五月中旬

「長哉、はい参考資料。【ニシノ】から」

「え?なに?」

することもなく、ただただ長閑な日曜日の昼。弓哉がそう言って部屋で転がる俺にポンと本を渡してきた。表には『手紙の書き方』とシンプルにタイトルが書かれている。

「遺書じゃなくて?」

「遺書も書かなきゃいけないけど、こっちが先」

弓哉の手には白いシンプルなレターセットがしっかりと主張している。

「書き損じはどうする?」

「下書きしろよ」

「ごもっとも……」

ペラペラと適当にページを捲る。時候の挨拶やらお礼状の基本的なテンプレートなどが書かれている。メールで済ませていた事を、あえてアナログにペンで書くのだ。昔々の勘を取り戻すには時間がかかりそうだ。

「学生さんみたいだな」

「ほんとにな」

「とりあえず、字の練習からだな」

二人並んで万年筆を探す。長らく使っていないものだから使えるかどうかは定かではないが、何事も形からだ。

 

拝啓、愛してくれた人たちへ。


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