第7話 お嬢様の家へと潜入 その1

 朝の八時前、俺は華恋さんの家へと向かうために準備を進めていた。

 ちなみに女子の家に行くのは生まれて初めてだ。心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかという位にドキドキが止まらない。


「にいに、どこか行くの?」


「ん?あー、ちょっとな」


「……もしかして、女?」


 俺は思わず吹いてしまう。


「ま、円香!お前そんな言葉どこで覚えてきた!」


「テレビでやってた」


「……そ、そうか」


 それにしたって今のは小学五年生の口から出る言葉じゃないぞ。

 どうしてだろう、急に円香の将来が心配になってきた。


「それでにいに!女なの!おんな!?」


「あの、円香?もう少し女の子らしい言葉を使おうな?せめて今にいにが言ったみたく女の子って言おうな?」


「わかったで候」


 だからどこでそんな言葉覚えてくるんだよ。


「じゃあ、にいにはちょっと女の子の友達に会いに行ってくるから。家で大人しくしてろよ?」


「女!?あの颯馬に女が出来たのか!?」


 このタイミングで面倒なやつが起床しやがった。

 永遠に眠っていれば良かったのに。


「そうだよ。女の子の友達だよ」


「ほんとか!今度家にも連れて来い!一発ヤラしてくr――」


「てめぇ!仮にも既婚者だろうが!」


 俺の回し蹴りが親父の脇腹を直撃。親父は壁に激突して、そのまま動かなくなった。


「あれ、パパ大丈夫なの?」


「大丈夫、心配する必要ないよ。円香はああいうダメな男の人を連れて来ちゃダメだからね。真面目でイケメンな人を彼氏にするんだよ」


「はーい!円香、にいにみたいなカッコイイ人連れて来るー!」


 俺は参考にならないからやめて欲しいかな。

 思わず俺は苦笑いをした。


「それじゃあ、行ってきます」


「うん!行ってらっしゃい〜」


 朝から俺の家族は色々と面倒だった。

 この二人を毎日相手にしている俺を誰か褒めてくれ。


      *      *


 九時前に俺は新宿駅に着いた。余裕を持って十分前には着いたから大丈夫だろう。

 そして俺は華恋さんに指定された場所へと向かった。


「あら。間宮くん、おはよう。時間よりも随分と早いじゃないの。もしかして私と遊ぶのが楽しみで早く来ちゃったのかしら?」


「そんな遠足前の小学生みたいな感情は持ち合わせていねぇよ。あんなRhineを送られてくるこっちの身になってくれ。嫌でも早く来たくなるだろうが」


 華恋さんは意外にもパーカーにショートパンツとラフな格好で俺を待っていた。

 お嬢様でもそういう服って着るんだな。


「まあここにいてもしょうがないし、家に向かいましょうか」


 こうして俺達は華恋さんの家へと歩き出した。


「ちなみに家には誰かいるの?」


「まだお父さんがいるから挨拶だけは忘れないでね」


「ああ、分かってるよ」


「分かってる?一体何が分かっているの?」


「……え、ああ!挨拶をちゃんとするってことだよ!挨拶!」


「そういう意味ね。まるで私のお父さんが家にいるのを知っているような口ぶりに聞こえたから。そんなことあるわけないわよね」


 華恋さん、大正解です。俺はあなたのお父さんが家にいること、それに名前も知っています。それ以前に拉致されてあなたの監視役を任されています。華恋さん本当に申し訳ない。


「華恋さんの彼氏として恥じないような態度を心掛けるよ」


「そうしてちょうだい。お父さんの他人を見る目はかなり厳しいから」


 そんなお父さんと毎日連絡を取っているだなんて口が裂けても言えなかった。どうしてだろう、少しずつだが変な汗が出始めてきた。

 

「……緊張するな」


「間宮くんなら大丈夫よ。自殺しようとしている女の子に「恋人になってくれ」って言えるメンタルの強さと馬鹿さがあるんだから」


「……励ましたいのか、馬鹿にしたいのか、どっちなんだよ!」


「両方よ。いや、やっぱり馬鹿にしたい気持ちの方が強いのかしら?間宮くんはどう思う?」


「そんなこと俺に聞くなよ!華恋さんのことだろ!俺が分かるわけないだろ!」


 本気で悩む華恋さんに俺はツッコミを入られずにはいられなかった。

 そんなやり取りをしている間に華恋さんの家に着いてしまった。


「間宮くん、エレベーターは苦手かしら?」


「俺は別に苦手ではないけど。どうして?」


「昨日は言ってなかったけど、私の家、ここの最上階だから」


「え?まじ?」


「ええ、大マジよ」


 昨日送り届けた時には凄いマンションに住んでいるんだな位にしか思わなかったが、まさか最上階に住んでいるとは。流石はお嬢様だ。


「ちなみに先に言っておくけど、私はエレベーターが苦手よ」


「……は?」


「高所恐怖症なの。あの上がって行く感じが苦手なの。それにここのエレベーターって外が丸見えなのよ。恐ろしいでしょ?」


 華恋さんは乗る前にとんでもないことをカミングアウトした。


「じゃあなんで最上階に住んでいるんだよ!馬鹿か!」


「し、仕方ないじゃないのよ!お父さんが選んだのだから!」


「高いところ嫌いってはっきり言えばいい話だろうが!」


「……そ、そんな簡単に言えていたら私だって何も苦労していないわよ!」


 華恋さんが涙目で答える。父親と一切話をしていないことを知っている俺だからその涙の理由は理解することが出来た。


「じゃあ、そんなあなたは昨日どうやってエレベーターに乗ったんですか?」


「簡単よ。壁際に寄って手摺に捕まって外を見なければ良い話よ」


「……まじで苦手なのね……あはは……」


「そんな変な笑い方しないで貰いたいわ。誰にだって苦手な物のひとつやふたつあるでしょう?」


「そ、そうだね。ごめんごめん」


 少し怒り気味になっていた華恋さんを俺は宥めた。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はいよ」


 華恋さんの持つカードキーでマンションの中へと入り、エレベーターの前へとやって来た。


「ま、間宮くん。こ、心の準備は……いいかしら?」


「なんでエレベーターに乗るだけなのにそこまで身構えなくちゃいけないんだよ」


「間宮くんは甘く考えすぎなのよ。よく考えてご覧なさい。もしも、乗っている最中に故障して閉じ込められたらどうするの?」


「非常ボタンを押せばいい」


「もしも、故障してエレベーターが急速に落下したらどうするの?」


「間違いなく死ぬ。まあ、そんなことが起こる可能性ってゼロに近いと思うけど」


 俺は華恋さんからの質問を冷静に答える。華恋さんの質問はどれもこれもドラマやアニメの世界の話だ。そんなことが今起きるわけないだろう。


「――ということで、華恋さん早く乗るよ」


「ちょ、ちょっと!間宮くん、私まだ心の準備が!」


「大丈夫、大丈夫。今日は俺が一緒に乗っているから」


「何も大丈夫じゃないのよ~~~~~~~!」


 大声で叫び散らす華恋さんの腕を強引に引っ張り俺はエレベーターに乗った。


「いやぁ!凄い景色!東京丸見えじゃん!華恋さんも見なよ!」


「見るわけないでしょ!このドS大馬鹿野郎!」


 お嬢様の口から出たとは思えない単語が聞こえたのだが気のせいだろうか。そんな華恋さんは壁際で手摺に捕まり体育座りをしていた。


「華恋さん、本当に見なくていいの?」


「う、動きたくても動けないのよ。ここに座るのに慣れてしまったから。動けるのはエレベーターが止まった時だけよ」


 ここは一発、嘘を言ってみるか。


「あれ?エレベーター止まった?」


「どういうこと!?まだ最上階じゃないでしょ!」


「残念!隙あり!」


「きゃあ~~~~~~~!」


 俺の嘘にまんまと騙された華恋さんは立ち上がった。俺はその隙を見逃さずに華恋さんの肩を両腕でがっちりと固定することに成功。


「華恋さん、残念だけどエレベーター動いてるよ?」


「ま。間宮くん!図ったわね!この裏切り者!」


 別に何も協力も協定を結んだりした覚えがないのだけれど。


「とりあえず、外見てみようか」


「いや~~~~~~~!見たくない~~~~~~~~!死ぬ~~~~~~~!」

 

「散々自殺しようとしていた人が何言ってんだ!」


 俺は無理やり華恋さんをガラス際へと連れて行く。


「……私は目を開けないわよ」


「まあ、それでもいいけど。もうすぐ最上階着くよ?」


「え!?本当に!」


 その瞬間に華恋さんの目が開いた。本当にこのお嬢様って馬鹿すぎる。

 今回は嘘ではなく本当に最上階に着いたので俺は何も悪くない。


「華恋さん、どう?」


「……わ、悪くはないんじゃないかしら」


「そっか。それなら良かった」


「で、でも二度とこんな手口を使うのは止めて。今度からは私が見たい時に自分の意思で立つことにするから。二度目は無いからね、もしもやったら私は家のベランダから飛び降りるから」


「そういう時って高所恐怖症って関係ないのね……」


 何はともあれ、ようやく最上階に着いた。

 ここから俺の監視役としての腕が試される。まず、一つ目のミッションは華恋さんにばれないようにお父さん(社長)に挨拶することだ。



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