかな。そういうのが好きな人は知ってるみたいだけど」

 片瀬は口早に言うと、そのまま黙り込んで、ポケットから取り出したスマホに目を落とした。

「片瀬の兄貴、いろんな秘境とか発掘されてない遺跡とかに行ったりして、謎を解いたり前人未到のトコ到達したりしてんだって。冒険家でさ、最近結構話題でデカい企業とかのスポンサーもついてんだって」

溶けかけたアイスをぐりぐり混ぜながら、花崎は何とはなしに続ける。

「コラムとか読んだけど、貰った報酬の半分くらいは恵まれない子供とか、戦災孤児とかのために基金設立して、寄付してるんだって。『子供たちは未来への希望です』みたいな。めっちゃクサイセリフだけど、それをガチで実践してるらしいのよ。なんつーか、兄弟そろって絵にかいたような聖人君子よね。漫画のキャラかよってカンジ」

 冗談めかして笑いながら花崎が言うが、片瀬は黙って笑顔を貼り付けているだけだ。

「……どうした、片瀬?」

 ミコトの問いに、曖昧に笑って「なんでもないよ」と答えてから、片瀬はすっと立ち上がった。

「ちょっと、トイレに行ってくる」

「……いてらー」

 ひらひらと手を振って送り出す花崎に手を挙げて答えると、片瀬は席から離れていく。

 その後ろ姿を目で追っていたミコトだったが、やがて視線を花崎の方に戻す。

「……片瀬、自分の家族の話になると妙に口数が少なくなるのよね」

「……いつも特段口数が多い男ではないだろう」

「まあ、そうなんだけどさ。さっさと話終わらせたいっていうか、早くこの場を離れたがるっていうか。露骨に、さっきみたいに」

 花崎は頬杖を突きながら、不満げに呟く。

「たまたまでは?」

「だとしたら、もっとうまく言うと思うけど。だってあいつ、要領いいもん。空気読むのとか得意だし。なのにもうオーラと態度でバシバシ伝わってくるじゃん。『言わなくても分かれツッコむな』って」

「なぜ?」

「そんなんあたしに分かるわけないでしょ。あいつのカノジョでも親戚でもないし」

 まあでも、と花崎が続ける。

「仲良しこよしの家族だけが家族じゃないでしょ?」

「そうなのか?」

「そういう家庭もあるのよ。あんたはそうじゃなくても、世間的にはね。知らないってことは、あんたは幸せかもよ。他人と仲悪いんだったらとっとと縁切ればいいかもだけど、血の繋がった家族とはそう簡単にいかないんだから」

 花崎の言葉の意味が、家族のいないミコトにはよくわからなかったが、とりあえず頷くことにした。

「……あいつもさ、誰かに頼ればいいのよ。周りにいる連中に」

「…………」

「ちょっとぐらいわがまま言ってもいいのに」

 そう呟いた彼女の横顔が、少し淋しげだったのがミコトには印象的だった。

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