2-8

「――申し訳ありません」

 殺風景なアパートの一室で、ミコトは絶望しきった声で続けた。

「一般生徒を巻き込んだことも、その後の判断ミスも――稚拙極まりないものでした。……即座に切り捨てる判断をしていれば、このようなことには――」

 絞首刑を待つような犯罪者の面持ちで、ミコトはスマホに向かって話し続ける。

「――尾蝶レイカを脅迫し、場合によっては殺害する判断も……」

『なるほどな。――確かにそれは、深刻な事態だ』

 遮るように。電話の向こうで一連の事態の報告を聞いていたゴロウが初めて放ったのは、そんな言葉だった。

「……………」

 告げられた無情な一言にミコトは崩れ落ちそうになったが、今まで経てきた経験が己にそれを許さなかった。

『だが俺は、それを失態と単純に判断するのは間違いだと思う』

「……何故ですか? 俺は現在、どうしようもない事態を自分で招いてしまったと思っていますが……ゴロウさんの言っている意図が理解できません」

 困惑しきった声でミコトが言うと、ゴロウはふむ、と息をついてそれに答える。

『お前がとった行動は、お前が軍人であれば確かに失態だと断言できる。――だが。今のお前は軍人なのか?』

「……いいえノー・サー。F.H.A.T所属の、トレジャーハンターです」

『それだけか?』

 ゴロウの続けた問いの意味が分からなかったが、ミコトはしばし考えてから、

「……日本の、高校生です」

 自信なさげに呟いた。

『――そうだな。では、トレジャーハンターは宝の探索をする際、スタッフや上司、同僚、部下、クライアント、スポンサー……様々な人々の協力が不可欠だ。その中で、小さな失敗や大きな失敗をする者もいるだろう。……お前が深刻な失敗した際、俺が見捨てた事実はあるか?』

「……いいえ」

『では。日本の高校生が自分の身可愛さに仲間を見捨て、銃口を向け、学友を脅迫、ましては殺害するなど――あり得ることか?』

「……ありえません」

 ミコトの答えを聞いて、ゴロウは満足げに笑った。

「しかし。今回の件に関しては……」

 食い下がろうとするミコトに対し、

『ああ。その通りだな。……だが俺は、お前の行動が失策だと思わない。自分の今置かれている立場を理解し、適切な行動をとった。深刻な事態ではあるが、失態ではない―――重要なのは、そこから何をするか、だ。そうだろ?』

 そうゴロウは諭すように言った。

「……はい」

 ゴロウの言葉に耳を傾けながら、ミコトは自分の心が軽くなっているのを感じていた。

『……ひとまずは監視カメラの映像を消去するにしても、今後遺跡に侵入する際のことを考えれば、セキュリティもどうにかしないとな』

「ええ……それで、サイバー対策課に協力を要請したいと考えております。本部に連絡を取っていただけたらと」

 F.H.A.T・サイバー対策課。F.H.ATに所属する、あらゆるインターネットやコンピューターでの情報技術に精通したエキスパート集団である。

 彼らは過激な思想を掲げていた元ハッカー組織の出身であったり、某国の諜報機関に所属していた者など、国際指名手配を受けている人間もいる、とのもっぱらの噂だ。

『――その件だが。サイバー課は今立て込んでいてな。ブルーノの阿呆が×××の大統領の乱交写真をネットにばら撒いたことがあったろう? そのせいでサイバー課の全員が命を狙われているとかで、雲隠れしてしまったんだ』

「……彼が自慢げに話していました。俺たちの縄張りF.H.A.Tのデータベースに潜入しようとした報復だとか……そのせいで、ですか?」

 おしゃべり好きな、同い年くらいの派手な青髪の青年を思い出しつつ、ミコト。

『ああ。データベースのセキュリティも生きているし、相変わらず毎日のように情報はとめどなく入っては来るが……奴らがどこにいるのかもわからないし、こちらからはコンタクトが取れない状況だ』

 ため息交じりにゴロウが言うのに、ミコトは肩をすくめた。

「彼らは一度、軍人と同じ訓練を受けさせるべきかと」

『……それを強制して、組織や組織のメンバーの個人情報をばら撒かれてはかなわん』

 今度は同時にため息を吐く。

『まあ……知り合いを当たってみる。何人かのハッカーに宛はあるから、打診はしてみるが、ひとまず無茶はするな。急いても状況は好転しない』

(……悠長な真似は、できない。やはり尾蝶会長を脅迫し、……拷問することも、視野に……)

『……ミコト』

 呼ばれて、ミコトは我に返った。

『学校は、お前が今まで生きてきた世界と違う。今までの常識が通用するとは思うな』

「しかし……」

『今のお前は日本の高校生。つまり、周囲から保護されるべき対象だ。周囲を頼れ。一人で解決しようとするんじゃない。……これは命令だ』

「――了解イエッサー

 反射的に立ち上がって、ミコトはそう返した。そのとき、彼の制服から一枚の紙が床に落ちる。

(――しまった。……俺としたことが、本当にどうかしている……)

『どうした?』

「いえ。急用がありましたので、失礼いたします。状況が変わり次第――いえ、定期的に報告します」

『ああ。無理はするな』

 電話を切り、紙を拾うと、ミコトは即座にアパートから飛び出していった。

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