本日の主役・月本亮太

 後日、最終出社日に合わせ、桃山の企画で数名規模の小さな送別会が催されていた。


 先輩社員の水木雅人みずきまさとが月本を待っていたが、人事との手続きやお世話になった社員への挨拶に時間が取られたのもあり、まだ自席の拭き掃除をしているところだった。


「桃山さんもう飲み始めちゃってさ、先に店行ってるね。主役なんだから絶対来てよ!」


「すみません水木さん、終わったらすぐ行きます!」


(でも、立つ鳥跡を濁さずって言うしさ)


 既にPCや備品の返却はすでに済ませており、私物も持ち帰ってはいた。本来は必要ないはずの掃除だったが、世話になった職場を綺麗にして去りたいというけじめの表れであった。


 物がなくなって広々とした、埃一つない自席の空間を見て、少しのあいだ感慨に浸る。


 ただゲームが好きで、ゲームを作りを仕事にしたい。学生時代に頑張ったことは友人とのゲーム開発。


 なんのひねりもない、直球の志望動機で押し通ったのが幸いしたのか。不景気で数名程度の新卒採用だったにもかかわらず、月本はトントン拍子に選考を突破していき、そして彼の将来の夢・ゲームクリエイターは、自他ともに認める現実となった。


 入社後は移植タイトルで経験を積むことができた。完全新作とは違い、元のゲームが既に出来上がっているとあれば、新人にも任せやすいという事情もあったのだろう。


 画面のレイアウト変更や、追加仕様、テストプレイ。すべてが新鮮で、親切な先輩社員たちの指導のもと、大好きなゲームに関わる。思い返せば幸せな時間だった。


 だがその幸せも長くは続かず、有無を言わせぬ突然の部署異動と、炎上プロジェクト『レジェンズユニバースオンライン』への投入。


 増えない売上、無茶な目標とスケジュール。終わりの見えない”次のアップデートでV字回復”の連続。誰もプロジェクトの成功を信じておらず、言われるがまま長時間の勤務をこなす。


 期待が大きければ落胆も大きい。異動前との落差にやり場のない気持ちを抱えながら、ただ耐えるだけの日々。そんなプロジェクトの中にいても、上司に恵まれたのは僥倖だったと言えるかもしれない。


(色々あったけど、お世話になりました)


 すでに送別会は始まっている時間だった。誰にともなく軽く頭を下げて気持ちに区切りをつけ、荷物を持って部屋を出ようとすると、ちょうど近寄ってきた沼田部長に呼び止められた。


 剣呑な空気を察した月本は、とりあえずは無難にやり過ごそうと「部長、今までお世話になりました」とまずは挨拶をしたが、さっそくの小言に足止めを食うことになった。


「やれやれ、あの程度のお灸を据えただけで音を上げるとは、予想外でしたよ。反省したところを見せていただければ、私も鬼ではありません。もう少しためになる仕事をやってもらうところだったのですが」


(始まったか……)


 そうやって自身の扱いやすいイエスマンで周りを固めて引き上げ、反対するものには権力を傘に着て、あの手この手で抑えつける。噂で聞き及んではいたが、実際にターゲットになってみると、その嫌らしさを身をもって実感することとなった。


「まあいいでしょう、貴方の人生ですからね。もしや、『お友達』の企画をどうにか実現だとか、そんな馬鹿げたことを考えているのではありませんか」


 最後くらいもう少し他に言うことはないのか。嵐が去るのを待つつもりだったが、流石にそれを言われては黙っているわけにはいかない。


「部長。これは、僕がやらなきゃならないことなんです」


「ほう、私が与えた仕事を差し置いて『やらなきゃならない』とは、よほど大事と見えます。ご立派ですね。この程度で逃げ出すような人に、何かできるとも思いませんが。その堪え性のなさでは、どこに行っても必ず失敗しますよ」


 そう言って背を向けて歩き出した沼田だったが、一瞬立ち止まりこちらを振り向くと、


「それと。私の目が黒いうちは、業界に貴方の居場所はないと思ってください」


 と言い捨て、答えを聞かずに去っていった。


 どこまで邪魔をすれば気が済むのか。単なる脅しかもしれないとはいえ、未だ怒りが鎮まりきらない月本だったが、後に待つのが自分の送別会とあってはこのまま乗り込むわけにはいかない。気分転換も兼ね、コーヒーを入れるため給湯室に向かった。


 いつもより砂糖を多めに入れ、甘みで気持ちを落ち着ける。沼田に捕まり遅れる旨を水木にメッセージすると、月本は最後のコーヒーをじっくり味わい、ひとつ大きなため息をついた。


 ◆◆◆


 予約の時間を大幅に過ぎて居酒屋に着くと、既に出来上がっていた桃山が出迎える。


「よっ!災難だったな!本日の主役、いらっしゃーい!」


 ビールで乾杯もそこそこに、ゲームとは何か、持論を展開してくだを巻いている桃山達の話は続いていた。まずはメニューを手に取り、つまみを選びながら耳を傾ける。


「『カードバトル』もあのメンバーじゃなあ、数字は出せるかもしれないけどな。ゲームってのはそれだけじゃないだろうが!開発者が作ってて面白いと思えなきゃ、絶対良いゲームにはならないわけ、そこんとこ、わかる?」


「僕もやっぱり、ちゃんとしたゲームを作りたいですよ。携帯向けだと時間はつぶせるんだけど、それだけというか」


 飲み会はいつもソフトドリンクで通し冷静な水木も、あしらうわけでなく真面目に議論しているようだ。


「そうそう、結局のところ、ありゃ単に金を集める仕組みだな。俺らゲーマーは蚊帳の外ってわけよ。そこで、うちみたいにちゃんとゲームを作れるとこが、殴り込みをかけるってわけ!」


「でも、そうやって会社がお金を集めてくれるから、僕らの仕事があるのはわかるんですけどね」


「若いうちはそんなの気にしなくていいんだよ!それに評価制度もなあ、結局は売れそうなタイトルしか企画通らねえわけだ」


「やっぱり続編が安定になっちゃいますよね」


 なかなかに興味深い議論に月本が耳を傾けていると、店員が注文したつまみを運んできたところだった。唐揚げに付いてきたレモンを絞る。


「レモンはちょっと待って!!」


「水木さんレモンダメなんですか?この辺はまだですよ」


「昔は良かったな、『デスティニーレジェンズ2』の頃はさ……」


 脈絡もなく始まった桃山の”昔は良かった”話に、「ほら桃山さん、主役が置いてけぼりですよ」と水木が軌道修正を試みる。

 

「おお、すまんな亮太!んで、やるのか?『異世界大戦』をよ」


 それまでの酔いっぷりからは見違えるほど真剣な桃山の質問に、自信を持って「はい」と答える。


「それが僕の使命ですから」


 使命。たかがゲームにしては重すぎるかもしれない言葉だったが、場の雰囲気に助けられてか気恥ずかしさはなく、誰一人として笑うものもいなかった。


「わかってると思うが、ゲーム作りは楽じゃないぞ。個人開発となればもっとだ」


「もう何度も完成させてます」


「まだ若いからわからないかもしれないが、会社勤めより辛いことだって沢山起きるかもしれないぞ」


「望むところです」


 我ながら不敵な笑みを浮かべ言い切った。


「よく言った!よし、合格だ!がんばれよ!」


「合格って、桃山さんが決めてどうすんですか。月本君、僕も応援してるからね!」


「じゃあ早速その決意のほどを、酒で表現してもらうとするか」


「それ、アルハラっていうんですよ!」


 言葉とは裏腹に、親しみを込めたツッコミを桃山に返す。


「まあまあ。遅れてきた分まだ飲み足りないんじゃない?」


「そんな、先輩はずっとウーロン茶じゃないですか!」


 捨てる神あれば拾う神あり。本気で向かえば、馬鹿にされることも、邪魔されることもある。でも、応援してくれる人たちもいる。


 もう少しこの人達と一緒に働けたらよかったかもしれないと、わずかばかりの後悔を酒とともに飲み込み、月本はしばしの幸せな時間に身を委ねた。


 ◆◆◆

  

 その後二次会も終えた月本達は店の前でたむろしており、桃山が締めの挨拶に入るところだった。

 

「はい!というわけで。皆さん二次会お疲れ様でした!拍手!」


「じゃあ桃山さん、恒例のアレやっちゃいますか」


「おお、やるかアレ」

 

 何かを企んでいるような顔で話す水木に不穏な空気を察した月本は、桃山が「胴上げ、やっちゃいますか!」と酔っ払いにやらせてはいけないはずの言葉を発するのを聞いた。続けて「ウェーイ」と声が上がる。


「え、それ危なくないですか?」


「僕は飲んでないから大丈夫!ほらほら!」


「ちょ、水木さん、シラフなら止めてくださいよ!」


「いいからいいから!それじゃ、我らが月本君の門出を祝って!」


「「「「せーの!!」」」」

 

 わっしょいの掛け声と共に体が数度宙を舞う。最初の一回は身を固くしていたが、意外と力強い手の感触に安心して身を任せると、心の底からの笑いが自然と溢れてきた。ここしばらく、長井が亡くなってからこんな気持ちは忘れていたかもしれない。


 思い返せば辛いことも、楽しいことも色々あった。配属先やプロジェクトが、自身の力の及ばぬところで決まってしまう理不尽さを思い知った。それでも、このような形で去ることになったとしても、こうして夢を応援してくれる人達に出会えたのであれば、それはかけがえのない財産なのだろう。


 見上げると、空には月が見えていた。ほとんどが雲に隠れ、満月と呼ぶには未だ欠けていたが、その光は確かに地上に届いて月本達を照らしていた。いつかは自分も暗闇の中にいる誰かを照らせるようなになりたいと。そして、そんなゲームを作れるようになりたいと、月本は心からそう思った。

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