明晰夢を見る方法(ショートver)

浅野ハル

第1話

〈明晰夢を見る方法〉


・起きたらすぐに見た夢をメモする

・よく見る夢の中で共通するもの(キーワード)を見つける

・一日に数回、今見ているものは夢なのか現実なのか自問する

・眠る前に夢で意識を持つ自分を想像する

上記のことを習慣化する


 習慣化することによって夢の中でも夢か現実か自問するようになる。

 キーワードがトリガーになることもある。

 そしてこれをきっかけに夢の中の不自然(文字が動く、時計の針がおかしい)を見つけると、これは夢だと確信する。

 朝方か二度寝の時が成功しやすい。


#明晰夢  






 男は目覚めてから、自分が泣いていることに気付いた。何か悲しい夢を見た気がした。昔から夢を見てもあまり覚えていられなかった。

 スマホを手に取りSNSを覗くとタイムラインに胡散臭い投稿が流れてきた。


〈明晰夢を見る方法〉


 明晰夢という言葉を知らなかったので無視して、仕事に行く準備をして家を出た。




 数日後、若者に人気のインフルエンサーのHが〈明晰夢を見る方法〉を引用して投稿した。

「夢の中で自由に動ける!もうやりたい放題!マジですごい!!誰でもできるからみんなやってみなよ」とHはコメントしていた。


 返信欄には、

「あれ驚きますよね。私なんて俳優のAとイチャつきましたよw」

「やっぱり人に言えないようなことしちゃいますよね」

「夢だと気付いても動けないからつまらない」

「訓練すれば誰でもできますよね」等等。


 Hの投稿は時間が経つにつれてどんどん拡散されていった。



 SNSで明晰夢の体験談を投稿するのが流行り出した。

 性的な事か暴力的な内容が多かった。




 男が仕事から帰宅しテレビをつけると、お笑い芸人が「明晰夢を見ることができる」とエピソードトークをしていた。

「ビルから飛び降り、空を飛んで、現場に来て、収録中に全裸になってみたけど誰も笑ってくれなかった」と芸人は話し、共演者の女が「えー、きもーい」と返して笑いが起きていた。

 芸人は、共演者の女に対して、

「今夜はお前といちゃついてやるからな」と言って、MCに頭を叩かれていた。

 何が面白いのかわからず、テレビを消した。




 男は明晰夢を見たいと思った。

 男には愛した妻がいた。彼女は事故で突然亡くなってしまった。

 夢でも何でもいいからもう一度会いたいと願っていた。


 男はもともと夢をあまり見なかった。見てもほとんど覚えていなかった。

 投稿に書かれているように、夢を見ることを意識し、起きてすぐに少しでも覚えていることをメモするようにした。


 初めは「悲しい夢を見た気がする」「誰かと話した」「どこかを歩いていた」「黄色い物を見た」


 イメージや小さな断片しか思い出せなかった。


 何日も続けていくうちに、「女性と公園を歩いていた」「会社で同僚と仕事をしていた」「テニスコートで彼女とラリーをしていた」


 見た夢の詳しい内容を書くことができるようになっていった。


 大学のテニスサークルで知り合ったのが妻だった。長い黒髪がよく似合う美しい人だった。




 男はついに明晰夢を見ることに成功した。


 夢の中の公園で、妻と歩いていた。ふと、これは夢なのかと自問することができた。そして腕時計を見ると秒針は不規則に動き、これは夢なのだと確信した。

「ずっと会いたかった」男はそう言ってみたが、口をぱくぱく動かしているだけだった。

 それでも妻は、

「毎日会ってるじゃない」と言った。耳にというより脳に伝わってきた。

 それから手を繋いで公園をゆっくり歩いた。男はそれだけで充分だと思えた。

 しばらくして、まわりの色が薄らいでいき、あらゆるものの輪郭がぼやけてきて目を覚ました。


 男は夢で握った妻の手の柔らかさをありありと思い出すことができた。リアルな体験に深い驚きと高揚感を感じた。





 男はそれからも何度か明晰夢を見て、妻と再会した。

 しかし夢を見ている時は幸せだと感じられたが、目覚めた後の喪失感は大きかった。


 ある時、男は妻の髪を優しく撫でているときに気づいてしまった。

 妻の髪は初めて出会った時のようにさらさらで美しく輝いていた。


 妻は事故に遭う前、髪に白髪が混ざり始めていた。妻は新しい白髪を見つけるたびに男に報告していた。男がその白髪を抜こうとしたり、染めたらどうかなと聞くと彼女はそれを断った。

 男が理由を聞くと、妻は、

「あなたと一緒に過ごした時間の証拠」と言った。

 その後、白髪が目立ってきたので結局染めていた。髪の質感は出会った頃よりパサついていた。男は妻のパサつく髪を撫でると共に過ごした時間を感じ、心が満たされていくのを感じた。


 男はそのことを思い出した。そして、夢は記憶と妄想に過ぎないのだと悟ってしまった。


 男は妻に「今までありがとう」と言った。


 妻は「帰ったらカレーを作りましょう」と言った。




 男は夢をメモすることをやめた。深く、ぐっすり眠れるようになった。

 妻の死を受け入れて、前に進もうと思った。

 仕事をして、たまに同僚と飲みに行き、週末は時間をかけて料理を作った。


 朝、目が覚めて泣いていることはなくなった。




 明晰夢の投稿がバズり、若者を中心に明晰夢の快楽にハマる人が増えた。

 日常の中で初めに疑問に思ったのが、コンビニ店員だった。

 ある日を境に、エナジードリンクやコーヒーやミントのガムといった眠気覚まし系のものがすぐ売り切れるようになったのはなぜか、と。

 学校や会社に遅刻する人が増え、居眠り運転による事故が急増した。

 脳の専門家がテレビで「明晰夢を見ると脳が活発になりすぎて充分な睡眠効果が得られず、日常生活に支障をきたす。子供の成長を阻害する」と言っていた。

 学校のHRで先生が「明晰夢をやらないでください」と言っていた。

 子供たちは余計に興味を覚えて、毎夜こっそり明晰夢体験に励んだ。

 全国学力テストの平均点数が過去最低になった。



 十数年後、高度な潜在能力を持った新生児が生まれるようになった。

 その子供たちが成長し、一般の子が物心つく年頃には、快楽のままに行動をするようになった。

 ある研究者がその子供たちの脳をMRIで調べたところ、前頭葉が異常に発達していることがわかった。少し歪な形をしており、そのせいで感情や行動を抑制することができないのではないかと推測された。

 なぜ急激にこのような子たちが生まれるようになったのか、誰もわかるものはいなかった。



 その後、国内では芸術分野の爆発的な発展と衝動的な犯罪が増えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明晰夢を見る方法(ショートver) 浅野ハル @minihal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ