第十八話 母さんの行動原理とルードの力の片りん。
「ねえ、お婆さま」
「なぁに?」
「わたし、魔力の少ない人間の世界でも、人の姿になりたいの」
「……そうねぇ。特訓は辛いわよ?(ルード君と一緒の時間を大切にしたいのね)」
「大丈夫。ルードの作ったお菓子を自分の手で、指で食べたときのあの充実感を。あのためならどんなきついことも我慢できると思うのよ」
「(何よもう……。この子は今も『食っちゃ寝さん』なのね……)そう。それなら明日から始めましょうか? その間に、ルードちゃんにも色々教えてあげられるからね」
フェリスがルードの顔を見ると、もちろん苦笑していた。
こうしてリーダとルードの特訓が始まった。
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「ほら、フェルリーダ。もう少し力を絞るの。そうそう、そのまま夕方まで消さないこと。その辺はルードちゃんのが上手みたいね」
「やってる……、わよ。これ、きつ、いわ……。って夕方? 無理よ無理無理無理……」
翌朝から、リーダとルード母子はフェリスにこってりと絞られていた。
リーダは今まで使っていなかった詠唱した魔法を継続させながら、魔力の消費を抑える訓練。
「ルードちゃんは、魔法が使えるのよね。昨日、詠唱を教えただけで使えたからよくわかったわ。あなたはね、自分の、いえ、あなたのお兄ちゃんの力の源を知らないと、自分の内側にある色を知らないと駄目ね」
ルードは朝から瞑想を続けていた。
目を閉じてゆっくりと自分の内側にある何かの色を見つけようと。
昼を過ぎたあたりだったろうか。
大気中の魔力を取り込みながら、自分の手足、頭、胸、腰に意識を、視線を向けるという無茶苦茶なことをやらされていたのだ。
今のところ色のついている場所が見当たらない。
見えるはずの色はどこを見ても真っ白で、自分の髪の色そっくりなのだ。
もしかしたら元人間だったこともあって、何か欠けているのではないかと。
ルードはなんとなくぼうっと考えていた。
そんなときだった。
ちょうど目の裏側を通ったあたりだった。
ルードの目はリーダに似て赤い。
そのはずなのに、そこには漆黒の塊と純白の塊があったのだ。
「フェリスお婆さま。目の裏側に色のついた塊が……」
「それね。他は自分の毛の色しか見えなかったでしょう?」
「はい。黒と白。ふたつありますけど」
「えっ?」
「ですから。黒と白です」
「……黒、聞いたことがないわ。ルードちゃん、黒い方に力を集めてみてくれる?」
「はい。これで、いいの、かな? うわ、痛たたたた」
ルードは右目を押さえて痛がっている。
「力の入れすぎ。もう少し緩く。ゆっくりと流すの」
「……はい。あれ? フェリスお婆さま」
「どうしたの?」
「足元にいる、小さな女の子。誰ですか?」
「えっ? 誰もいないけれど?」
「いえ、あ、そうか。あのね、その子ね、フェリシルって名前みたい。緑色の肩までのふわっとした、内側にくるくるとくせ毛の」
「ちょっと! その名前どこから聞いたの?」
「え、だって、そこにいる女の子が教えてくれてるんだけど」
「嘘よ……」
「お婆さまどうしたの? フェリシルって誰?」
「……フェリシアの亡くなった姉よ。あの事件の引き金になった……」
今のルードは、右目にしっかりと女の子の姿をとらえているのだった。
「(あなたにはわたしがみえるのね? おかあさんにありがとうってつたえてもらえますか?)」
見た目三歳くらいの女の子が、ルードに流暢な言葉で話しかけてくる。
それはとても必死に。
一生懸命お願いしてくるのだ。
「あのね。フェリスお婆さまに、ありがとうって伝えてって言ってる」
「でも、私はあの子を、フェリシルを守ってあげられなかったのよ」
シーウェールズでも伝説となっているあの事柄の発端になったことだろう。
「あのね、『よるのおそらがきれいだったから。でも、きがついたらくらいところで、くさいところで。あとはよくおぼえてないの』だって」
「そう、辛かったわね。本当にごめんなさいね……」
「『でも、きがついたらおかあさんのそばにいたの。だからさみしくなかったよ』って」
▼
フェリスの話ではその昔、もう千年前のことらしい。
あの頃、とある国では、フェンリルの血は不老長寿の妙薬ではないかと言われた時期があるらしい。
フェンリルの子は、幼少期は力が弱い。
絶対に目を離してはいけない、そう言われていたそうだ。
旅先でフェリシルを産んだフェリスは、ついうとうとしてしまったとき。
フェリシルの姿が見えなくなっていたそうだ。
そのときすでにフェリシアを身ごもっていたため、フェリスの夫が探しに行ったのだそうだ。
彼は生まれつき身体が強くはなかったが、人間に後れを取ることはないからとフェリスを置いてフェリシルの後を追った。
フェリシルの匂いを辿って探し当てた場所は、その噂になっていた国だった。
フェリシルの亡骸を抱いて戻ってきた彼女の夫は、背中に無数の聖銀の剣が刺さったまま今にも事切れてしまいそうだった。
フェリシルを見つけた場所だけ、『すまない、間に合わなかった』とだけ言い残して夫も事切れてしまった。
悲しみと怒りに震えたフェリスは、その国を生命力すべてを使い果たすがごとく解放して、言い伝えの通り一瞬で蒸発させた。
自らもそのまま消えてしまっても構わない。
そう思ったとき、おなかを蹴った感触があったそうだ。
思いとどまらせたのはフェリシアだったのだ。
夫と娘の亡骸を背に乗せて、ウェルダートに帰ってきたフェリスは、二人を弔う。
それからフェリシアを産んだ後、娘を守るために女王になった。
ここまでが、あのおとぎ話の真相だったのだ。
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「(ほら、お父さんもきてっ。はずかしがってないで)」
フェリシルが、虚空から誰かを引っ張ってきたかと思うと、線の細い優しそうな男性だった。
「(僕とフェリスのひ孫なんだね。初めまして、ひいお爺さんになるのかな。フェンガルドなんて男らしい名前なんだけど、こんなに細いんだ。名前負けしちゃってるよね、あははは……)」
「あ、フェンガルドさんって」
「あ、あなた。そこにいるの?」
「うん。フェリスお婆さまを後ろから優しく抱いてくれてるよ」
「そう。いるのね。ごめんなさい。私だけ生き残ってしまって」
「『そんなことはないさ。君がいなかったら、フェルリーダだってフェムルード君だっていなかったんだから』って言ってます」
「そう……。生きていてもよかったのね」
「『フェルリーダのもうひとりの子があっちに行ってるみたいだから。僕たちも彼が寂しくないように、もう行くよフェリシア。愛してるよ、いつまでも元気で』『おかあさん、だいすきだよ。またね』って……、言ってます」
「あなた、フェリシル。私もいずれあなたたちのところへ行くでしょうね。でも今じゃないの。ごめんなさい。愛してるわ……」
「うん。あ、いいのかな。フェンガルドさんが唇に、フェリシルさんがほっぺにキスしてくれた。二人とも手を振ってる。『慌てないで、ゆっくり来るんだよ』って。『すぐにきたら、おかあさんだめだよ』って、さよならしてる」
ルードは思い切り目に力を込めた。
痛い。
痛いけど、今はこうしなきゃいけないような気がしたのだ。
すると、一瞬だけだったが、二人の淡い姿がフェリスにも見ることができたのだ。
そのあたりを両手で抱きしめるように、聖母のような眼差してフェリスは答えた。
「えぇ、わかったわ。私はこちらで生を全うするわ。ありがとう、待っててちょうだいね」
「……みえなくなっちゃった。ごめんなさい」
ルードは右目を押さえて、とても辛そうにしていた。
力なく倒れそうになったルードをフェリスは抱きとめる。
フェリスはルードを強く抱いて首を振った。
「もう、いいの。ありがとう。二人に会わせてくれて。二人の声を伝えてくれて……。ずっと近くにいたのね。気づかない私って馬鹿ね……。この話はね、あなたも、フェルリーダだって、フェリシアにだって教えていないことだったのよ。それは間違いなくあなたの力ね。フェルリーダ、あなたの息子は素晴らしい子よ。絶対に失ってはいけないわ」
「はい。お婆さま……」
ルードはフェリスの腕の中で力尽きて、気を失ってしまっていた。
▼
ルードは魔力を使い果たして倒れてしまっていた。
エリスレーゼに治癒の魔法を全力で使ったときよりも、頭が痛い。
吐き気もするのだ。
「ルード、大丈夫? なわけないわね」
「うん。頭が痛い、気持ち悪い……」
「今ね、お婆さまが治癒を使える人を探してくれているわ。もう少しの辛抱だから」
「うん。ありがと」
バタバタと足音を立てて人が入ってくる。
フェリスがフェリシアの手を引いて入ってきたのだった。
「あら? お母様が?」
「えぇ。一応だけど使えるのよ。ちょっと待ってなさいね、ルードちゃん」
リーダが抱いているルードの手を握ると目を閉じて詠唱を開始する。
『私の中の、癒しの力に求めさせていただきます。私の生命力をこの者に分け与えて、この子を癒して、お願い』
フェリシアの治癒はルードの魔力とは違って、自分の体力を分け与えるタイプの治癒の術なのだろうか。
少しだけフェリシアの顔色が悪くなってきたが、そんなこと気にもしていないようだった。
「ふぅ……。もう大丈夫でしょう。ルード君、痛いところないかしら?」
「はい、ありがとうございます。フェリシアお婆さま」
「いいのよ。可愛い孫のためですからね」
「本当にごめんなさい。フェリシア」
「いいえ。大丈夫です。そんなに悲しい顔をしないで」
「フェリシア……」
フェリスは、辛そうに座っているフェリシアを支えるようにしている。
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意識的に詠唱を元に魔法を使っていたルードと違って、フェンリルは自分の持っている色に対して感覚的に魔力を流すことで力を解放するのだと、少しずつわかってきた。
「ルードちゃん、あなたは不思議な子だわ。私たち普通、色をひとつしか持っていないのよ」
複雑そうな表情をしているが、フェリスの目は『仕方のない子ね』という感じにもとれるのだ。
ルードは言われている意味がもちろんわからない。
確かにルードは、この国のフェンリルと比べたらイレギュラーな部分が多いだろう。
「例えばね、私は紅色。フェルリーダは浅葱色。フェリシアは空色なのね。あなたの中の白は、あなたのお兄ちゃんの色なのでしょう。その昔、数千年前に白を持っていた人がいるという話は聞いたことがあるの。でもね、黒はいなかったわ。それはきっと、人間でもあるあなたが初めから持っていた色なんでしょうね」
ルードはここまで聞いても、まったくわかっていない。
リーダも『仕方のない子』という苦笑いをしていた。
「ふたつ持っているって悪いことなの?」
「違うわ。あのね、ルードちゃん。あなたがお兄ちゃんと会えたのは、あなたの持っていた力のおかげなのよ。私の夫と娘に会えたのと同じようにね」
「あれはたまたま。ううん。フェリスお婆さまの役にたてたのなら嬉しいです」
「えぇ。気持ちも楽になったわ。ありがとう、ルードちゃん」
「でも、白ってどんな力なんだろう」
「白に近い力は知ってるわ。このフェリシアがそうですよ」
「えぇ。私の力はね、ルードちゃん。人を救うためと浄化のための力なのよ」
「人を救う? 浄化?」
「そうね。フェリシアは争い事に向いていない力なの。でもね、それはいけないことでは、情けないことではないのよ。人が辛いと思っているとき、その辛さを和らげることだってできるのよ。だから私は国王にこの子を推挙したの」
フェリシアは『そんな私なんて』という感じに謙遜していた。
「国王は指名制なの。今までは私たちの家の直系から指名されてきてたわ。フェリシアは娘しかいないの。上の子たちはお嫁にいってしまったし、残ったフェルリーダは『食っちゃ寝さん』だし」
「ちょっと、お婆さま。それは関係ないでしょ?」
「あらぁ? フェリシアが女王に推挙しようとしたとき、嫌がったのは誰だったかしら? 『わたしじゃ駄目なの。きっとわたしの子がいつかお母様の後を継いでくれるから』って言ったのは誰だったかしら?」
「……母さんってもしかして」
「そう。この子はね、いい加減なの。適当に生きてきたのよ」
「やめてーっ! ルードにそんなこと言わないで。お婆さま、わたし、あの人に嫁いだときわかったの。確かにどうでもいいと思ったときはあったわ。でも今は、ルードと一緒にいたいの。この子がわたしのすべてなのよ」
リーダは膝の上に乗せていたルードを後ろからきゅっと抱きしめた。
ルードは『あははは』と笑っていた。
「そうね。フェルリーダは学校を卒業するまで『猫人のようなものを被って|(こっちではこう言うらしい)』いたわ。フェイルズが嫁ぐように言ったときも二つ返事で断らなかったの。いい子を演じてきたけど、本質は適当、どうでもよかったのね。でも、フェルリーダがひとつのものに執着するのを見たのは初めてなの。ルードちゃん、あなたは凄いことを無意識にやっているようなものなのよ」
「そうなのかな?」
フェリシアが半泣きの状態で笑いをこらえながらぽつりぽつりと話し始めた。
「リーダはね。何を買ってあげてもすぐに飽きるの。勉強はできたわ。それも首席で卒業したのだから。それが『猫人のようなものを被る』ためだったなんて。気づいてあげられなくてごめんなさいね」
「お母様……」
「そんなに適当な子だって知ってたら、嫁に行かさなかったのに。もし失敗してなければ、相手方に失礼になっちゃうわ」
「……ひどいわ。ぶち壊しだわ、お母様」
何気にリーダは拗ねてしまった。
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