2-5

 五月二〇日 一八時五〇分 白華学園旧校舎近く 二宮金太郎にのみやきんたろう像前――。

「おう、宿敵! 遅いやないか」

 旧校舎の二宮金太郎像の前には、既に鶴木が待っていた。

「すまない。少し準備に手間取ってな」

 謝罪している割に、すこしも申し訳なさそうなミコトの声にため息をつきながら鶴木が振り向くと。

「なんやねん準備て。女かいな――ってやないか!」

 吃驚して叫んだ鶴木の視界には、何故かセーラー服を着たミコトが立っていた。

 おさげのウィッグを被り、瓶底びんぞこ眼鏡をかけて変装していたのだ。足がやけにたくましい事をのぞけば、完全に文系の女子生徒にしか見えない。

「うるさいぞ。誰かに見つかったらどうする」

 きわめて冷静なミコトに鶴木は狼狽したが、咳払いをして再度口を開く。

「……お前、その格好は何のつもりじゃ?」

「万が一のことを考えて、スポンサーが用意してくださった女子制服だ。曰く、『セーラー服はジャパニーズ女学生の正装である』とのことだ」

「や、だからなんでそんなもん着とんねん! おかしいやろ! 普通に考えて!」

「落ち着け。監視カメラに映った時の為だ。これならば、男子生徒である俺が潜入を試みたとは思わないだろう」

「まあ確かにそうかもしれんけど……」

「問題ない。いつもの服装とは違うが、きちんと武装済みだ」

 言いながらミコトはおもむろにスカートをめくって太腿に装着したレッグホルスターを見せた。ミコトの愛銃がにぶく黒光りしている。

「そう言う事やないんじゃけど……まあええわ……おめーのそういう病気は今に始まった事やないしな……」

 疲れたように言う鶴木を引き連れて、ミコトは身を隠しながら旧校舎へ潜入すべく、駆け出した。

 旧校舎前には警備員が巡回じゅんかいしている様子だ。物々しい雰囲気に、鶴木は口の端をつりあげた。

「へっ、なんや隠しとるって言っとるようなもんやんけ」

「静かに。見つかるぞ」

(監視カメラの位置も確認したし、後は侵入するだけだが……)

 ミコトは周囲に視線を走らせながら、周囲の様子を探る。

(やはり、警備は厳重だな)

 尾蝶に探りを入れたのが裏目に出たか、それとも元々警備が厳重なのか。

 どちらかなのはミコトにはわからなかったが、とにかく厄介だ。

「こんなとこでグズっとってもしゃあないわ。強行突破で行こーぜ」

 鶴木がそう言うのに対して、ミコトは目を細めた。

「……そうだな。君が先に行け」

「へっ?」

 咎められると思ったらしい鶴木は一瞬面食らっていたが、なにを思ってか鶴木はやる気に満ちた表情にすぐに変わった。

「……よっしゃ、任せとき!わしが華麗に潜入ミッションを果たしてやるわ!」

 そう言うなり、鶴木は駆け出して行った。

「こんな時間に学生が何をしている!」

「へっ、悪いなおっちゃんたち、ちょいとばかし侵入させてもらいまっせ!」

 警棒を持って鶴木を取り押さえようとする警備員たち相手に大立ち回りを繰り広げる鶴木を尻目に、ミコトは静かに、それでも迅速に旧校舎の入口へと駆けて行く。

(鶴木、すまない)

 囮になっている鶴木に視線を向け、意味もなく心の中で謝罪してから、ミコトは再び前を向いた。



(監視カメラはかいくぐった。……しかし、セキュリティがこれだけとは考えにくい。あの尾蝶会長の事だ、他に何か仕掛けている可能性が高い……)

 朽ちた木造校舎には、幾つも侵入できる箇所があった。だが軽率に中には入れない、とトレジャーハンターとしてのカンが、ミコトの足を止めさせた。

(まさかとは思うが……)

 ミコトはセーラー服の中の内ポケット(ラジャブが改造している為、一般的なものとはかなり違っていたが)から双眼鏡のようなものを取り出し、空いていた穴から校舎内を覗き込んだ。

「これは……」

 ミコトの視界に広がったのはおびただしい数の赤外線センサーだった。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされ、小柄なミコトでも潜り抜ける事は不可能なように思えた。

(無理に潜り抜けようと思えばセンサーで感知され、すぐさま警報や罠が起動するだろう……警報ならまだいい。慈悲深い仮面を被ってはいるが、あの冷酷無比な尾蝶会長の事だ、恐ろしい罠が仕掛けられているに違いない……)

 ミコトは校舎内に踏み入れるのをやめ、此処から一度引き返すことにした。

(……鶴木が囮になっている今、ここから脱出するのは容易だ。安全かつ速やかにこの場を離れることができる)

 いつも通り、この場を切り抜けるがミコトの脳裏に浮かぶ。

 だが――。

(……だが、ゴロウさんから受け取った楽しい学園マニュアルには『友達が困っていたら助けてあげよう』と書いてあった。……そして、彼は俺の頼みを聞き、協力してくれている)

 警棒を持った複数人に奮戦している鶴木の姿を見て、ミコトは拳を握った。

(……ならば、彼は俺の友達であると言える。友達を助けないのは、マニュアルに反する。……ならば、今から――任務の概要を変更するべきだ)

 ミコトは催涙ガス入りグレネード片手に、スカートをひらめかせて駆け出した。

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