12_異世界への扉

「どこだ、桐原はどこにいる」


 鳶野は、あたりを見渡し、彼女を探す。だけど、いくら探しても、桐原の姿はない。


 いない、桐原がいない。


 一体、どこに行ってしまったんだ。


 すると、横から声がした。


「あなたは、門出かどでを探しているの」


 鳶野は、声をした方向を振り返ると長椅子にもたれかけながら女性が血を流して倒れている。なんとか意識を保っており、今にも閉じてしまいそうな目を彼に向けていた。


「あなたは……」


「私は、門出の母親です。門出は、あの男に、影の世界に連れて行かれてしまった」


「あの男とは誰のことだ」


久留くるよ。あの男は、アンブラの住人だった。ダーカーを呼び出してここにいる人たちを襲ったあと、門出をアンブラへと連れて行った」


 あの男が、アンブラの住人。


 いつの日か。桐原に聞いたことがある。


 こことは違う影の世界アンブラが存在すると。


「門出さんは、アンブラに連れて行かれてしまったのか。安心しろ。私が必ず彼女を救い出してみせる」


「ありがとうございます。時間がない。今すぐ私が、アンブラへの扉を開きます。その扉の先に、行けば門出と出会えるはずです」


 グギグギグギ。


 桐原の母親が、呪文を唱えアンブラへの扉を開いた時だ。周りに倒れている人々の背中から奇妙な音が響く。何かが引き裂いて中から出てくるような耳障りな音だ。


「この音は……なんだ、あれは死体から」


 鳶野は、音がした方を向き確認すると、死体の頭が裂けて、中から赤ん坊の顔をしたダーカーがにょきにょきと姿を現した。くねくねしている細長い漆黒の身体からは、複数の腕が伸びている。


「ダーカー。人間の身体から出てくるなんて初めて見たぞ」


 鳶野は、周囲に現れたダーカーたちを警戒しながら言った。


「ダーカーは、人間の身体を媒体ばいたいに作られた兵器。久留の力で、ダーカーに変えられてしまった。わたしも、わたしも、わだしも……」


 突然、桐原の母親の様子が、おかしくなる。


「どうした」


 鳶野は彼女を心配し、声をかけた。


「おおおおお、お願い……じます。かかか、門出をすすすすす、救って、救ってくださ……い」


 桐原の母親の必死のお願いに、鳶野は何かを感じ真剣な表情を浮かべると、一言こう答えた。


「もちろんだ」


 それを聞き、彼女は安心したかのような表情を浮かべる。


「あ、あ、あ、あああああ、ありがとございます………」


 グギグギグギギギギギギギギギ。


 直後、桐原の母親の額のあたりが引き裂かれた。


 そして、突如、赤ん坊の顔をしたダーカーが、桐原の母親の額を引き裂き押し広げると勢いよく教会の天井に向かって長い身体を伸ばす。周りのダーカーとは比べ物にならない大きさだ。


「桐原の母親も、あの男に、ダーカーに変えられてしまっていたのか……」


 鳶野は、悲しい表情を浮かべる。


 桐原の母親が、最後の力で開けてくれたアンブラへの扉を見た。


「うぎゃーうぎゃーうぎゃーーーー!!!」


 周りのダーカーは一斉に、不気味な産声うぶごえを上げる。教会のステンドグラスの窓が、強烈な産声で砕け散る。

 

 酷い音だ。鼓膜が破れそうだ。


「おちい、おちい、おちい、魂」


 ダーカーたちは、鼻を動かし鳶野の臭いを感じ取る。獲物を見る目で、鳶野を視界に捉えると、すさまじい勢いで、彼の背後から襲いかかる。


 私は……。


 こんなところで、終わる訳にはいかないんだよ。


 鳶野は、即座に影から球体を復数作り出す。


 "こうやって、影からものを作り出すこともできるんだよ"


 ふと桐原から、影力の使い方を教えてもらったことを思い出す。


 まさか、あの時、教えてもらった技を今、使うことになるとはな……。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!」


 ダーカーたちは、威圧的な叫び声を上げながら、鳶野の元に、飛びかかる。


 私は、君を救う。桐原。また、一緒に影隠師の仕事をしよう。


 鳶野が作り出した複数の球体を操り、槍に形状を変形させると浮遊の力を使って槍をダーカーの元に飛ばした。浮遊の力で、飛ばされた槍はダーカーのコアに向かって直進し的確に貫いた。


 その瞬間、コアを貫かれたダーカーが激しい轟音を鳴り響かせて消滅する。


 背後で消滅するダーカーを見ることなく、鳶野は、扉の向こう側に見える闇をただ見つめ、歩き始める。


 許さない。桐原の大切な人を傷つけた。桐原を連れ去った。あの男だけは。


 彼は、憤怒ふんぬの炎を目に宿らせる。これから、彼の最後の戦いが始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る