第28話 日歴122年 虐殺の日 上

 その日、メルバコフ国民は奮起した。


 家も財産も奪われた同士のため、敵国に直接抗議しようとしたのである。


 ライアンとメルバコフの境界まで訪れたのは500名にものぼる民衆達。

 しかし、彼らの半数は、同士の無念を晴らすどころか、二度と家に帰ることも叶わなかった。


 アサム王国の非道さを訴えるため、準備を整え、自衛のための武器を手に、民衆はぞろぞろとライアンへ向かった。到着すると、既にそこには目的を同じとする同士がいた。

 しかし、様子がおかしい。

 アサム王国兵が彼らを無理矢理押さえつけているのである。遠目だが、倒れている者もいる。そこには、血だまりができているようにも見えた。


 その場がざわつく。戦闘が起こっているのは明白だ。


 誰かが声を上げた。


「助けるぞ!あいつら、民間人に手を上げやがった!」


 もともとここへ来たのは血気盛んな男達と、ライアンに強い思いがある者たち。

 惨状を目の当たりにして足を止める者もいたが、多くは仲間を救おうと立ち向かっていった。


虐殺の日・・・

 ライアンとメルバコフ王国の境界にて警備中のアサム王国軍が、抗議に集まったメルバコフ王国義勇兵と戦闘になった。この時の状況については諸説あり、アサム王国側とメルバコフ王国側で主張が異なる。民間人の死傷者は342名、うち死者数は239名。この件を受けてメルバコフ王国は、アサム王国による民間人虐殺を抗議し、ライアンの返還を求めた。

 (黒の国歴史大全より)



 ハイテン軍団長より、『ライアンとメルバコフの境界でメルバコフの民衆とアサム王国の兵が戦闘になった』という報告を受けたツァイリーは、今後の動きを話し合うための会議に参加していた。


 参加しているのはツァイリーとハイテン軍団長、第二部隊隊長、第三部隊隊長、そして当時現場にいたという第一部隊の兵である。街の占拠や人質の管理を行っていた第一部隊は、人質解放後にライアンの街を出て、ライアンと他国との境界線での警備を担っていた。

 第一部隊長、副隊長は共に、現場で指揮をとっており、ここにはいない。


「当時の状況を報告します」

 やや声を上ずらせながら、第一部隊の一兵、グベル・カトーは言葉を続けた。

「最初50名ほどの民間人がやってきて、ライアンを返還するように我々に抗議しました。彼らは武器を持っていましたが、使う気配も無く、境界を超えてくる気配もなかったため、我々も指示通り静観していました」

 民間人や解放された人質が抗議したり、私物を取り戻したいと乗り込んできたりする可能性は想定されており、その際の対処も作戦には含まれていた。

 メルバコフとライアンの境界には多くの兵を配置しているため、民間人がある程度かたまってやってきたとしても彼らに勝てる見込みは無く、いずれ諦めて帰るだろうと踏んでいたのである。


 しかし、今回は戦闘が起こってしまった。


「しばらくしてから、後方からさらに多くの人がこちらへ向かってやってきました。武器などは持っていましたが、民間人のようでした。数は最初の10倍ほどで、我々が一瞬そちらに注意を向けていると、最前にいた兵士が数人倒れました」

 倒れた、との言葉にみなが怪訝な表情をするが、言葉を発することなく続きを促した。

「服の下にも武器を隠していたようで、油断した隙に攻撃を許してしまったようです。最初に被害を受けた3名は、内2名が即死、1名が意識不明の重体です。その後、次々と武器を取り出し、襲いかかってきました。我々がその対処に追われていると、後方から来た民間人も戦闘に参加し、最終的に乱闘になりました」

「こちらの被害は?」

 ハイテン軍団長が尋ねる。この会議自体、グベルが到着次第開かれたので、まだ誰も詳細は知らないのである。

「死者が18名、負傷者61名です」


 その場の空気がざわつく。

 ツァイリーは数字を聞いてもあまりピンとこなかったので、その理由がわからなかったが、すぐにハイテン軍団長が声に出した。


「多すぎないか?」

 そう、多すぎなのだ。こちらは武装した軍兵、向こうは武器を持っているとはいえただの一般人。

 普通に考えて、アサム王国側にそんなに被害が出るなんておかしい。


「はい。最初に来た50人ほどの民間人、今考えればいろいろおかしい点はありました。年齢層こそばらばらとはいえ、女こども老人は含まれず、戦闘になった際の身のこなしは洗練されていました」


 つまり、最初の50人は玄人だったということだ。

 それこそ、メルバコフの兵士だったのかもしれない。

 攻撃をしかけたタイミングを考えても、わざと後から来た民間人を巻き込んだとも見ることができる。


「まんまとやられてしまいましたね」

 ハイテン軍団長が、少し間を空けてそう言った。ツァイリーは状況を理解するのに必死だったので、それらしい顔をして黙りこみ、成り行きを見守る。


「申し訳ございません……」

「君が謝る必要などない。メルバコフがそこまでやるとは、我々の想定外だった……」

 ハイテン軍団長の口振りだと、この件はメルバコフが狙って起こしたものだということになる。


 ツァイリーはようやくメルバコフの意図がわかった。『交渉に応じたのに民間人を殺された』を引っ提げて、正式に訴えてくるつもりだ。正面戦争をしても勝てないと踏んだメルバコフの悪知恵である。

 ツァイリーは妙にへらへらしていたメルバコフの使者アイゼンを思い出していた。あの時は随分あっさりと引き下がっていたが、すでにこの計画があったのかもしれない。


「おそらく、メルバコフは何かしらの要求をしてくるでしょう」

「ライアンの返還ですか?」

「ええ、その可能性が高いです」

 ツァイリーは心の中で頭を抱えた。ライアン返還に応じるわけにはいかないが、どのように対処すればいいのかわからない。


 今すぐにでもギオザと話したい。


 とりあえず、この場を収めなければ、とツァイリーは口を開いた。

「要求があるのならメルバコフから使者がやってくるはずです。それまでは現状を維持しましょう。本件はすぐに陛下に伝え、今後の指示を仰ぎます。第一部隊は最大級の警戒を。メルバコフ側の隊は半刻ごとに状況を報告してください」

「「「御意」」」



「俺からギオザには話しかけられないのか」

「むりむり」

 緊急会議終了後、ツァイリーは部屋に戻っていた。 

 一時姿をくらませていたヤオだが、翌日の晩には戻ってきていた。探し物は見つからなかったらしい。悔しそうにしていたが、それが何かは教えてもらえなかった。

 ヤオの不在については、「不審な影を追っている」ということにした。いくら不審者を追いかけているとはいえ、護衛のはずのヤオが丸1日もツァイリーの側を離れたので、イズミのヤオへの不信感はますます上がった。それを肌で感じつつ、ヤオのフォローをするツァイリーもなかなかに大変だった。


 そんなことを知る由もなく、張本人のヤオは毎日ツァイリーの部屋でくつろいでいた。

 部屋にいくつかこども用のおもちゃが置いてあり、今はカードで塔を作っている。

 塔を崩さないようにするためか、ヤオは小声だ。


「それつけてる側は神力シエロ使えないから」

「やっぱりそうか」

 ツァイリーも無理だろうとは思っていたが、今は緊急事態なのである。一刻も早くギオザに伝えて、どうすればいいのか聞きたい。

 しかし、ギオザがこちらと空間を繋げるのは、大体夕食後の時間帯だ。ツァイリーはここへ来てから、夕食をとり、寝るだけの状態になってから姿見の前でギオザからの連絡を待つというのが習慣になっていた。

 ギオザが空間を繋げると、首輪の色がわずかに変色する。真っ黒なのが、少し青みがかった感じになるのだ。とは言っても、気をつけて見ないと気づかない程度の変化である。

 ヤオは猫の性なのか、眠気を感じるとすぐに寝てしまい、そのくらいの時間帯は必ずと言っていいほど寝ている。なのでツァイリーが自分で気づくようになった。


 ツァイリーは姿見の前に立って首輪を確認したが、色に変化はなかった。

 毎日言葉は交わすが、ギオザは必要最低限のことしか話さないので、ツァイリーは向こうの状況がわからない。しかし作戦では、春月2日に国民へライアン奪還作戦のことを発表することになっていたので、おそらくギオザはその対応に追われているのだろう。


 ライアン奪還作戦の責任者を任されても、ギオザが言っていたように、本当に自分は椅子に座っているだけだ、とツァイリーは思った。


 現地にいる自分よりも、ギオザの方がよっぽど忙しい。

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