第2話 魔王討伐完了! 希望の未来へレディー・ゴー!

 土砂降りの雨に打たれながら、インフィは森を走る。

 着ているローブは水を弾くし、頭をすっぽり隠すフードがある。

 それでも隙間から雨が入ってきた。気持ちのいいものではない。


「アメリア。実体化して、一緒にこの苦労を分かち合いませんか?」


[断る。なぜ吾輩が、そんな非合理な真似をする必要があるのじゃ? 分かち合ったからといって、マスターの苦労が減るわけでもあるまい]


 人造精霊の声が頭に直接聞こえる。

 彼女は小さなドラゴンの姿で肩に乗っていたのに、この大雨が降り始めた途端、姿を消してしまったのだ。


「裏切り者……なにがあろうと吾輩だけはマスターの味方、とか言っていませんでしたか?」


[うむ。ゆえに非実体モードで飛び回り、雨宿りに相応しい場所を探しておるのじゃ。そのまま真っ直ぐ進め。城があるぞ]


 その言葉は真実だった。

 深い森の中に突如、古ぼけた城が現われた。外壁の一部が崩れているが、今日の雨を凌ぐ間は倒壊せずに建ったままでいてくれるだろう。


「アメリア。ボクはあなたを信じていました」


[裏切り者、とか言っとらんかったか?]


 インフィはそれを無視し、城に侵入する。

 その瞬間、化物に襲われた。

 内臓をこねくり回して作ったような、直径二メートルほどの塊だ。


 零敷地倉庫ディメンショントランクから魔石を出して投げつけた。魔石は砕け、あらかじめ刻んだ魔法回路が発動。化物は一瞬で炎に包まれた。


「なんでしょう、これ。モンスターとは気配が違いましたけど」


[分からぬ。モンスターならば倒したあと、死体が消滅し、跡に魔石を残す。じゃから使った魔石を補充できる。だがこいつは魔石を出さないし、炭化した死体を床に散らかしたまま……この千年の間に現われた、新種の化物というわけかのぅ?]


「どことなく、魔法で人工的に作られたものに見えました。確証はないですけど」


[ほう。すると吾輩の親戚か。あまり気分がよくないのぅ]


 インフィはただならぬ気配を感じ、城の階段を上っていく。

 何度も化物と遭遇し、瞬時に焼き尽くした。

 最上階に辿り着くと、巨大な扉があった。奥から衝撃と魔力が伝わってくる。誰かが戦っているらしい。

 インフィは扉を少しだけ開けて、中の様子をうかがった。


 王と謁見するのに使うような大広間だった。

 そこで黒いドレスを着た女性と、より深い闇色の甲冑で全身を覆った者が、激戦を繰り広げていた。


[はてさて。痴情のもつれじゃろか?]


「にしては殺気が強すぎます。世界の平和でもかかっているんじゃないかってくらいの気配ですよ」


 インフィとアメリアが見守る中、女性は金色の髪を揺らしながら、大声を張り上げた。


「魔王! あなたの命運はここまでよ! これまでお前たちに蹂躙され散っていった人々の怒りと悲しみを思い知りなさい……っ!」


 女性が腕を突き出すと、その周りに十数本の光の矢が現われ、魔王と呼ばれた者に向かって飛んでいった。


 驚いたインフィは目を見開く。あの女性は魔石を投げたのでも、なにかの魔法アイテムを使ったのでもない。彼女は自分の力だけで光の矢を作ったのだ。


 それに対して、魔王がしたことは常識的だ。

 巨大な剣を振り上げ、そこに魔力を流して振り下ろす。すると黒い波動が広がり、光の矢を全て打ち消した。波動はそのまま女性に襲い掛かり、壁際まで吹き飛ばす。


「くはははは! 怒りと悲しみを思い知れだと? 言われるまでもなく知っておるわっ! 我は人間たちが嘆き悲しむ姿を見るのを至上の喜びとしている。そして悠久の魔女エミリーよ。お前のような英雄が絶望したとき、どんな顔を見せてくれるか楽しみでならない! その死体を王都に晒して、どのように命乞いをしたのか人間たちに語ってやろう!」


 やはり、痴情のもつれではない。

 あの甲冑の中身からは人間らしからぬ禍々しい気配がするし、仮に人間だったとしても生かしておけないような発言をしている。


「私は、決して負けない……お前を倒して世界に平和をもたらすのよ! 魔王ッ!」


 女性は傷だらけの体でなんとか立ち上がる。しかし、すぐに黒い波動で倒されてしまう。

 インフィはどちらに肩入れするか決めた。


「どうも、こんにちは。通りすがりの魔法師です。それでは死んでください、魔王とやら」


 炎の魔石と風の魔石をそれぞれ一つずつ投げつける。

 天井まで届く炎の渦が魔王を包みこんだ。そこに風が吹き込んで酸素を供給し火力を上げていく。


「ぬ、ぬおおお! これしきの炎!」


「おお。波動で炎を払いますか。では、出し惜しみせずに……」


 炎と風に、雷を加える。今度は五つずつの大盤振る舞い。

 灼熱と雷撃を纏った竜巻が、魔王に襲い掛かる。


「ぐわあああああっ! 名のある英雄ではなく、通りすがりの小娘に我が倒されるだと!? こんなもの、認められるかぁぁぁぁああああっ!」


 魔王はそう叫ぶが、反撃してこなかった。

 甲冑は高温でドロドロになって床に落ちる。中身は蒸発してしまったらしく、なにも残っていない。

 ただ魔王が持っていた大剣だけは無傷のままだった。


「かなりの業物のようですね。アメリア、あの剣をスキャンしてください」


「承知した。ふむふむ……ミスリルを含んだ鋼鉄で作られておる。そこにいくつかの魔法効果を付与し、持ち主の魔力で強化される構造じゃな」


 アメリアは小型ドラゴンの姿で実体化し、剣を見つめ、スキャンの結果を教えてくれた。


「やはり。魔法剣としてはオーソドックス。ですがボクの目から見ても丁寧な作りです。しかし呪いがこめられていますね。登録した持ち主以外が持つと死に至る系……で合ってますか?」


「うむ、正解じゃ。しかしマスターには、呪い耐性がある。使っても問題ないぞ」


「いえ。それはスマートではありません。ちゃんと呪いを解除しましょう」


 インフィは剣を持ち上げ、その魔法回路に自分の魔力を侵入させる。そして呪いに使われていた回路を、強度強化に書き換えてしまう。これでこの剣は誰でも使えるようになったし、更に強くなった。

 その出来映えに満足し、零敷地倉庫ディメンショントランクに収納する。


「さて、そこの美人さん……えっと、悠久の魔女エミリーさんでしたっけ? お怪我はありませんか?」


「マスター、聞くまでもなかろう。一目でボロボロと分かるのじゃ」


「ですね。あちこち擦り傷、切り傷……もしかして足の骨、折れちゃってますか?」


 スカートから見える右足は、曲がってはいけない場所から曲がっていた。

 あまりにも痛々しい。

 しかしエミリーは痛みを感じていないかのように、自分の足よりもインフィに注目していた。


「魔王を……一瞬で跡形もなく……あなたは何者なの……?」


「通りすがりの魔法師、インフィです。ボクが奴を簡単に倒せたのは、あなたが先にダメージを与えてくれていたからですよ。いえ、これはお世辞ではありません。場数を踏んだ記憶があるので、そのくらいは分かります」


 インフィはしゃがみ、床に座ったままのエミリーと視線の高さを合わせる。

 質問したいことは山ほどある。それはきっと向こうも同じ。


「お互いを質問攻めにする前に、まずは傷を治しましょう」


 ここに辿り着くまでに、薬草をいくらか採取した。川の水も零敷地倉庫ディメンショントランクに沢山入っている。それを使ってポーションを作るのだ。

 手頃な容器がないので、作業は零敷地倉庫ディメンショントランクの中で行う。かなり難しいが、ようはボトルシップを作るようなものだ。集中すれば、やってやれないことはない。


 まず傷に効く薬草を選び、粉末にしてよく混ぜる。それを水に溶かし、最後に魔力を注ぐ――と言葉にすれば簡単そうだが、量をわずかに間違えるだけで効き目が薄れるし、魔力の注ぎ方を失敗すると逆に飲用した人を傷つける可能性だってある。


 インフィは苦もなくポーションを完成させた。

 が、それを入れる容器がないのはどうしようもない。

 仕方がないので、インフィは自分の口の中にポーションを召喚した。

 そしてエミリーに口移しで飲ませる。


「っ!? んんっ!」


 なにやら暴れている。もしかして薬が苦手なのだろうか。だが飲まないと傷が治らない。強引に押し込む。


「けほっ! うぅ……世界を救ってくれてありがとう……いくら感謝しても足りないわ……けど、いきなり強引に唇を奪うなんて……私、初めてのキスだったのに!」


 エミリーは潤んだ瞳でインフィを見つめる。


「あ。ボクも初めてです」


 インフィは自分の唇に触れる。

 意識すると、急に照れくさくなってきた。


「ボク? その口調……そんなに可愛いのに、もしかして男の子!? うぅ……いいわよ。あなたは魔王を倒して世界を救ってくれたんだから……さあ、好きにしなさい! そのくらいの権利はあるわ!」


 そう叫んで、エミリーは床にころんと転がった。

 どうやら、もの凄く大きな誤解を生んでしまったらしい。


「あのですね。今のは口移しでポーションを――」


「女の子みたいな美少年、インフィくん……顔に似合わずいきなり唇を奪ってくる強引さ……いいわ……私はきっと、こういうのを求めていたのよ……今こそ処女を捨てるとき!」


 エミリーは妙なことを小声でブツブツ呟いていた。

 それを耳にした次の瞬間、インフィは彼女の首元に手刀を振り下ろし、気絶させてしまった。


「うぉい、マスター! いきなりなにをしとるんじゃ!?」


「いや……このエミリーって人、なんかボクの情操教育にとても悪い気がしたので」


「情操教育って……いや、旧マスター・イライザの記憶を持っていても、マスター自身は生まれたばかりの子供と見るべきか」


「ボクは子供ですよ。自分でそう思います。なので今の時代の情報を得るにしても、もっとまともな人を選びましょう」


 というわけでインフィは、エミリーを放置してその場を去った。あり合わせの材料で作ったポーションだから即座に完治とはいかないが、一時間もすれば骨折も治るはずだ。


 城を探索し、宝石や金貨、武器や鎧など金目の物を零敷地倉庫ディメンショントランクに入れてから外に出る。

 幸い雨はやんでいた。綺麗な虹が出ていた。

 インフィは世界を救ったらしいので、その善行のおかげだろうと思いながら森を歩く。


 今のところ行く当てはない。それでも全くの無策でもない。

 アメリアは上空から周囲を探ることができる。近くに村や集落があればすぐに分かる。

 さっきのエミリーと魔王の会話から察するに、まだ人間社会はまともに存続しているはずだ。

 ならば、いずれ人間に出会えるだろう。なにもエミリーのような変な大人に頼る必要はない。


 そして、魔王討伐から約一週間後。

 ようやくインフィは街に辿り着いた。

『魔王討伐記念祭』というので賑わっていた。

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