あの日以降俺はのめり込むように小説という物に取り組んだ。

 その日の鬱憤をノートに綴ったり、ネットで名作と謳われた小説を本屋で購入したり、ふとした時間にストーリーを脳内で構成してみたりした。

 目的が出来たような気がして自分がようやく自分になれた気がして幸せだった。この充実感が俺を変えバイト先でも翼を授かったような気分になれた。

 とは言っても周りへの態度が変わるわけでも、周りからの態度が変わるわけでもなかった。しかし確かにメンタルは安定していた。

 だからだろう。この理不尽にも何かを感じることはなかった。


「早苗ちゃんここ数日シフト入ってる日も来ない。連絡したら引き籠もって学校にも行ってないって。早苗ちゃんに殺害予告送ってるのお前だろ?」

 酷く威圧的でその言葉には俺の弁明の余地を感じられなかった。

 しかし殺害予告なんて全く身に覚えがないしそんな大層なことをする度胸もない。

 危ない。そもそも俺は赤木が殺害予告を受けているなんて知らないはずの人間なのだ。

「何の話です?自分にはそんなことやる度胸ないです」

「とぼけんな。私にも一昨日から同じ内容の殺害予告が来てんの。私と早苗ちゃんを知っていて殺害予告を送る人物なんてお前しか考えらんないの」


 悪寒が走った。中野の元にも殺害予告。

 『盟友X』はこのバイト先にいるのか?しかしこの三ヶ月ちょっとで俺以外にこの二人を恨んでいる人間など見当たらなかった。

 考えればこの二人の大きな態度はいつも俺に向けられたし中野が俺を疑うのは無理もないのかもしれない。

 しかし俺は何と言われようがやっていない。

「やってません。本当。勘弁して下さい」

「あの子のメンタル痛ぶって楽しい?私と違ってあの子はピュアだから追い詰めて死んじゃったらどうする?」

「言いたきゃ言ってて下さい。俺は本当にやってないしまだ仕事も残ってます」


 無駄なやり取りだと思ってすぐに売り場に出た。

 その日のバイトは妙に長く感じた。俺に集まる視線が妙に気持ち悪かった。

 どこかで同じように犯人扱いされているかもしれない。

 いつも以上に周りからどう見られているかに敏感になっていた。


 午後九時三分、閉店作業を終えて帰路に着いていた。

 今日は山根やまねという二つ下の男もいたのですぐに閉店作業を終えられた。

 しかし精神的な疲労はいつもの倍以上だった。

 あれから特にあの一件について何か言われることはなかった。


 家までの道のりで俺は盟友Xが誰かについて考えた。

 同じバイト先で俺以外に虐めを受けている人間はいない。

 バイト先以外で買った恨みという線は赤木、中野の両名が殺害予告を受けたことから取り敢えずは除外することにした。

 俺があのスーパーに勤務し始める以前に虐めの標的になっていた可能性のある人物。それは恐らく山根だろう。

 気弱そうな山根は虐めを受けてもそれを跳ね返す力は持ち合わせていないだろう。


 直接的な虐めは受けていなくとも多少の被害を受けている人物は一人いた。店長の十津井だ。

 辞めたのが原因で俺の知らない恨みを持つ従業員がいたかもしれない。

 それに恨みを持つ原因が虐めだけとは限らない。

 考えれば考える程キリがなかった。


 誰なんだ。『盟友おまえX』は。


 取り敢えずの候補は山根、十津井の二人。

 無理矢理結論付け、これ以上ややこしくするのを防いだ。

 疲労感を乗せた足取りに凍てつく冬風がどっしりとのしかかった。

 気を紛らわせる為に百円の缶コーヒーを自宅の目の前の自販機で買った。

 乾いた喉に熱いコーヒーを流し込み脳内で一種の精神統一を行なった。


 缶をゴミ箱に捨て目の前のマンションに歩を進めた。

 エレベーターに四階まで重い体を乗せようやく自宅に到着した。


「ただいま」

 返事がない。何だか嫌な予感がした。いつもの光景が不気味に思えた。

 リビングの戸を開けるとその不気味さをの正体が顔を出した。

 涙を流し俺に寄りかかる母親がそこにはいた。


「何?どうしたん」

「前から晴希に関わるなって迷惑メールが来てて、今日そのメールにお前が死ななきゃ晴希を殺すって来てて。私どうしていいかわからなくて」

 嗚咽混じりのその泣き声は聞き取り辛くそしてあまりにも理解し難い内容だった。


 なぁ『盟友おまえX』は本当に誰なんだ?

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