終わりそして始まり

 翌日、月本は出社早々、いつになく元気な声で上司の桃山に挨拶をした。


「おはようございます!」


「お、どうした亮太、今日は早いじゃないの。何か週末良いことでもあったか?」


「やっぱりわかっちゃいます?ちょっとだけ、ね」


 からかうような笑みを浮かべながら、女性関係を疑って尋ねた桃山だったが、月本はあえて含みを持たせて返した。


「何があったんだよ、教えてくれよ減るもんじゃなし」


 席につきPCを立ち上げ、システムにログイン、打刻をする。いつもより早いとはいえ既に9時45分を回っている。桃山と軽口を叩き合いながら、毎朝のルーチンを済ませた月本は、二人以外には人がまばらなオフィスを見回した。


 会社にもよるが、ゲーム業界では朝の始業は比較的遅いことが多い。社内でも開発部署と管理部門とで違う場合もあるが、月本のいるオンラインゲーム部では、大多数が10時15分になってからぼちぼち出社し始める体たらくであった。


「朝礼までまだ時間あるんで、コーヒーどうですか?」


「お、おう、俺は水で大丈夫だが」


「そう言わずに、たまには週の始めからテンション上げていきましょうよ」


 いつもと様子が違う部下との距離感を測りかねている桃山を無理やり引き連れ、月本は軽い足取りで給湯室に向かった。


 ◆◆◆


 朝礼の時間である10時30分になると、全員が立ち上がり部長席のある中央を向く。皆の視線の先には、オンラインゲーム部・部長の沼田重徳ぬまたしげのりがいた。


「皆さんおはようございます。朝礼を始めます。早速ですが、今日は重大なお知らせがあります」


 辺りがざわつく。沼田の声の調子や話しぶりからしてあまり良い内容ではないのだろう。


「2つあります。まず1つめは組織変更、我々オンラインゲーム部とお隣モバイルゲーム部が合併します。これも最近の業界のビジネスの状況を鑑み……」


 確かにそれは大きな変更だが、そこまでの驚きはなかった。沼田の話をほぼ右から左に聞き流しながら、月本は業界を取り巻く状況を思い返していた。


 2000年代後半から、携帯電話向けのSNS上でプレイするソーシャルゲームが、基本プレイ無料という手軽さも手伝い急速にユーザー数を増やしていた。


 SNS上でアカウントを作成するとプレイでき、友達と協力する、文字通りソーシャルな要素が含まれるカジュアルなゲームだ。コアなファンからするとゲームと呼ぶのが憚られるお粗末なものも多く、また射幸心を煽り法外な額をつぎ込ませるビジネスモデルに反発も少なくなかったが、市場規模はものすごい勢いで拡大していた。


 そして既存のゲーム会社からすると、運営側に当たる新興のスタートアップ2社に利益が集中していたこともあり、出遅れた感は否めなかった。


 だが、その状況にも変化の兆しが見え始めていた。日本で最初のスマートフォンが発売されてから既に3年近く。


 その普及度合いと、コンピュータ・ハードウェア性能の急速な進化。また、アプリ内課金も導入され、基本プレイ無料でのリリースも可能になった状況を考えれば、スマートフォン向けゲーム市場に既存の会社が参入し始めるのは自然な流れだった。携帯端末向け、ソーシャルゲームという形でのノウハウは無くとも、経験を積んだ開発者を多く抱える点はやはり強みだろう。単純に良いクオリティのもの、ゲームとして面白いものを作る力ではけして引けは取らない。


 一通り話し終えた沼田が、少し言いよどむのが見える。組織変更自体にはネガティブな要素は少なく、むしろ攻めの一手とも解釈できる。2つ目がより重大で深刻であろう。


「それからもう1つ。現在サービス中の『レジェンズユニバースオンライン』ですが……」


 レジェンズユニバースオンライン。月本と桃山の担当しているMMORPGのタイトルだ。売上やチームの雰囲気、アップデート内容、その後のユーザー数から察するに、今後の展開が苦しいこと明白であった。


「今月いっぱいでサービスを中止し、プロジェクトを解散します」


 やはりか。悲しみも落胆もなく、月本はいくらかほっとした心持ちでその発表を受け入れた。


 ◆◆◆


 朝礼を終え解散となった後、月本は自席で同僚と噂話で盛り上がっていた。落ち込んだ様子の者も多く、反応は様々であった。途中からプロジェクトに参加した月本は思い入れも少なく気楽なものだったが、立ち上げから参加していたメンバーは思うところもあるかもしれない。


「ちょっとチーム全員集まってくれ」


 沼田との会議を終え戻った桃山が、チームメンバーを招集し、再び別の会議室に向かったのが見えた。今後の方針の説明だろうか。月本は他のメンバーと共に、ぞろぞろと桃山に従い歩いていった。


 その後、桃山から説明があった内容としてはこうだ。


 サービス停止日までに、既存プレイヤーのサポートなどある程度作業は発生するが、新規機能の実装やバグ修正、データ作成、アイテム追加等は今後一切の必要がなくなる。


 また、空いた時間は他社スマートフォン向けタイトルやソーシャルゲームの研究をするようにとの指示だ。実質今の仕事はやらなくて良いお墨付きに加え、代わりの作業が”業界研究”であったとなれば、月本は思わず口元が緩むのを自覚した。


(しばらくはゲームだけしてお金もらえるってことか……!)


 そもそもが開発期間中も、テストプレイは大事な仕事ではある。とはいえ締め切りやクオリティに対するプレッシャー、アウトプットの必要が無い中だと気持ちもだいぶ違ってくる。何からプレイしようか、忙しく後回しにしていたタイトルを思い出していると、より重要な話を桃山が始めていた。


「それと、新しいスマートフォン向けの企画がスタートすることになった。具体的な内容は企画プレゼン会で決めるみたいだ。若い奴らはチャンスだから、やってみるのもいいだろ。誰か立候補は?」


「はい、アイデアあるんでやります!企画書のテンプレートとかありましたっけ?」


 新企画。ゲーム開発者にとって最も胸躍る瞬間の一つと言ってもいいだろう。しかもスマートフォン向けとは。月本は気づけば間髪を入れずに手を上げていた。


「……ああ、このあとメールで共有するから、やってみな。他はどうだ?多い分には一向にかまわないぞ」


 未だ重い雰囲気が漂う会議室で、様子を伺い合うような空気の中、手を挙げる者は月本以外に現れなかった。


「まあ、急な話だからな。気が変わってやりたくなったらいつでも教えてくれ」


(見てろよ健。俺たちのゲームで世界を取るぞ)


 夢に向けて、まずは大きな一歩だ。かつて友から受け取った言葉を胸中に繰り返し、月本は自身を奮い立たせた。

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