不孝鳥の宵鳴き(4)

 必要最低限の動作の確認はとれたが、やはり動きには違和感がある。人間は思考とは別に、また違う動きをとる。ロボットが掴むという動作を行う時、その手の指は揃っているし、しっかりと掴まなければならないため、しっかりと動きが固定されている。でも実際に人間がコップを手に取る時、一本一本の指の動きはバラバラだ。けれど、しっかりと掴むことができる。そしてコップを持ち直したり、初めて口にする飲み物を不安に思う表情もあった方がいい。最低限の動作以外の細かい動作にも着目し、作り直すことにした。さらに窒息死させるとなると、もがくような動きも必要だ。空気センサーを取り付け、通気がうまくいかなくなると一定時間もがく動作も入れなければ。


プログラムの修正が終わると、ロボットの中にデータを流し、動作の修正は完了した。そこから体重を測り、男性の平均体重を作り出す。これは臓器と肉の重さにかかっていた。腕などをしっかり掴むと、人間的な柔らかさは出ない。そうなると死体を運ぶ時に気付かれてしまうため、僕は弾力性のあるキノコの飛び石で使った素材を人形の中に組み込ませた。人形の表面を開いた時にも、血だと思わせるように赤い液体で染まっていないとならない。キノコの飛び石で使った素材は水や衝撃に強いため、液体の中に浸っていても問題なかった。


僕はなるべく機械を傷つけないように、丁寧にそれらを組み込んでいった。血糊にも鉄の成分の入った液体を混ぜ、血の臭いを再現した。体温の再現も必要だ。血が温まるよう、臓器の奥に温かい血が循環するためのヒーターも仕込んだ。体中の構造は完璧だ。僕は謎の高揚感に包まれた。


「残るは、表面だな」

AIロボットの表面は、すでに毛穴や毛など、綿密に再現されている。けれど、どこかが不自然だ。なんだ? 何が不自然なんだ? 僕はじっとAIロボットを見つめた。


「眼球だ」

綺麗すぎる眼球は違和感があった。違和感のない眼球を作るのは、僕の得意分野だ。眼球を一度取り出し、塗装をし直すことにした。日本人形を作る時のように慎重に行わなければならないと、僕は息を呑んだ。


コーティングが終わると、コードを入れ直し、眼球を空洞に収める。皮膚の切り取りは切れ目が分からないように頭から切り裂いて、表面を剥いでいた。僕は皮膚を元に戻すと、丁寧に縫いつけた。以前、手縫いで作っていた数多くのぬいぐるみたちを思い出した。僕の技術は、確かにここで生きている。


 人形が無事に完成すると、僕は志崎を自宅へと呼び、実物を見てもらうことにした。志崎は僕の手直しした人形を見ると、口を開け、言葉にせずとも驚いているのがすぐに分かった。


「すごいよ。人にしか見えない」


「元はAIロボットだけどね」


「ロボットは一緒に港から運んだ時に見たけど、違和感はあったよ。やっぱり創はすごいや」

志崎は人形を舐め回すように見つめている。


「君にならできると思ってた」


「志崎が後押ししてくれたおかげだよ」

ただ問題は、高塚に偽物だと言うことがバレずに、無事に計画を遂行できるのかと言うことだった。


「大丈夫だよ。私は当日そっちには行けないけど、君の隣にいるよ」

と、志崎は柔らかい笑顔で、僕の心を落ち着かせてくれた。

そして実行日に、本来の計画を最後までやり遂げることができた。


 僕は、高塚に全てを打ち明けた。花畑を撫で回すように風が吹き、大木に止まったツクツクボウシが鳴いている。高塚は、ただじっと地面を見つめながら話を聞いていた。そして聞き終えると、芝生の上へとストンと座り込み、あぐらをかいた。


「こりゃ、一本取られたな」

そう言って、笑っていた。


「騙して、すみませんでした」

僕と志崎は、頭を深く下げる。高塚は何かを追い払うように、手を振った。


「謝るのは俺の方だ」

高塚は、澄んだ青空を見上げ「ホッとしたよ。情けねえな。こんなことしても意味がねえって、分かってたんだ。分かってて、目を逸らしてた。この際俺が死んであいつに詫びた方が早かったな」と言って、寂しげに笑っている。


志崎は、僕の背中にそっと手を添えた。志崎が何を言いたいかは分かっていた。


「僕たちがいるじゃないですか。高塚さんがいなくなるなんて嫌です。いなくなるくらいなら、もっと誰もいない島にでも行っちゃいましょう。僕がどうにでもします。だからそんな悲しいこと言わないでください」

いつの間にか僕の顔は、涙で頬が濡れていた。高塚はハッと目を見開き、僕を顔を見るとその場でしゃがみ込み、声をあげて泣いていた。その姿はまるで少年のようで、彼の震える肩は小さかった。


どれくらい経っただろうか。高塚が落ち着きを取り戻し、呼吸を整え始めると、志崎が「高塚さん、こっち来てもらえますか」と言い出した。高塚は顔をあげ、何を企んでいるんだと眉間に皺を寄せた。僕と志崎は高塚に駆け寄り、二人で高塚の腕を持って立ち上がらせると、花畑へと向かった。


「なんだよ」

高塚は、僕たちの顔を見て慌てていたが、二人は高塚を引っ張り、お構いなしに花畑の道を歩いて行った。

丘から一番空も海も広く見える場所へと辿り着いた。もくもくと綿飴のような入道雲が広がっている。その迫力に飲み込まれそうだった。


「これは」

驚嘆する高塚の声に、僕たちは頷いた。三人の目の前には、木で作られたアーチがあり、枠には白とピンクのバラをメインとして、様々な草花が彩られている。そして、その奥には教卓が置かれていた。


「結婚式場か?」

高塚はポカンと口を開けている。


「結婚式場です」

志崎は持っていた色とりどりのアネモネの花束を、高塚の手に握らせた。


「変なやつだと思われるかも知れないですけど」と、志崎は前置きをして続けた。


「奥さんが高塚さんに一番してほしかったこと」

高塚は志崎の言葉に怪訝そうな表情を浮かべ、志崎の顔をじっと見つめた。


「“愛してる。何よりも大切だ“ って言って欲しかったって」

志崎が言い終えると、高塚は花束を両手で握り俯くと、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


「何よりも、その言葉を言って欲しくて待っていたそうです」

その場の誰よりもその言葉の意味を理解していたのは、高塚だろう。何度も何度も頷いている。花束に隠れて表情は見えないが、体は震えて鼻水を啜る音も聞こえてきた。


「すまねぇな、すまねぇ。愛してるに決まってたんだ。なのに俺は馬鹿やろうだ」

志崎の目は潤み、首を横に振った。


「ただ私を毎日想ってくれるだけでいい。どんなに遠くても目に見えなくても、しっかりあなたの傍にいるから。あなたに苦しい思いをさせ続けてしまってごめんなさいって言ってますよ」

高塚は顔を上げ、海と空を交互に眺める。飛行機の音が頭上から聞こえてきた。


「怖がらせていたらごめんなさい。でもそうやって言葉が降りて来ているので、素直に受け取ってください」

と、志崎は呟いた。高塚は志崎の言葉に対して首を何度も横に小さく振った。


「二人とも、本当にありがとうな」

海の水面は、太陽が水面を宝石のように輝かせていた。海鳥が鳴く。それはまるで波のさざめく音と、吹き抜ける風と共鳴しているようだった。

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