ジュエルソフトウェア・ファン感謝祭

「せっかくの貴重な日曜に、なんでこんな辺鄙なとこでオタクの相手して過ごさなきゃならんのかねえ」


 郊外のショッピングモールのイベント会場、その片隅の『イセワン』ブースで、新谷があからさまに不満をこぼしていた。


「ほら、文句言わないの!ちゃんと手当出てるし代休も取れるからいいでしょ」


 イベントもピークは過ぎ、人もある程度少なくなってきて余裕も出てきたのか、それまでひたすら外向けの笑顔でユーザーと握手を繰り返していた福田がたしなめている。


 サービス開始からまもない7月、『イセワン』開発チームはジュエルソフト・ファン感謝祭に来ていた。ファン感謝祭と銘打たれてはいるものの、実質的にはほぼ『パズモン』のイベントといって差し支えない。ブースにもそれなりに人は来ていたものの、やはりメインステージと比べると盛り上がりは控えめだった。


「ま、そんなホワイト労働環境が続くかも売上次第ってわけね。しかしIDを手打ちでアイテム配るとは、なんとも手作り感があっていいことですな、へへっ」


 来場者のスマホ画面を見せてもらってユーザーIDを確認し、ノートPCから開発者用ツールでアイテムとキャラクターを配る、なんとも力技な手順だ。そして、その後にゲーム内のプレゼントボックスを確認してもらうところまでがワンセットだ。


「実際、位置情報を使うとなると実装もテストも複雑になりますし、結局のところこれが一番確実ですよ」


 冴川が冷静に解説する。


「でも、文江先生の宣伝のお陰もあって、なんだかんだ盛り上がったんじゃないですか」


「そらそうだけどさ。実質文江ちゃん握手会みたいなもんで、所詮アイテムはおまけでしょ?むさい男たちばっかりだったじゃない。うちらのゲームがすごいんじゃないからね、そこんとこよろしく」


 一時は順番待ちの列がそれなりの長さになり、最後尾役を買って出て案内していた月本が言うも、新谷は相変わらず皮肉を返す。


「サービス開始したばっかりなんだから、まだまだこれからだよ。それに、普段はなかなかユーザーさんと話す機会ないから、私は結構こういうイベント楽しいけどね。いつかは『イセワン』も、パシフィコ横浜でイベントできるようになるまで頑張ろうよ!」


 作業の正確さを買われノートPCでの入力を担当していた土屋の反応は、とても前向きだ。前職での大規模なイベントの経験もあるのだろう。それでも今回のファン感謝祭を心から楽しんでいる様子が伝わってくる。


「何であれ人がたくさん来てプレイしてくれて、盛り上がればいいんじゃない?そのためなら私の10000フォロワーのパワーでもなんでも利用してやるわよ。でも、今日は流石にちょっと疲れたかも」


「では、なにか飲み物買ってきましょうか」


 この暑さの中、全く疲れた様子を見せず握手をし続けるのはなかなかに大変だっただろう。冴川は気を利かせて提案し、買い出しに向かった。


 ◆◆◆


 ブースに戻ると、福田が冴川の方をちらちらとニヤニヤしながら見てくる。この感じには慣れている。どうせまた何かからかうようなネタを見つけたのだろうと、毎度のことに呆れながらも先回りして尋ねてみる。


「ほら、買ってきましたよ。それで。一体何があったんですか」


「さっき女の子が来てたよ、あのブログ書いてる人いるんですか、って。隅に置けないねえ、このこの、うりうり」


 そう言って肘打ちをしてくる福田をあしらいながらも、動揺を表情に出さないようにする。


「なるほど。それは、どういうことですか」


「だから言った通りよ。私のアカウントの投稿を見て、冴川君のブログ知ったんでしょ。ここにいるか聞かれたから、すぐ戻るから待ってたらって言ったんだけど、『じゃあいいです』って行っちゃった」


 わざわざ自分を訪ねてくる女性、その可能性に思い当たるも、まさかそんな都合の良いことがあるはずがないと思い直す。それでも少しの希望をこめて、気がつけば更に質問を重ねていた。


「その人は、どんな人でしたか」


「やっぱり気になっちゃう感じ?そうね、可愛いのは間違いないよ。今から走って追いかけたら間に合うかもね」


「そんな主観的な印象ではなく、もう少し具体的に」


 どこか茶化した様子の彼女には付き合わず、思わず強い口調になってしまうのを自覚するも止められない。その反応が意外だったのか、福田にしては珍しく、気圧された様子でなんとか思い出している。


「えっ?ああ、確か、黒縁の眼鏡かけてて。前髪は結構長くてこんな感じで、背は普通?かな……」


 髪型や眼鏡はいくらでも変えられる。もしその人が雪乃だとするならば、特定に必要な特徴は――。だが、それを口にすることは、同時に自身の罪の結果と向き合うことでもあった。思わず口ごもり、表情が曇るのがわかる。


「ねえ、冴川君大丈夫?ほら、暑いし、なにか飲んで落ち着いたら?わざわざ来てくれたってことは、またコメントくれるかもしれないし」


 確かに、今回のイベント感想記事を書いて、連絡を呼びかけるという手もないではない。それでも、何故か今日この瞬間を逃しては二度と取り返せないような予感がして、少しのためらいの後に冴川はそれを口にした。


「その、彼女は……顔に、傷があったりしましたか」


 思いがけない質問に呆気に取られたのか、少し間をおいてから言いづらそうにしながらもなんとか福田が答える。


「えっ?ああ、前髪で見えにくかったけど、確かにそうだったかも」


 彼女の言った通り、今から追いかければまだ間に合うかもしれない。はやる気持ちを止めることはできなかった。つかみかからんばかりの勢いでさらに畳み掛ける。


「本当ですか!?どっちに行ったかわかりますか、何分前ですか」


「待って、落ち着いて。質問は一つずつね。そうだよ、目を合わせて話すの苦手な人なのかなって思ったの覚えてるから、本当。ついさっきじゃないかな?もしかしたらその辺に……いないか。人の流れとしてはあっちだけど」


 そう言って福田が指差す先を見、その次の瞬間には仕事の途中ということも忘れ、自分でも思いがけない言葉が飛び出していた。


「早退します」


「えっ、誰が?」


「はい、自分がです。失礼します!」


 実際のところ、握手役、入力役とせいぜいが案内までで、若干暇を持て余していたのも事実だ。自分一人が抜けたところでどうにでもなるだろう、そう冴川は素早く結論づけたのだった。


「おーい、まだ片付けとか色々あるだろ!」


 新谷が引き止める声を後ろに聞きながら、振り向かずに「埋め合わせは後日します!」と返すと駆け出していた。


 ◆◆◆


 衝動的に飛び出してはきたものの、人々で賑わう休日のショッピングモールとあってはそう簡単に探している人物が見つかるものでもない。そもそも、既にこの場を離れているかもしれないし、自分で見たわけではないとなれば、手がかりなしに探すのは絶望的だ。


 ベンチで休憩しながら、いざとなれば店内放送で呼び出しも選択肢に入れ始めている自分に、我ながら必死すぎるだろうと思わず自嘲的な笑いがこぼれた。


(迷子って歳でもないけどな。とりあえず座って休むか。それに喉も乾いた)


 そもそも、ブースに来ていたその女性が雪乃だと決まったわけでもない。勝手にそうであってほしいと、みっともなくも思っているだけだ。


 それでも、もしそうなのだとすれば、この行き場のない後悔にも意味があったと思えるのではないか。そして、これからは為すべきことに真っ直ぐ向かっていけるのではないか。そんな根拠のない衝動に突き動かされていた。


 一息ついて落ち着くと、色々な想いが胸の中で交錯しているのを自覚する。


 後悔、焦りと不安、安堵と喜び。


 ただ、話をしたかった。あれから自分が歩んできた道を知ってほしい。彼女がどんな道を歩んで来たのかを知りたい。そして、君との約束があったからここまで来られたんだと、その感謝を直接伝えたい。


 独りよがりな感傷に過ぎないことはわかっている。それでも、もし彼女があのブログを読んで、勇気を出してわざわざ足を運んでくれたのだとしたら、それに応えたい。そして、やり直す機会をもらえるのなら、今度は決して――。


 その時、突然の通知音と振動に思考を中断された。スマホを取り出して開くと、福田からのメッセージが届いている。


『私が無理矢理にでもちゃんと話聞いとけばよかったね、片付けは私達でやっとくから心配しないで! P.S. 週明けランチ冴川君のおごりね、今日いた全員の分だから❤』

 

 普段と違う雰囲気が伝わってしまったのか、なんだかんだで気遣ってくれているだろう文面を確認し、冴川は彼女に感謝した。普段の言動に多少苛つくことも無いではないが、本当に大事な部分はわきまえている安心感がある。


 全員分は勘弁してくれなどと返信しようと考えていると、近くに座ったいかにもゲーム好きそうな二人組の男性の会話が聞こえてきた。


「いやあ、このイベント限定キャラはなかなか良い性能していますね!」


「これは暑い中来た甲斐がありますよ!『パズモン』もいいですが、こっちもなかなか私は好きですね。ガチャに頼りきりなゲームが氾濫する中、ちゃんとストーリーを見せようとしているのが感じられて実に好感が持てます」


「なるほど、タマネギさま氏もそう思われますか!いやはや私もそれに関しては全く同意見です。これからが楽しみな会社ですね」


 早口でスマホを見せあい本当に楽しそうに盛り上がる二人を横目に見ながら、自分達の仕事が確かに届いているのがわかり、嬉しくて鼻が高い気持ちになる。ブースでは見ていない顔だから、買い出しに出ている間に来たのだろうか。ハンドルネームらしき名前で呼び合うところからすると、ネットを通じて会った人達なのかもしれないと冴川は想像した。


「ところで雪坊主氏、この暑さですからアイスでも食べませんか」


「いいですね!確かフードコートにありましたね。男二人でアイスとしゃれこみますか」


 そう言って笑いながら二人が立ち上がり、フードコートに向かうのを見送る。今日はもう仕事という気分でもないし、イベントの終わりも近く、片付けは任せてしまっても構わないだろう。一旦なにか食べて気分転換も良いかもしれないと冴川が考えたところで、突如思い出される記憶があった。


『結構歩いたね。お腹すいちゃったから、そこでアイス食べよ。私はチョコレートにするけど、賢ちゃんはどれにする?』


『さっきも食べなかった?ま、いいけどさ。甘いもの好きなんだな。俺はバニラにするよ』


 そんな何気ない会話が急に思い出され、もしかしたらと思い直す。


 この猛暑の中イベントにわざわざ出てきて、限定アイテムをもらってすぐにトンボ帰りというのも、それはそれで考えにくい。


(フードコート、行ってみるか)

 

 いないかもしれない、無駄足になるかもしれない。それでも、諦めるのは確かめてからでいい。期待と不安が入り混じった気持ちの中、フロア案内図を確認して二人組の向かった方向へ冴川も歩き始めた。もし雪乃に会えたなら何と最初に言おうかと、そんなことを考えていた。

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