第5話 平気……なの?


 俺はなんとか、引っ越しを済ませる。

 とは言っても――荷物を部屋に入れて、必要な物を箱から出しただけだ。


 問題があるのは精神メンタルの方だ。

 荷物の整理をして落ち着いたので『菓子折り』を持って一階の食堂へ行く。


 すると朔姫さくひめが料理を作っていた。


「普段は各自、自分達で好きなようにするのじゃが……」


 今日は特別じゃぞ♡――と朔姫。


「おっと、好き嫌いはないかのう? 否!」


 我の手料理を食べないという選択肢はない!――突然、声をあららげる。


(どうも、このは苦手だ……)


「えっと……『歓迎会をしてくれる』という事かな?」


 俺の質問に――そうなるのう!――と朔姫。

 どうやら、彼女は『寮長』らしい。


 管理人はないようだ。

 島暮らしなので人材は限られている。


(そもそも『出る』とうさわの場所だしな……)


 管理人を募集しても、誰も来ないのだろう。


「もう少し人数が増えれば、上と掛け合うのじゃがなぁ……」


 と朔姫。どうやら、今は俺と朔姫――

 そして神月かみつきさんの三人しか寮には居ないらしい。


 俺は持ってきた『菓子折り』を彼女に渡す。


「おーっ! 若いのに気がくではないか♪」


 甘い物には目がないのか、そう言って彼女は受け取ると――クルリ♪――とターンを決める。


(いや、同い年だよ……)


 切りがないので、俺は突っ込むのをあきらめた。

 一方、機嫌の良くなった朔姫。


 そんな彼女から『風呂』や『洗濯』『ゴミ捨て』など、寮の暮らしについて色々と説明を受けた。


 しかし、今のままだと分かりにくい。


(重要な事はPCで印刷して、目の付く場所に張り出しておこう……)


 女子が二人も居る手前、トラブルを引き起こすと危険だ。

 特にお風呂は、男女でキチンと時間を決めておいた方がいいだろう。


ちなみにわれの部屋は『三〇一号室』じゃ」


 と朔姫。どうやら、俺の部屋の真上らしい。


(あまりうるさくないといいのだけれど……)


「今夜、鍵は開けておくのじゃ♡」


 そう言って、彼女はアイドルがするような可愛らしいポーズを取ってウインクをした。俺は無視スルーすると、


「それより、神月さんにお礼を言いたかったんだけど……」


 夕飯は食べに来るの?――と聞いてみた。

 朔姫はそれには答えず、自分の胸をつかんで、せたり上げたりする。


「男子はみな『おっぱい』が好きなはずでは?」


 自分の胸に余程、自信があるようだ。

 俺を誘惑できない事に対して、不思議に思っているらしい。


 はっきり言って――冗談だ――と思いたい。

 俺がもし、そのさそいに乗った場合、退寮の可能性がある。


「えっと、好きだから大切にしたいんだ!」


 ノリを合わせておく。

 すると――なるほどのう!――と朔姫。


われ、大事にされとる♪」


 と喜んだ。本当に、自分に都合のいいように解釈をする。

 人生楽しそうだ。


「おっと、かなだったのう……」


 彼女は思い出したように――呼んで来てくれんか?――とお願いしてきた。

 あんな事があった後なので正直、顔を合わせづらい。


 料理を作るのを手伝いながら待った方がいいのかな?――とも考えた。

 しかし、朔姫は俺を歓迎してくれている。


 手伝うのは無粋ぶすいだろう。


「『三〇二号室』じゃぞ!」


 と朔姫。俺は神月さんの部屋へと向かった。



    ◇    ◇    ◇



 女子のフロアだと考えると、少し緊張する。

 心做こころなしか、いいにおいがするような気がしなくもない。


 残念ながら、今は夕飯の魚を焼く匂いがした。

 コンコン――俺は神月さんの部屋をノックする。


 彼女との出会いは入学式の日だった。

 まるで人形ようだ――というのが、俺が彼女にいだいたのが最初の感想だ。


 教室で席に着き、黙って様子を見ていると、それまで騒がしかった連中が急に大人しくなった。神月さんが教室へ入ってきたのだ。


 今にして思えば皆、彼女と距離を取っていたような気がする。

 神月さんが席に着くと、周りの連中の顔が青褪あおざめているように見えた。


 こうして一緒に暮らすと分かっていたら――あの時、勇気を出して――声を掛けておいた方が良かったのだろうか? 時間が経つと、逆にタイミングがむずかしい。


「はい……」


 と神月さんの声がする。良かった、部屋にはるようだ。


天寺あまでらです。恋仲こいなかさんに『呼んできてくれ』と頼まれました」


 俺の台詞セリフに対し、しばしの沈黙。

 なにかに警戒しているようだ。


 俺に対してとか男が苦手、という雰囲気ではない。


 ――もっと別の事のような気がする。


「平気……なの?」


 と聞かれたので、


「神月さんが来てくれないと、俺も食事にありつけないんだ」


 そんな風に答える。この返しで大丈夫だろうか?

 優しい彼女の事だ。出て来てくれると信じよう。


「……」


 わずかな沈黙の後、部屋のドアが開く。

 彼女は何故なぜか制服姿のままだった。


「行こうか?」


 俺はそう言って、愛想あいそ笑いを浮かべる。

 いつもなら、もっと上手く出来るはずだ。


 けれど緊張のためか、ぎこちない感じになってしまった。

 きっと朔姫が『付き合え!』などと言ったからだ。一方で、


「私の事、怖くないの?」


 と彼女は不思議な事を言う。


「優しくて可愛いと思うけど――」


 俺はそこまで声に出して、慌てて口をふさいだ。

 キャラではない事を言ってしまった。


 再び、彼女は考え込んでしまう。


不味まずい、嫌われたかな……)


 謝るべきか、それとも面白い事を言うべきだろうか?


『シマウマになって!』

『コンドルがへ!』

『ライオンが何処どこにもお!』


 ――うん、ダメだ。


 俺が考えていると、先に彼女の方が答えを出したようだ。


「行きましょう」


 と言って歩き始める。もしかして、照れているのだろうか?

 右手と右足、左手と左足がそれぞれ同時に動いている。


 俺はそんな彼女の横に並ぶと、


「部屋を掃除してくれたって聞いたよ」


 ありがとう、神月さん――とお礼を言う。

 すると彼女はうつむいてしまった。


 やはり、照れているようだ。


(可愛い……)


 俺達はお互いに黙ったまま、食堂へと向かった。

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