第2話 桜折る馬鹿、梅切る馬鹿

 十年前。


「あー、桜を折った!」


 桜の枝を折って嬉しそうに笑っている想い人、佐伯勇作を見つけた私は彼を指を差して叫んだ。


「あーあーあーあっ。ダメでしょっ、折ったら。桜さんが可哀想じゃない」


 九歳の私はとても口うるさかった。というか、勇作と話がしたくて、だけど何を話したらいいのかわからなくて、いつもこんな感じで勇作にちょっかいをかけていた。私は勇作に近寄り、折った桜と折れた部分の枝を交互に見ながら、勇作に注意を入れる。


「やかましいわっ、梅子」


 私の言い方に腹を立てた勇作は反論してきた。


「あのねぇ、勇作。桜折る馬鹿って言葉知らないの? 桜はねぇ、折れると、切り口から病気が入って弱っちゃうんだから。綺麗だからって、折ったらダメなのっ」


「へん、梅子。じゃあこれは知っているか? 梅切らぬ馬鹿ってのは」


 ちょっと嫌な予感がした。


「・・・知ってるわよ、だから何よ」


 私の口調が弱まると、勇作は好機と見たのか、にやりと笑った。


「俺は梅子、お前と縁を切ってやる。なんたって、梅切らぬのは馬鹿だからのう」


 ショックだった。

 勇作が冗談で言っているのは分かる。それでも、私は嘘でもそう言われたのがショックで勇作の言葉に反論する言葉がなかなか出なくて、口をパクパクさせていた。


「これに懲りたらもう少し女らしくすることじゃ・・・・・・」


 『女らしく』という言葉が、私の琴線に触れた。

 私は右手を振りかぶって、思いっきり勇作の左頬を叩いた。


「痛あああああっ」


 私だって痛い。

 手もそうだけれど、心がこんなにも・・・・・・。いつでも女として見て欲しいのに勇作は私のことを見てくれない。


「勇作のばかぁっ」


「なんじゃと、この暴力女っ」


 そう言って、あの桜の下で喧嘩した私たちは、お別れするあの日までろくに口を利かなくなってしまいましたね。

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