第6話 少し事情を知る

 剣士はジェマ。弓士はフローラという名前らしい。

 二人はコンビで活動しており、この街の冒険者としてはかなり名が知られているほうだという。


 ジェマとフローラいわく。

 ヴィント盗賊団というのは、何十年も前からこの辺りを荒らし回っている盗賊である。その規模と実力は、そこらの暴力集団とは格が違う。なんと王城に乗り込み、占拠したことさえあった。

 その団長は、大昔に王位継承争いに敗れた王子の血を引いている――そんな噂がある。自分こそが正当な国王であるという主張を力尽くで認めさせるために城に攻め入った、というわけだ。


 噂が真実かどうかは分からない。そして仮に団長が王家の血を引いていても、王城を占拠する正当性には繋がらない。どう転んでも、盗人の理屈の域を出なかった。


 ところが、ヴィント盗賊団に正当性はなくても、戦闘力はあった。

 国王も騎士団も王城から逃げ出すのが精一杯で、手をこまねいて見ているしかなかった。


 そんなとき、あの悠久の魔女エミリーが単独で王城に乗り込み、ヴィント盗賊団を壊滅させた。

 それまでも数々の功績を立ててきたエミリーだが、『占拠された王城を取り戻す』というのは実に英雄的で、今でも吟遊詩人が好んで歌うテーマであるという。


「もう三十年くらい前の出来事だったかな」


 男二人を肩に担いだジェマが何気なく呟く。


「え? 三十年前、ですか? あの、悠久の魔女エミリーって、綺麗な女性ですよね。金髪で、お二人と同い年くらいの」


「おや? インフィはエミリー様を見たことがあるのかな?」


「ええ、ちょっとご縁がありまして。偶然見かけました」


「そうか。エミリー様を知っているのに、その逸話を知らないとは珍しいね。あの人は、もう百年以上も生きているんだよ。その間、ずっと人々のために戦ってきたんだ。そして、ついに魔王討伐という偉業を果たした」


 ジェマは我がことのように誇らしげに言う。


「ひゃ、百年!? そんなに長生きできるポーションがあるんですか?」


「いや、ポーションじゃない。エミリー様は魔法で寿命を延ばしているんだ。もちろん魔法師なら誰でもできることじゃないよ。膨大な魔力と、緻密な技術と、強い意志。その全てが揃わないとできないらしい。そしてエミリー様は、伸ばした寿命を私利私欲ではなく、世界のために使っている。本当に凄い人だ」


「魔法で寿命を……? それはもしかして、魔法でポーションやアイテムを作るのではなく、魔力コントロールで自分の体に直接干渉しているんでしょうか?」


「さて。私は剣士だから魔法は詳しくない。せいぜい、魔力で身体能力を向上させる方法くらいしか知らないよ。とはいえ、魔法でアイテムを作る技術は、古代文明のものだろう? さすがのエミリー様もそれはできないと思う」


「なるほど……」


 これほど尊敬されているエミリーでさえ、魔法でアイテムを作るのは無理と思われている。つまり、本当に技術が失われているのだ。


[マスター、凄い話じゃのぅ。かつてイライザ・ギルモアが熱望した『長生きする』というのを、なんの道具も使わず、己の魔力だけで実現するとは。この時代、なかなか侮れぬぞ]


[ええ。エミリーさんとは、もっと親しくするべきでした。まあ、そのうち会う機会もあるでしょう]


 もしエミリーと再会したら、唇を奪った上に気絶させたのを謝罪しなければ。許してくれるだろうか。話を聞く限り優しい女性のはずだから、きっと大丈夫だろう、とインフィは希望を持つ。


「それにしてもぉ。エミリー様ってあんなに美人なんだから、百年分のロマンスがあるはずよねぇ。けれど、そういう噂って流れてこないのよぉ。気になるわぁ」


 フローラは頬に右手を当て、うっとりした様子で言う。すると右腕で担いでいた盗賊が地面にドスンと落ちた。「あらあら、ごめんなさいねぇ」と心のこもらない謝罪を呟きながら拾い上げる。

 もう片方の腕で担がれた盗賊がモゴモゴと抗議しているが、口を縛られているので、なにを言っているか分からない。


「きっと、そういう話は、耳にした人も遠慮するんだろう。エミリー様の英雄譚は大勢が知るべきだけど、プライベートをかき乱す権利は誰にもない。エミリー様は心身共に疲れているはず。安らぎの場も必要さ」


「そうねぇ。もしエミリー様が男性と二人っきりでいるのを見かけても、私たちの心にしまっておきましょう」


 ジェマとフローラは優しげに笑い合う。

 それを見てインフィは複雑な気持ちになった。なにせエミリーが、百年分のロマンスどころか、キスの経験さえなかったのを知っている。

 きっと世界のために戦い続け、恋愛をする暇がなかったのだろう。そんなエミリーの唇を、インフィが奪ってしまった。彼女の骨折を治すためとはいえ、罪悪感が強くなっていく。


「ところでインフィちゃん。あなたの頭の上にずっと乗っている小さなドラゴン。それってぬいぐるみ?」


 フローラがアメリアに視線を向けた。


[なんて答えましょう?]


[ぬいぐるみの振りは疲れるのじゃ]


 そしてアメリアはバサッと白い翼を広げた。


「吾輩はぬいぐるみではない。このインフィをマスターと定めた精霊、アメリアじゃ。つまりマスター・インフィは精霊に選ばれし者! そなたら、敬意を持って接するがいい!」


[威張りすぎでは?]


[なぁに。少しくらいハッタリを利かせんとな。目立ちすぎると行動が制限されるが、舐められるのも、それはそれで問題。マスターは迫力のない顔じゃから、吾輩が威厳を出してバランスを取ってやろう]


 アメリアは自信たっぷりに言う。ところが――。


「モ……モフモフなのに態度がデカい……可愛い!」


「あらあら! 動くとモフモフ具合が一層パワーアップねぇ! これは撫で回すしかないわぁ!」


 ジェマとフローラは両肩に担いだ盗賊を投げ捨て、アメリアを手に取り、競うように撫で始めた。


「の、のわぁぁぁっ! 吾輩をぬいぐるみ扱いするなぁぁぁっ!」


 威厳、とは。


「ふぅ……申し訳ない。あまりのモフモフに我を忘れてしまった。ところでアメリア殿は、なにを司る精霊なのかな?」


「う、うむ。吾輩は空間を司る精霊じゃ! ゆえにマスターが、なにもないところからアイテムを取り出しても驚くに値しない。それは吾輩の力なのじゃ!」


 アメリアはナイスなデタラメを口にした。

 その設定なら零敷地倉庫ディメンショントランクを誤魔化すのが簡単だ。

 実際、管理者権限はアメリアが持っている。アメリアがマスターと認めてくれているから、インフィは零敷地倉庫ディメンショントランクを自由に使えるのだ。

 空間を司る精霊というのも、あながち嘘とは言い切れない。


[ありがとうございます。これでローブの中に隠していたという言い訳が無理そうなアイテムも人前で出せます]


[お褒めにあずかり光栄じゃが……フローラを止めてくれぬか!? ジェマは放してくれたのに、フローラはモフモフをやめる気配がない!]


[そこは耐えてください。というか、モフモフするの気持ちよさそうなので、ボクもあとでやりますね]


[マスタァァァッ!]

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