Noblesse Oblige

 無事に成田空港に到着し、入国審査を済ませる。荷物がベルトコンベアを流れてくるのを待ちながら、冴川はスマホを取り出しSNSに投稿した。


(『帰国しました!』、と)


 知り合いを中心にフォロワー30人程度の小規模なアカウントであったが、海外生活で友人と会う機会が減った寂しさもあり、日々の生活を一日に何度も定期的にポストしていた。


 投稿したその流れで、機内では見られなかった過去の投稿を遡ってチェックしていると、兄の冴川剛さえかわごうからロビーで待っているとのメッセージが入ってきた。


 ちょうど自分のスーツケースが運ばれてくるのが見えたところだった。リプライが来ているか確認したい気持ちを抑えてスマホをしまうと、冴川は荷物を取って税関に向かった。すでに書類は記入してあり、特に申告するものもない。手続きを済ませると、そのまま到着ロビーに向かった。


 ◆◆◆


 無事に合流し、駐車場から車に乗り込む。助手席に座り、ひとしきりの近況報告を終えると、剛が車を運転し始めながら「最近はゲーム何かやってるか?」と切り出した。


「向こうではそんなに。ゲーム機も持ってってないしさ。パソコンで少しやったくらいかな」


「俺はちょっと前にリメイクが出たアレやっててさ、ほら、途中で嫁さん選べるやつ」

 

 10も歳が離れ、所帯持ちで忙しいはずの剛であったが、空き時間にゲームを楽しむ余裕はあるようだった。「ああ、あれね」と思わず口元を緩ませて運転席の方を向いた冴川だったが、剛はファンの間でも長年続く終わらない論争を仕掛けてきた。


「賢はどっち派だ?俺はアイテムもらえて強い呪文覚える方だな」


「そんなの決まってるだろ、薄情だな兄貴は。お義姉さんもそんな理由で選んだの?」


「現実的と言ってくれ。あいつの前では絶対言うなよ!」


 思わず声を上げて笑う二人だった。所詮はゲームの中の話であり、実際に家庭を持って日々の生活をやっていく立場になれば、けして単純な話ではないことももちろんわかっている。


「そういや、最近ブログは更新しないのか?楽しみにしてるんだが。紹介してたフリーゲームもやってみたぞ、ハーバーランドがどうとかいうやつ」


「それ、ずいぶん前の記事だよな。覚えててくれたんだ」


 冴川にはSNSの他にも更新しているブログがあった。『小粒でもピリリと辛い』をコンセプトに、いわゆる大作ではなく、マイナーなゲームを発掘してレビューや感想の記事を細々とアップする。アクセス数も気にせず、流行りにもとらわれず、ただ自分の好みにヒットするものをプレイして、好きに感想を書く。そんなスタイルが彼には合っていたようだ。


「いくつか部屋に置きっぱなしのゲームもあっただろ?早くその感想も読みたいところだな。せっかく帰国したんだし、少しゆっくりしたらどうだ」


「でも、いつまでも兄貴に甘えてるわけにはいかないし、早いとこ仕事決めて部屋探すよ」


「そうか、子供たちも"賢おじ"と一緒にいたいみたいだがなあ」


 子供を出されると無下にするわけにもいかない。寂しそうにつぶやく剛に、「……そういうことなら、落ち着くまでしばらく居てもいいけど」と返す冴川だった。


「仕事といえば、最近は携帯ゲームもずいぶん景気良いらしいな。エンジニアも募集してるみたいだし、賢なら引く手数多なんじゃないか?」


 年の差もあり、剛は未だに昔の感覚で色々と助言をしてくることも多い。子供に見られているようで反感を覚えることもあったが、今回に関してはそのお節介がありがたかった。実際のところ、今の心持ちのまま就職先を決めるのが良い選択ではないことも、冴川にはまた確かな実感としてあった。


「世のため人のためとか、そんなのはやりたいやつに任せときゃいいんだ。お前くらい好きに生きたってバチは当たらないさ。それに、仕事ってのはあんまり肩肘張っても続かないもんよ」


 自身の身の丈に合わない理想を掲げ、燃え尽きた冴川の心の内を見通すかのようだった。人の命を救うという、まさに世のため人のための仕事をしながらも、目の前のの現場経験を着実に積み重ねてきた剛の言葉は、説得力をもって冴川に届いた。だが、好きを仕事にするのが良いことばかりでもないというのも、また彼にとって動かしようのない事実だった。


「そうだけどさ。仕事は仕事。趣味は空き時間でいいんだよ」


「昔はあんなにゲーム作りたいって言ってたのにな。でもな、賢。難しく考えなくていいんだ。自分の出来ることで、人のために何かをする。仕事だって何だって、突き詰めればそれだけの話だ。だったら、それ自体楽しめたほうが幸せだろう?」


 その夢を諦めてしまった理由も嫌というほど知っていた剛は、それ以上は深入りしてくることはなかった。剛自身も歳の離れた弟に生き方を示す中で、諦めたこともあったのかもしれなかったが、冴川にはそれを知る由もなかった。


 会話が途切れ、手持ち無沙汰になりスマホを取り出したところで、メッセージの通知音が車内に鳴り響いた。そこに表示された下河原美樹しもがわらみきの名前を見、冴川はタイミングの悪さに思わず頭を抱えた。


『お帰りなさい、賢ちゃん!(^o^) 仕事はこれから探すのかな?色々話したいこともあるから、来週会える?』


 早速SNSの投稿を見たのだろう。一挙一投足を監視されているようであまり気持ちの良いものでもなかったが、ブロックしたり着信拒否するまでの非情さは持てなかった。

 

 美樹が全くの善意から連絡してきているのは疑っていないが、ときに相手の事情を考えない押し付けがましいところがあり、少し癇に障ることがある。そのたびに指摘すればいいだけの話だが、何かを積極的に口に出すことが得意でない冴川にとっては、それが続くと自分の負担だけが増えていくことになる。結局は相性の問題で、こればかりはいくら会話を重ねてもどうにもならなかったと思い返した。


 うんざりした雰囲気が伝わったのか、剛が「おっ、例の彼女か?」と声をかける。


 眼鏡を外して目を閉じ、「元、だよ」と付け加えながら鼻の付け根を揉む。


「……そうか。長いフライトで疲れてるんだろ?寝ててもいいぞ」


「そうするよ」


 今すぐに返信しないとならないメッセージでもない。剛と話して緊張が解けたのか、時差のせいか、または美樹からの連絡のせいか。どっと疲れが出てきたのを実感した冴川は、心地よい車の揺れに瞼が重くなるのを感じながら、微睡みに身を任せた。

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