2-15

「お言葉ですが。会長殿の命令に従う事はできかねます」

 ミコトの答えに、尾蝶は数回瞬きをしてから、唇を不機嫌そうに歪めた。

「何故ですか?」

「俺は軍人ではありません。花崎の言う通り――一介の高校生です。銃火器を扱う技術はあれど、一介の高校生が殺人を犯し、ましては友人を手に掛けるなど、あってはならない事かと考えます」

 そうミコトが答えると、尾蝶は呆れたとでも言いたげな表情をして、踵を返そうとした。

「……そうですか。ではこの件の事は内密にしてくださいませ。それでは、わたくしはこれで――」

「できるわけないでしょ!?こんなの黙ってられるはずがない!」

 立ち去ろうとする尾蝶の腕を、花崎が憤慨しながら掴んだ。

「わたくしはこの学園を守る義務がある。……内密にできないというのであれば、それ相応の対応をさせて頂きます」

 尾蝶は目をすがめ、きびしい目つきで花崎をにらむ。ひとつ年上だというだけなのに、花崎には目の前の女生徒が不意に恐ろしく映った。

「尾蝶会長。任務の要項変更を提案いたします」

 一歩前に出て、ミコト。尾蝶は眉間にしわを寄せ、横目でミコトに視線をやる。

「……わたくしの命令したものよりも、成功率の高い方法があると?」

「は。会長殿と白華学園の損失が少なく、なおかつ穏便に事態を収束できるものと確信しております。――なおかつ、この学園にとっても得になる、最適解です。それは、俺が軍人だからではなく、です」

「高校生だからこそ?」

「周囲の大人を頼り、協力を要請することです」

 ミコトの提案を聞いた尾蝶は馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。

「ふふ……しかも得だなんて。そんなうまい話があるわけがありません」

「……会長殿も、三原という女生徒の自殺事件の隠蔽、御宅田をはじめ、苛めを隠匿する学園の体質と、加害者側の保護者の傲慢に辟易しているのではないですか。そして、その責任は尾蝶家にあることも」

 ミコトの言葉に、尾蝶は眉をぴくりと動かした。

「……私を愚弄しているの?」

「理事長の孫と言えど、会長は一生徒にすぎません。学園の運営に手を貸している生徒の保護者に、文句を言うことはできないでしょう。あなたはただの高校生でしかないのですから」

 スマホの画面を見せながら、ミコトは続ける。

「これは、御宅田のPCにあった『復讐リスト』の一部です。彼を虐めた生徒の氏名と住所が載っています。――この中の一部に、この白華学園に多額の資金を提供している企業の役員を親に持つ生徒の名前、会長ならば見覚えがあるのではありませんか」

「これは……」

 ミコトのスマホの画面を見て、尾蝶は目を見開いた。

「虐めた生徒の保護者と学園が癒着している、とマスコミにリークされた場合、取り返しのつかないことになると思われますが、会長殿は御自分のお立場をお分かりになられていますか」

「天原君はわたくしを脅迫しようとしているのですか」

 苦々しい顔つきでうめくように言った尾蝶に、ミコトは首を横に振った。

「いえ。会長がこの場の判断を誤れば、その可能性は十分にあると進言しているまでです。――俺の提案に乗って下されば、最悪の事態は免れるかと」

 淡々と脅迫を続けるミコトに、尾蝶は目を伏せため息をついた。

「まさか飼い犬に手を噛まれるとは思いませんでした。……わかりました。あなたの案を聞きましょう」

「ありがとうございます。とはいえ、発案は俺ではなく、俺のスポンサーなので、説明はそちらからしていただきます」

 ミコトがスマホで誰かに電話をかけ始め、スピーカーに切り換えると、

アッ=サラーム・アライクムこんにちは!白華学園の皆サン、ご機嫌はいかがデスか?』‎

 軽い調子の片言の男の声が響きわたった。

「……誰よ?」

 スマホ越しに聞こえてきた陽気な声に、花崎は怪訝そうな声で尋ねる。

『フッ、タダの貧乏旗本の三男ボウとでも思ってくれて結構デース!』

「はあ……?」

 謎の男の声に、ミコト以外は困惑したように顔を見合わせた。

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