第8話 お嬢様の家へと潜入 その2

 エレベーターを降りるとそこには一本の通路があり、数十メートル先には扉があった。

 きっとあそこが華恋さんの部屋だろう。


「それにしても通路一本に対して部屋って一つなの?」


「最上階だけ特別なのよ。他の階は何部屋かに分かれているわ。防犯とかも兼ねて最上階を選んだんじゃないのかしら。私のお父さん、社長だしさ」


「そ、そうなのね……」


 やっぱり金持ちがやることは格が違うな。一体ここの部屋いくらで買ったんだろう。

 華恋さんがうちのボロアパートのを見たら絶対に驚いて腰を抜かすだろうな。


「ほら、早く入りましょう。お父さんが待っているから」


「ああ、わかった」


 今度は俺が華恋さんに手を引かれながら玄関へと向かう。

 華恋さんは今度は玄関用のカードキーでロックを解除して扉を開けた。さすがは高級マンションだな、鍵も二重ロックかよ。


「さっさと靴脱いで!リビング行くわよ!」


「そんなに急かすなって」


 俺は足軽にリビングへと向かう華恋さんの後を追う。この先に社長がいると思うと緊張で心臓が張り裂けそうだ。

 だが、シミュレーションはバッチリしてきた。きっと大丈夫だ。


「し、失礼します」


「おお、来たか。君が華恋の彼氏だね?」


 そこには以前会った社長の姿があった。

 俺を見ても落ち着いた様子で新聞を読みながら珈琲を飲んでいる。


「俺は間宮颯馬といいます。華恋さんとは大変仲良くさせて頂いています」


「私は父親の九条泰虎くじょうやすとらだ。君の噂はかねがね聞いているよ。今回の入試をダントツの一位で入った優等生だとね」


「いえ、そこまで大したことでは……」


「そう謙遜することは無い。華恋の彼氏としては申し分ない実績だよ。誇りたまえ」


「はい、ありがとうございます」


 ここまでは順調に話を進められている。これなら無事に乗り切れそうだ。


「華恋、急だが一つだけいいかい?」


「はい、お父さん」


「間宮くんは君にとってプラスの存在かい?」


「……それはどういう意味でしょうか?」


「華恋が高校生活を送るにあたって間宮くんが必要か不必要なのかを聞いているのだよ」


 社長いきなりなんてこと聞くんだよ。

 華恋さんに限ってノーと答えるなんてことないだろうと思うけど。ありそうで怖い。


「……仮に私が不必要だと答えたら?」


「うーん、そうだね。我社の犬として生涯を奴隷のように働いてもらうつもりだよ」


 華恋さんお願いします。必要だと言ってください。俺の人生が終わります。お願いします。


「間宮くんは私にとっては大切な存在です。今の私は間宮くんのおかげで生きていると言っても過言ではありません。人と話すことの楽しさや大切、重要さ。そして外で遊ぶことの必要性も間宮くんは教えてくれました」


「なるほど……」


 そう言うと社長は俺の方な顔を向けた。


「な、なんでしょうか?」


「やはり私の目に狂いはなかった。君が一番華恋の恋人に相応しい。これからも娘のことをよろしく頼む」


 社長は深々と俺に頭を下げた。


「社長!頭を上げてください!俺に対してそこまでする必要はないですから!」


「いいや、君がしたことにはそれくらいの価値がある。華恋がこうして私に話をしてくれたのも君がきっかけだ。君が華恋に話をかけて、告白をしなければ私は話すことが出来なかっただろう。本当にありがとう」


「お父さん!私は決してお父さんのことが嫌いだから話をしなかったわけではなく……少し精神的に疲れていただけであって……お父さんのことは大好きです!」


「大丈夫だよ、華恋。人それぞれ悩んだりする時もあるさ。君のペースでいい、それに今は間宮くんもいるんだ。彼を頼りなさい、彼なら君のために何でもしてくれるだろう」


 社長、それって最終的に全部俺に丸投げにするつもりじゃないですよね。

 いくら監視役を引き受けたとはいえ俺ってそこまでやるんですか。


「分かりました。精一杯、間宮くんのことをこき使いたいと思います!」


 なんか華恋さんも了承しちゃったし。

 てか、今こき使うとか言わなかったか。俺は彼氏であって奴隷とかの類ではないぞ。


「それでは私はそろそろ仕事に行くよ。間宮くんもゆっくりしていってくれたまえ」


「わ、分かりました」


こうして俺は一つ目のミッションを無事にクリアしたのであった。


      *      *


「それで間宮くん、何しましょう」


 俺は華恋さんの部屋に案内されて二人横並びでソファに座っていた。

 そして今華恋さんから謎の質問が飛んできたのだ。


「何しましょうって遊びに誘ったの華恋さんだよね?」


「そうよ?」


「何もプラン立ててないの?」


「何も立てないというのが私のプランよ」


「………」


 俺は言葉が出なかった。どうしよう、帰ろうかな。


「ちょっと間宮くん、今帰ろうとか思わなかった?」


「え?そ、そんなことないよ!」


「思いっきり顔に出ているのよ。私に嘘は通用しないわよ」


「……ごめんなさい」


「謝る暇があるなら早く何して遊ぶか考えて頂戴」


 考えろと言われても。華恋さんの部屋を見た限りだとゲーム機はなさそうだし、本類も漫画なんて無いし、これで何をして遊べというのだ。

 とりあえず、聞いてみないことにはどうにもならないか。


「華恋さん、ゲーム機とか持ってないの?」


「持ってないわよ。私基本ゲームしないし」


 はい、ゲームは絶望的ですね。友達と遊ぶ時に一番時間を潰せる国宝がないとなると、これはかなり厳しいぞ。


「逆に聞くけど華恋さんっていつも何してるの?」


「私は勉強したり、テレビ見たり、自殺のこと考えたりしているかしら」


「ちょっと、待って。最後なんて言った?」


 勉強とテレビの後にとんでもないことを口走った気がしたのが、言ったことが本当なら今すぐにでも改善させるべきだ。


「自殺のことを考えているって言ったのよ?」


 残念ながら聞き間違いではなかった。


「……い、一応、聞いておくけどさ。自殺のことって何考えているの?」


「そうね。一番楽な死に方や自殺の名所を調べたり、自分の頭の中で首を吊った時や飛び降りた時のイメージトレーニングをしているのよ」


 あまりにも具体的過ぎて怖すぎる。自殺ガチ勢だ。


「そもそも自殺にイメトレなんて必要なの?死ぬ時なんて一瞬でしょ?」


「必要よ!首を吊った時の締め付け感覚、飛び降りた時の地面に着地した時の痛み、想像しただけで興奮するでしょ!」


 この人ダメだ。人が入ってはいけない領域に達している。これ以上話をしていても埒が明かない。俺は話題を変えることにした。


「そもそもだけど、華恋さんはどうして俺を遊びに誘ったの?遊ぶ物ないなら外で遊んだりしても良かったんじゃないの?」


「………」


「え、華恋さん?」


「………」


 俺がそう言うと華恋さんはそっぽを向いて黙り込んでしまった。


「俺何か悪いこと言っちゃったかな?」


「………」


「おーい!華恋さーん?」


「……二人で……いたかったのよ」


「ん?もう一回言って?」


 華恋さんがに何か言ったのは聞こえたのだが声が小さすぎて最後まで聞き取れなかった。華恋さんは恥ずかしがるといつも声が小さくなることに俺は最近気づいたのだ。


「……間宮くんとふたりだけでいたかったのよ。誰にも邪魔されず見られることもなく、ゆっくり話がしたかっただけなのよ」


「それはつまり、外だと恥ずかしいから家に呼んだってことで解釈していいの?」


「……え、ええ!そうよ!だって恥ずかしいじゃない。週末に間宮くん外出するなんて……それじゃあ……ま、まるでデートしてるみたいじゃないのよ!」


 頬を赤らめた華恋さんが言葉を詰まらせながら言った。

 昨日のも十分デートに近かったんだけどあれは何に分類されるのだろうか。


「華恋さんがそう言うならのんびり話をしていこうかな」


「そうして頂戴。私、間宮くんに聞きたいこといっぱいあるんだから」


 謎のお家デート(?)は遊ぶわけではなく単純に華恋さんが俺と一緒にいたいという理由だった。俺は普通に外で遊んだりしたかったのだが、今回は華恋さんの意見を尊重しようと思う。

 

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