ディレクター・桃山広太朗

 入社してまだ日の浅い月本と福田が、もう一人のサークルメンバーを拉致してくるなどと物騒なことを桃山に申し出たのは、5月の大型連休を前にしたある日のことだった。


 二人が部屋を出ていくのを席から見送ったところで、『パズモン』のソースコードを解析していた野間が手を休めて話しかけてくる。


「桃さん、次来るエンジニア、どんな人か楽しみですね」


 『異世界大戦』が実験的なプロジェクトとはいえ、一から開発環境、プログラミング言語などを検討するのはスケジュール的にも現実的ではない。自社で既に稼働しているタイトルがあれば、なるべく使い回せるようにと、事前に桃山の指示で準備に動いてもらっていたのだった。


「亮太の話だと、シリコンバレー帰りらしいからな、期待できそうだぞ。しかし採用は一任されてるとはいえ、こんなドッキリみたいなやり方でいいのかねえ」


「いいんじゃないですか、若々しくて。昔を思い出しますね。せっかく自由にやらせてもらってるんだ、大企業みたいにルールだなんてのは似合わないですよ」


「ははっ、確かにな」


 当初はドラグーンゲームズに思い入れがあったのか、声をかけてもあまり乗り気ではなかった野間だったが、今はこの状況を楽しんでいるようだ。心なしか以前より表情も柔らかい。


 二人が話していると、社長の南も近寄って輪に入ってきた。


「桃山さんに野間さん、お疲れ様です!採用はどうですか?」


 自分で会社を立ち上げるだけあって、生命力に溢れたという表現がしっくりくる南が、爽やかな声で尋ねる。


「おう、南か。プランナーにアーティストと、だいぶ揃ってきたぞ」


「すいません色々任せっきりにしてしまって!『パズモン』も人足りなくて回せないんです」


「いいってことよ。そっちで稼いでもらってるから自由にできて、助かってる」


「桃さんと私も早くいいもの作って、タダ飯食らいを脱却したいところですね」


「俺はリリース前ちょっと手伝ったからいいの!」


 元ドラグーンゲームズの3人でしばし談笑の時間を過ごしていると、スマホに月本からの連絡が入った。そろそろ会社に戻ってくるようだ。


「よし、じゃあ行ってくるか。野間ちゃんもどうだ?」


「技術的なとこは聞くまでもない気はしますけど、一応話しますか。桃さんがOKならその後で」


「おう、終わったら声かけるから待っててくれ」


 席を立ち、桃山は会議室に向かった。


 ◆◆◆


 かわいそうに騙されてオフィスに連れてこられてしまった冴川賢と、桃山は会議室で向き合っていた。最初こそ驚いていたものの、すぐに冷静になって常識的な受け答えをしている。若いのになかなか落ち着いていて、経歴は伊達ではないなというのが最初の感想だった。


 一通りのお互いの自己紹介、会社とプロジェクトの説明と、基本的な質問を済ませる。スキルの部分の詳細は、元々プランナーだった桃山には分からないが、以前にどういったソフトのどの部分を担当したのかなど、とても簡潔でわかりやすく説明できていた。


(技術にコミュニケーションも問題なしか。あと心配なのは)


 ここまでで十分合格点ではあるが、それだけでは少し物足りない。桃山がこれまで採用に関わり、また働き続ける中で実感した、ゲーム会社でやっていくのに大事なもの。それを持っているか確かめるために更に質問する。


「そうだな、じゃあ一つゲーム会社らしい質問をしようか」


 冴川が身構える。


「一番好きなゲームについて、理由も含めて教えてくれ」


 少しホッとした様子を見せた後の冴川の回答は、予想外ではあったがある意味では桃山が求めている反応であった。


「それは無理な質問ですね。一つに絞れるわけがありません。それに面接では、少し時間が足りませんね」


 それまでの優等生然とした様子から一転して、不敵な笑みを浮かべ、わざとらしく時計を見ながら冗談めかして答える。


(真面目一辺倒ってわけでもなさそうだな、良いぞ)

 

 思わずニヤリとして、内心に話の分かるヤツだと認めると、更に続けた。


「違いねえ。じゃあ最近やったもので、一番でなくてもいいから簡単に、どうだ」


「ええ、であれば……月本さんも関わっていた『Dear Lonliness』でしょうか」


 そうして語りだした内容は、最初の印象とはまた違った、彼の奥深くから溢れ出る情感のこもったものであり、その様子は桃山にとってもどこか馴染みのあるものだった。


 曰く、そのストーリー、絵、その他全てから、製作者の魂がにじみ出ており、それに心を打たれたと。それは、大変かもしれないが憧れる生き方だという話だった。


「桃山さん、これはゲームに限りませんが……物語の力を私は信じているんです。出来でいうと、こう言っては失礼かもしれませんが、商業作品に比べ見劣りする点があるのも事実です。ですが、それでも私の昔の夢を思い出させ、行動させるほどには心を動かすものでした」


「なんだ、昔はゲーム作りたかったのか、なんで違う仕事してたのか聞いてもいいか?」


 遠慮せず率直に聞いてみる。


「それは……色々あってといいますか……」


 出会って間もない他人に話すことではないのかもしれない。冴川がためらい口ごもるのを察した桃山は、


「まあ普通はそうだよな、ゲームを仕事にするやつは、自分で言うのもなんだが、どっかネジ外れてるからな!」


 と笑いながら言い、先程の続きを促した。


「所詮、娯楽作品など生きていくための優先度としては低いのかもしれません。それでも、そこから何かを受け取って救われたのであれば、私のできる形で誰かに返したい、そう心から思うんです」


 話し終え、少し恥ずかしげに「青臭いことを言ってしまいましたか」と冴川は軽く視線を逸らした。


「いや、そんなことはない、その気持ちは大事だぞ。話してくれてありがとう」


「まあ、こうやって面接に連れてこられるのは予想外でしたが」


「いやあ、すまんな、あの二人が主犯だからあとで好きなだけ文句言ってやってくれ……と」


 すでに桃山の心はとうに採用で決まっていたが、もう一つ最後に聞いてみたいことが残っていた。


「俺から最後に一つ。これはだいぶ前に読んだ小説からそのまま取ってきただけなんだが」と前置きする。


「『あなたの目の前に川が流れています。深さはどれぐらいあるでしょう?1、足首まで。2、膝まで。3、腰まで。4、肩まで』」


「それは、心理テストか何かですか?」


「そんな感じだ。考えずに直感で答えてくれ」


「……肩まで、でしょうか」


 あまりにも予想通りすぎる答えに、思わず笑い声がこぼれる。いまいち事態が飲み込めていない冴川に、「これで情熱度を測れるんだと。肩までのやつは『情熱過多。暴走注意』らしいぞ」とネタばらしをする桃山だった。


「確かに。当たっているかもしれませんね」


 それに、ゲームについて語っていたときの冴川の眼――。


伊賀あのやろうみたいな眼をしやがる)


 現実を見据えて冷静で理性的であろうとし、誰よりも考えて努力しながら、それでも内に秘めた情熱を隠しきれずに、夢なんて言葉を恥ずかしげもなく口にする。


 そんな同期と同じものを冴川に感じ取った桃山の結論は、採用か不採用かなどというレベルの話ではなく、この男を中心人物の一人として『異世界大戦』を任せなくてはいけないという、確信にも近い直感だった。


「よし、俺からは以上だ。手続きとか正式な書類は後で渡すのと、他の社員とも話はしてもらうが、合格だ。ぜひとも一緒に働いてもらいたい。……もちろん、そっちが良ければの話だが。よろしくな」


「よろしくお願いします」


 桃山が差し出した手を、冴川が迷いなく握り返す。


 今度こそ。今度こそディレクターとして、良いゲームを世に届ける。人は少なく、納期にも余裕はなく、やることも多い。うまくいかなければ、会社自体もどうなるかわからない。


 それでも、肩書にとらわれていた以前とは違い、今ならきっとやり遂げられる。そう信じられるだけの仲間を見つけられたこと。そして、その仲間が同じチームにいてくれる幸運に、桃山は心から感謝した。

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