十月二日 0000

「河だ」

「河だね。竜宮っていうから海の底だと思ってた」

「俺も」

目の前には滔々と流れる大河。どうやら人間の言う三途の川は存在したようだ。丸い石に足を取られながら長哉と二人でつま先に水が触れるところまで近寄っていく。

「これ靴で渡るの?」

「現役時代はそれでよかったけど、渡った先に換えがあるか……」

磯臭くない大量の水の前でしゃがみこみ遥か遠くに見える岸を睨みつける。本当に三途の川ならば先日竜宮へいった能仁も、その前にいった洋山(ひろたか)も、兄たちも居るはずだからなんとかなる気がする。

「向こう岸に行ったら、家哉兄さんがなんとかしてくれるんじゃないかな」

長哉も同じことを考えていたらしい。

「じゃあ、問題ないな」

河に向かって一歩踏み出す。ザボンと音を立て俺の足に押しのけられた水が跳ねる。河に入った俺に続き長哉も河に足を踏み入れる。河底の丸い石の感触を靴越しに確かめながら進めば、水深はどんどん深くなっていく。河の水が腰の辺りまでくれば、なにも持っていない手が水に濡れる。不意に心臓が大きく脈を打った。掻き立てられた不安に慌てて後を振り返れば先ほどと何ら変わらない長哉がいる。

「長哉」

「なに? 弓ちゃん」

首を傾げる長哉に向かって手を差し伸べる。

「今度はぶつからないように、もう二週間も待てないからな」

「だからゴメンってば」

長哉が笑いながら俺の手を取る。離れてしまわないように二人ならんで歩みを進める。河の水が顎の下に迫っても、底で物言わぬ石に足を取られてもこの手を離してはいけないと思った。

「弓ちゃん」

「どうした?」

長哉が繋いでない方の手を水面から出し、岸を指差す。

「あれ、前ちゃんじゃない?」

「……本当だ」

遠く小さい人影の仕草は確かに数年前に竜宮へいった四番目の兄、前哉(せんや)だった。自然と歩調が速くなる。俺たちは海を渡る【艦霊】だ。水中を移動するなど造作もない。岸に近づくそれに伴い水嵩も減っていく。

「前ちゃん!!」

水が再び腰の高さまでになった時、長哉が岸に向かって叫んだ。こちらに気がついた四番目の兄が何かを地面に捨て、手をふる。長哉と手をつないだまま駆け出せば、河の淵まで来て待っていてくれる。

「前ちゃん!」

「弓、長、久しぶり」

三人で抱き合えば懐かしい汗と潮の香りが鼻腔をくすぐる。久しぶりに見た変わらない姿と懐かしい臭いにほっとしたのも束の間、兄がさっきまで持っていた物……ビニール袋とトングが目に付いた。

「前ちゃん、なにしてたの?」

「能仁が寂しがらないように河の清掃活動」

「なんだそれ」

「あっちに皆いるから行こう」

「マイペースだなあ」

ビニール袋とトングを拾って兄が歩き出す。久しぶりに兄の背中を追う、そのことがこの上なく嬉しかった。


鉄の意志を持った木の艇(ふね)が海をいく。その道の果てには。

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催花 道の果てで 加茂 @0610mp

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