復活の古代魔法 ~古代の技術で気ままに魔法付与したら、いつの間にか無双していました。伝説の武器? それは1000年前に練習で作った物ですよ。そしてこれが最強の新作!~

年中麦茶太郎

第1話 転生失敗

「ホムンクルス〝タイプ・インフィニティ〟製造プログラム最終段階――意識の覚醒を確認。おはようございます。マイ・マスター」


 女性的な若い声に〝マイ・マスター〟と呼ばれ、目を覚ました。

 真っ暗でなにも見えない。膝を抱えて液体に浮かんでいる感覚だけがある。


「ここは魔導釜の中……? そしてあなたはアメリア……ですか?」


 そう答える自分の声もまた女性だ。

 ただし相手より更に若く、幼い少女を思わせた。


「記憶は正しく受け継がれているようですね。はい、吾輩はマスターの新しい体の製造を任され、これからは補佐を務める人造妖精〝アメリア〟です。……と、久しぶりの挨拶が済んだので、ここからは以前の口調に戻すのじゃ」


「あなたのお好きなように」


「ふぅ……やはり吾輩、この口調でないと演算が滞ってしまうのじゃ」


 アメリアの言葉を聞き、次々と記憶が浮かび上がってくる。

 この体の設計者『イライザ・ギルモア』は膨大な魔力を有していたが、肉体がそれに耐えきれず、つねに蝕まれていた。自らの魔力で自壊する『魔力過剰病』である。

 あらゆる方法で延命したが、根本的な解決には至らない。

 そこでホムンクルス技術を応用して新しい肉体を作り、魂を移し替え『転生』すると決めた。


 かなりの賭けだった。それが見事、成功したらしい。

 泣き叫ぶほど喜ぶのが当然なのに、どうしてか頭が冷め切っている。

 目覚めたばかりで実感がないからだろうか。

 どうも『自己』の認識が上手くできない。


「この肉体は、要求スペックを満たしていますか?」


「要求以上じゃ。マスターは吾輩に『どれだけ時間がかかってもいいから、可能な限り最強を』と命じた。その体は魔力による強化なしでも常人の数倍の力を発揮する。老化せず、再生力も高いので、半永久的に存在し続けられるのじゃ」


「それは凄い。時間の制限がないとはいえ、よくそれほどの体を作れましたね」


「実はな、必要に駆られてのことじゃ。マスターの魂が、想定よりも遙かに強い魔力を秘めておっての。予定通りのスペックでは自壊を防げん。よって耐えられるまで強化を繰り返したのじゃ」


「……想定よりも強い? 変ですね。死後に魔力が急激に増えるなんて……まあ、この体がそれに耐えられるならいいでしょう。原因を考えるのはあとにして、まずは通常空間に復帰し、魔導釜を開いてください。この体を起動させましょう」


「待つのじゃ、マスター。そのまま起動すると……無意識に垂れ流す魔力だけで周りに被害を及ぼしてしまうぞ。地面がひび割れ、大気温度が上昇し、草木は燃え上がり……」


「まさか。そこまでは……あ、いや。確かにこの魔力だとそうなるかもですね……」


 自分の魔力を感じ取り、アメリアの正しさを認める。


「有り余る魔力をなにかで消費し続ける必要がある。吾輩はその体に魔法効果を付与するべきだと思う」


「体に直接ですか。初めての試みですが、現状では有効な手段ですね」


 普通、魔法効果付与はアイテムに対して行う。

 剣に行えば魔法剣になる。ペンダントや指輪にやればアミュレットになる。

 アイテムを装備している間は付与した魔法効果を働かせるため、魔力を消費し続けてしまう。

 つまり肉体に魔法効果を直接付与してしまうと、魔力消費から逃げられない。今回はそれが逆に利点となる。

 かつて、魔法アイテムを数え切れないほど作った。

 同じ要領でやればいい。



  斬撃耐性:S

  圧力耐性:S

  張力耐性:S

  魔法耐性:S

  熱耐性 :S

  冷凍耐性:S

  電気耐性:S

  毒耐性 :S

  酸耐性 :S

  呪い耐性:S

  病気耐性:S

  真空耐性:S

  皮膚浄化:S

  体毛浄化:S



「こんなものでしょうか」


「一瞬で……しかも全て高ランク。さすがは吾輩のマスターじゃ。これならば魔力を無駄に垂れ流すこともないじゃろ」


「アイテムは外したときに不意打ちされると死にますけど、その心配も無用ですね。それではアメリア。魔導釜を零敷地倉庫ディメンショントランクから通常空間へ復帰させてください」


 零敷地倉庫ディメンショントランクとは、位相空間に折りたたまれて存在する収納スペースだ。家をまるごと入れて持ち運んでも、場所を一切取らないし、重さも感じない。任意に出し入れできる。

 そしてアクセス権限を持たない者は、決して干渉できない。


 新しい肉体が完成するまで無防備な状態が何年も続くと予想されていた。

 だから魔導釜を零敷地倉庫ディメンショントランクに入れた。

 絶対的な防御である。

 その代わり、零敷地倉庫ディメンショントランクから通常空間に干渉できないし、様子を知る手段さえない。


 果たして外はどうなっているのか。

 いや、そもそも――。


「アメリア。この体の製造を始めてから、何年経ったんですか?」


「千年と四十二日じゃ」


 人造精霊がそう答えた瞬間、浮遊感に包まれた。

 続いて落下が始まる。

 地面に衝突し、魔導釜の蓋が外れた。液体とともに体が土の上に投げ出される。


「なぜ……工房に出るはずなのに……」


 早速、付与した魔法効果が役に立ち、痛みはなかった。

 体を起こして魔導釜を見る。

 人間が一人すっぽり収まるほど大きな釜だ。金や宝石が施された装飾は、ただの飾りではなく魔法回路を構成する一部である。

 それらが衝撃でズレたり、外れたりしている。

 手をかざして回路をスキャンすると、見た目以上に損傷していた。


「まあ〝この体〟が完成してから壊れたんですから、不幸中の幸いだと思っておきましょう。アメリア、魔導釜を零敷地倉庫ディメンショントランクに入れてください。いずれ修理します」


「承知じゃ」


 と言いながら、目の前に小さなドラゴンが現われた。

 それは猫ほどの大きさ。四本の脚に二枚の翼を持ち、白い体毛で覆われていた。

 実体を持たないアメリアだが、こうして疑似物質として顕現できるのだ。

 アメリアが見つめると、魔導釜とその蓋がフッと消える。


「それにしても、ここはどこなのでしょう? 千年、と言っていましたね? 想像を遙かに超えた年月でビックリですけど、その間に隕石でも落ちてきて町が消えたのでしょうか?」


 ここには大きな町『ゾルーヴァシティ』があり、そしてイライザの工房があった。

 魔導釜は通常空間に復帰する際、イライザの工房に出現するはずだった。

 実際、同じ座標に出たのだろう。だが、そこに地面はなく、こうしてクレーターの底まで落ちてしまった。


「吾輩、ちょっと見て参るのじゃ」


 アメリアはクレーターの上まで飛んでいく。

 その帰りを待つ間、自分の体を改めて観察する。

 背中の真ん中辺りまで伸びる長い銀髪。白い肌。膨らみの少ない体つきは、十歳を少し超えた程度の年齢か。

 やはり少女だ。


「マスター。間違いない。ここは町の底じゃ。クレーターの周りには、千年の月日を感じさせるゾルーヴァシティの廃墟があった。そして工房を中心に直径百メートルだけが、スプーンでプリンを抉ったかのごとく、綺麗に消えていた」


「……なにが起きたか想像できますか?」


「まるで見当もつかぬ。予測するための情報が不足しておる。なにせ吾輩、ずっと魔導釜の制御に演算能力を集中させておったし。そもそも零敷地倉庫ディメンショントランクから外を観測する手段はないのじゃ。ただ……この測って切り取ったような消滅の仕方は、人為的なものを感じるのぅ」


「同感です。情報を集めなければ。ところで、この体、少女型ですね。イライザ・ギルモアは、男性の肉体を望んでいたはずですが」


 魔力が強い代わりに、病弱だったイライザ。

 彼女は自分と正反対の、強靱な体に憧れていた。できれば大男になりたいと思っていた。

 だから、わざと一人称を『俺』にしていたし、かなり無視をして粗暴な喋り方を演じていた。

 なのにイライザの理想と正反対の、華奢で幼い少女がここにいる。


「そこは申し訳ない。しかし外見の優先度は低かったじゃろう。外見は魔法の効力に影響を与える。外見そのものが魔法回路になる場合もある。調整を繰り返すうちに、その姿となった。最優先は『死ににくい体』。そこは完全にクリアしたと自負しておる」


「ええ、まあ、そうなのでしょうね。別にアメリアを責めているのではありません」


「ふむ……自分の話だというのに他人事じゃのぅ。それに話し方が随分と優しくなっておる。肉体が変わったので気分も変えたのか? マイ・マスター〝イライザ・ギルモア〟?」


 アメリアに名前を呼ばれ、いよいよ違和感が強くなっていく。

 確かに自分は、イライザ・ギルモアの記憶を持っている。彼女の知識と技術は全て再現できるだろう。

 ところが、だ。

 イライザの望み『死にたくない』『強い体に生まれ変わりたい』が叶ったのに、喜びが少しも湧いてこない。

 自分の家がクレーターになっても、故郷が廃墟になっても、なんら動揺しない。

 千年も経過し、知っている人間が誰一人残っていないだろうというのに「ああ、そうか」としか思わない。


「アメリア。この転生は不完全です。イライザ・ギルモアの記憶を思い出せるのに、それが自分の思い出だという実感を微塵も持てません。まるで他人の日記を読んでいるような……」


「すると記憶の転写のみ成功し、魂の定着はできなかった……ということかのぅ?」


「おそらくは。よって、ここにいるのは、イライザ・ギルモアの記憶を持った別人です」


「なるほど。ああ、だから魔力の量が想定を超えておったのか。今のマスターの魂は、イライザ・ギルモアのものではない。ホムンクルスの高いスペックに合わせて自然発生したもの……耐えられるようにと吾輩は更にスペックを高め、それに合わせて魂も成長し、吾輩は更に……と千年間もイタチごっこをしたわけか。それに勝ったのは吾輩じゃ!」


 アメリアは誇らしげに言う。


「そして吾輩は、魔導釜で作った肉体の持ち主をマスターと認識するよう設定されている。ゆえにマスターはそなたじゃ。ここがどんな時代か知らぬが……なにがあろうと吾輩だけはマスターの味方。ゆえに、あまり落ち込まぬようにな」


「落ち込む? なぜですか? イライザ・ギルモアではない自分が、イライザ・ギルモアの転生失敗で悲しんだりしませんよ。気の毒だとは思いますけど。同じ理由で、ここが廃墟だろうと、知人が全員死んでいようと、まるで気になりません。むしろ、どんな未知が待っているのかという期待感が強いです」


「おお、そういう精神構造か。承知した、新たなマスターよ。さて、前のマスターと同じ名前ではややこしい。そなたの名前が必要じゃな」


 名前。

 この肉体は、ホムンクルス〝タイプ・インフィニティ〟という名で製造された。

 インフィニティは『無限』という意味だ。

 三十歳手前で寿命を悟ってしまった設計者イライザが、その名に祈るような想いを込めたのを知っている。


 自分は彼女ではない。

 しかし作ってくれたことには感謝している。

 だから想いだけは受け継ごう。


「俺は――いや、私? どっちもしっくりきません。間を取ってボク……そうボクは今からインフィと名乗ります」


「ふむ。ホムンクルスとしての製造名から取ったか。悪くない名じゃ」


 アメリアに褒められ『嬉しい』という感情が芽生える。

 インフィは零敷地倉庫ディメンショントランクを検索し、身につけるものを探す。人造精霊アメリアのほうが早く検索できるが、これも練習だ。

 着用者の体格に合わせて大きさが変化するローブと靴があったので、それを取り出して着用する。


「銀色の髪と白い肌に、純白のローブか。この荒れ果てたクレーターの底に新雪が舞い落ちたかのようじゃな。吾輩が外見を調整しただけあり、マスターは実に可憐じゃな」


「ボクを褒めているようで実は自画自賛だなんて器用なことをしますね。では、行きましょう。これからよろしくお願いします。人造精霊〝アメリア〟」


「うむ。改めてよろしくじゃ。マイ・マスター〝インフィ〟」


 そう言いながらアメリアは、インフィの肩に降り立った。

 もふもふした毛並みのドラゴン型人造精霊を指先で撫でながら、インフィは斜面を軽やかに上っていく。

 その先には、廃墟と、濃い瘴気と、モンスターの群れと、未知の世界が広がっていた。

 最強の魔法道具設計者イライザ・ギルモアの記憶を受け継ぐインフィにとって、世界は素材の山に見えた。

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