第3話 シチューと苦手料理


 今日のメニューはホワイトシチュー。


 だが、ツレは珍しいことにスプーンにも手を付けず、その両手は膝の上に乗ったままだった。しかもなんだか泣きそうな顔をしてじっとシチューを見つめている。


 まぁこれまで何度か一緒にご飯を食べてきて、相手の好みも大体は把握していたつもりだった。特に今日は寒かったから、体の温まるものをと考えて用意したのだ。


(ということは……牛乳が苦手だったか)

 なんだか微妙な空気がわたしたちの間に流れている。

 ボタンを掛け違えたような、しっくりこない違和感だ。


 まぁ大人になってもやっぱり苦手な食べ物はあるものだ。

 だからこそ食べたくない気持ちもよくわかる。


「……わたしもね、昔は牛乳が苦手だったんだ。ついで言うとセロリとグリンピースは今も苦手なんだよね」


 その言葉にキョトンとした顔でわたしの顔を見つめてくる。


「まぁ苦手なものなんて誰にだってあるよ。無理する必要はないんだ。でもね、ちょっと食べてみたらどうかな?」


 でも同時に食べてみてほしいという気持ちがある。

 人の味覚は食べたものによって変化していくものだからだ。

 昔は苦手だったものでも、食べた料理によって好物に変わることだってあるのだ。


 知り合ったばかりなのに、ちょっと強引だったかな? たぶんそうだと思う。でも、これをきっかけに牛乳を使ったたくさんの料理が大好物になるかもしれない。


「元牛乳嫌いのわたしが開発したとっておきレシピなんだ。味見だけしてごらんよ」


 ニッと笑ってそう言うと、覚悟を決めたのかツレは神妙な面持ちでうなずいた。


「い、いただきます」


 それから慎重に、おっかなびっくり、スプーンの先をシチューにひたした……



 📞 📞 📞 📞



 この男、思慮の足りぬ子をあやすような言葉づかいは相変わらずよのう。ぢゃがあれの見た目が童女である故むりからぬこと。おおめにみてやってよかろ。


 どこをどう勘違いしたのだか吾をツレなどと見なしておる節があるが、よくぞ思い上がれたものよの。なんと人とは浅はかなモノであるかな。まあ百年と生きられぬ身なればむりもあるまい。


 あれをツレという割には、うわ気ごころもあるようぢゃ。吾の居ぬ間にほかの者をこのに招じ入れたとはわかっておる。ではあるがいちいち咎めはすまい。

 おおかた打ち捨てられた犬猫のようにふるえる子供を放っておけなかったのであろ。そのこころ根、でたきかな

 やはりこの男が福をさずけるに値するモノと観じた見立ては外れてはおらなんだようぢゃ。


 それにしても、しちゅうを前に顔をしかめているのを見て、さっきからいろいろ話しかけてくるから、うるそおてかなわぬ。

 吾が好き嫌いでしちゅうなるものを口にせぬと思っているあたり、洞察力はまだまだぢゃの。しちゅうが振り撒く匂いに雑じった、かすかな別のモノの匂いを嗅ぎ分けようとしているだけなのに。

 むしろ、しちゅうは大好きぢゃ。

 神仙のたぐいならば牛馬の乳にしろ獣の肉にしろ、なまぐさものは目にするだけで眉をひそめるのであろうが吾らあやかしうから怪しきモノなれば、いかな穢れであろうと食するにためらいなど微塵もない。

 鼻をふるわすこの香り、とろおりとろける口当たり、仙餘の如き甘い菜と身に芯からからだがあったまる。


 しちゅうを食べおわると、じゃまな匂いは消えうせ、肝心のモノの残り香だけが鼻からとおった。ふむ。この舎に迎えられたちいさきモノは、まだ心をゆるしきってはおらぬように見える。なるほど――つらい想いをしてきたのぢゃな。吾になにができるわけではないが、せめてここに居る間ぐらいは警戒を解いて、こころやすませてほしいものよの。


 ――それはよいのぢゃが。この男、飲めとさいごに、らむねを卓に置きよった。

 ちいさきモノたちはかような飲料が好物らしいの。ぢゃが吾は、あのしゅわしゅわと舌を刺す肌ざわりは好きになれぬ。まえも断ったというのにこの男、それを遠慮とうけとったのか、また出してきよった。

 吾を子供とやすくあしらいおって、まこと人とは浅はかなモノよ喃。


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