07_怒り

 右目。


 そのダーカーの言葉に、鳶野は戦慄せんりつする。


 左目だけで飽き足らず、私の右目までも奪おうというのか。


「誰か……誰か助けてくれ。誰でもいい。誰か頼むから……」 


 鳶野は、助けを求める言葉を漏らすが、当然、周囲に人の気配はない。ただ建物の間を風が吹き抜けていく音だけが虚しく響いている。


 いるわけがないか。わざわざ人のいないこの廃墟に来たのだから。自らの命を断つために。


 このまま、なんの救いもないまま、この謎の化け物に、目玉を取られながら死んでいくのか。


 鳶野の中で、悲しみと嘆きの感情が止め処なく沸き立っていく。そして、それらの感情は、彼の叫びとなって、廃墟はいきょに鳴り響く。


「私は、一体、なんのために生まれてきたというのだ!こんな苦しみを味わうためだけに生まれてきたというのか。誰か教えてくれ!」


「右目……」


 鳶野が叫んだ直後、目の前に、虚ろな表情を浮かベたダーカーの顔が現れる。


 また、私の目玉をほじくり出そうというのか……。


 ダーカーは、顔色一つ変えずに虚ろな表情を相変わらず浮かべながら、淡々たんたんと影の手を彼の右目に、伸ばした。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 ダーカーの魔の手が、右目に迫る瞬間、彼の頭の中にあったネジがどこかに吹っ飛んだ。鳶野は、狂ったように笑い声を上げる。


 もういい。もうたくさんだ。


 そうだ、全部、こいつのせいだ。


 この虚ろな目をした、のうのうと目玉を奪ったこいつのせいだ。


 私から、目玉を奪っておいて、さらに奪おうとするこいつのせいだ。


 このまま、簡単に死んでたまるものか。


「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」


 ダーカーの苦しそうな叫び声が、響いた。鳶野は、右目に伸びたダーカーの魔の手を、大きな口を開け渾身こんしんの力で、噛んでいた。そのあまりの痛みにダーカーは、叫び声を上げていた。


 ダーカーは、不意をつかれて思わず彼を拘束していた無数の影の手を緩めた。その隙に、鳶野は瞬時にダーカーの手から逃れて憎しみと怒りに満ちた眼をダーカーに向ける。


 私はここで死に来たのだ。お前が奪った目玉たちを一つ一つ潰す。


 せめて、こいつに私に与えた苦しみ以上の苦しみを与えた後、死んでやる。


 鳶野のそんな強い思いに呼応するかのよいに、周りに転がっていた小石やガラスの破片が急に浮かび上がった。


「なんだ、この力は……」


 鳶野は、突如、目覚めた力に、驚いていた。周りのものを浮かし自由に操作しているのは、自分であるとすぐに気づいた。


 この力を使えば、もしかすれば……。


 鳶野は、無表情にダーカーの身体に生えている目玉を選ぶように、指さした。


 これだ。


 


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