不孝鳥の宵鳴き(3)

「創が知ってる人の中で一番のお金持ちは誰?」


「……相馬さん?」


「正解! さぁ連絡して」

僕は言われるがままに、慌てながら相馬へとメッセージを送った。志崎は何事もなかったかのようにココアを飲み、僕の部屋に飾られた物を一つ一つ眺めてはどこか嬉しそうだった。すぐにメッセージの返信がきたかと思えば、通話の着信音だった。僕は慌てて通話に応答した。


「あ、相馬さん、すみません」


「メッセージ見たよ。君から折り入って相談なんて、珍しいじゃないか」


「あのそれが……」

相馬はこの島の貸し出し主だ。高塚はもちろん、志崎が移住してきたことも理解はしている。けれど、何から話せばいいのか。そう考えていると、志崎はこちらを見て、小声で「正直に」と言った。僕は、慌てながら無理だと言おうとしたが、相馬から「どうした」と言われ、通話に意識を戻した。


「すみません。えっと、高塚さんの奥さんは亡くなっているのですが、その奥さんが亡くなる前に、立派な墓石が欲しいって言い残したそうなんです。それで高塚さんは、遺言のお願いを果たしてあげたくて、貴族になるために商売をしていたんですが」


「墓石撤廃の件か」


「はい……。それで、どうしても大金がいると言っていたんです。だから、相馬さんにお金を九面して欲しくて」


「正直に話してごらん。大丈夫だ。他言はしない」


「え、あの」


「私はね、察しが良いのが取り柄なんだ。だからここまで大きなお金を動かせるようになった。まだ君が全てを打ち明けていないことくらいは分かる」


「すみません。本当に他言は無しでお願いします。それと、咎めないでもらえると……」


「分かっている」


「高塚さん、それで闇取引を、つまり臓器売買を行いたいと」


「なるほど、原沢もきっと噛んでるな」


「流すならきっとそうなりますね」


「あいつ、足を洗ったって言ってたのにまた始める気か。まぁいい。あいつにはあとで話をつけよう。それで?」


「それで、僕も一緒に手伝って欲しいと言われたんです。僕が黒魔術の本の話をしたからだと思うんですが」


「黒魔術?」


「はい、人間の臓器を使って、人形を人間のように動かせる黒魔術の古書を見つけて、それが面白そうだって高塚さんに話したんですよ。それを聞いて、一緒に殺人をやらないかと誘われたんです。断ったとしても一人でやるとも言われました」


「なるほどな」


「ですが、この話を明に相談したら、僕がその人間を作れるんじゃないかって話になったんです。けれど、どう見積もっても時間も技術も足らない。だから、本土のAIロボットを購入して、さらに僕がそこに内臓などを組み込もうかなと。それで、高塚さんには殺害したと思わせて、本当は僕の作った人形だったらいいんじゃないかって。でも僕はこの島に貯蓄を全て費やしてしまったので、資金が足らなくて」


「大方の話は理解した」

相馬は考え事をするように、深い息を吐いている。僕の手はぐっしょり汗で濡れているし、脇からも汗が流れ、腕まで流れ落ちた。


「お金は貸そう」

意外とあっさりした反応に、僕は驚きを隠せず「え、本当ですか」と、大きく声を上げた。


「ただし、条件がある」

さすがに一筋縄ではいかないようだ。


「条件ですか?」

僕は、恐る恐る聞き返す。


「あぁ、必ず成功させなさい」

予想外の答えに一驚し、言葉に詰まった。聞こえているか? と、耳元から相馬の声が聞こえる。


「はい、ありがとうございます。必ず成功させます」

相馬との通話が終わると、ようやく緊張が緩和した。それから数十分後には、僕のネットバンキングに巨額のお金が入金された通知が届いた。


「できるかな」

僕はソファーに脱力し、背もたれに頭を委ねた。


「できちゃうんだよ、君は。むしろ、君じゃないと高塚さんは救えないよ」

志崎は僕の肩をポンッと叩き、それから表情を綻ばせた。


 僕は、殺害計画実行日までのほとんどの時間を、自宅で過ごした。臓器の造形は簡単だった。何せ人間そのものよりサイズは小さい。さらに少し手を抜いてたとしても、医者などの医療従事者など、遺体と直接関わる仕事をしていなければ、本物の臓器を目にする機会は滅多にない。問題は見た目と、どうやって人間と変わらないような動きに見せるかだった。いくら僕の技術を上乗せしたかと言って、濃密に接触されては違和感を覚えられると判断し、接触を少なくする必要があった。一先ず殺害計画書を作ることにした。


AIロボットが届いてから、さらに苦戦した。ロボットの機械構造を理解するのは、一度工場見学をさせてもらっていたため簡単ではあったが、その機械構造の一部を取り除いて、僕の作った臓器を入れるのに苦労したのだ。機械構造を崩すと回路の問題で動作の不具合が起きる可能性が高い。僕は賭けにでることにした。必要最低限の動作だけに絞ることにしたのだ。高塚がお茶を持って行く。それを人形は受け取って飲む。それくらいの時間であれば、接触時間も少なく、違和感を持たれる危険性も低くなるだろう。お礼を言うのも忘れてはだめだ。言葉を発する必要がある。ボイス自体は、元々AIロボットに組み込まれてはいるが、構造をいじった際、どこまで残せるかが課題だった。


じっとAIロボットを見つめ、腕を組みながら考えた。背もたれに寄りかかり、背中を後ろへと反り返らせ、天井を見上げると青空の壁紙が広がっていた。太陽系のモビールがゆらゆらと揺れている。地球と月の位置をじっと眺めていると、幼い頃を思い出した。


それは深夜に、父方の祖父が亡くなったと連絡が入った日のことだった。両親は小さい僕を連れて行くわけにはいかず、母方の祖父母の家に預かってもらうことになった。その時におじいちゃんが迎えにきたのだ。僕の母方の祖父だ。おじいちゃんはお出かけをすると決まって知らない道を歩いた。携帯電子ナビも持たずに、ただひたすら分からない道を行く。二人でおじいちゃんの家まで歩いていた。僕は家までの道のりを覚えていたから、おじいちゃんがよく分からない路地に入って行くのを不思議に思ってた。


「なんで違う道に行くの」

僕は、おじいちゃんの顔を見上げた。


「行ったことのない道を行ったら、面白いものがあるかもしれない」


「迷子になるかも知れないよ」


「大丈夫だ、月が見えるだろ」

夜の空を見上げた。満月が綺麗に僕たちを照らしている。


「月が見えていれば、必ず家には辿り着くんだよ」


「そんなことないよ。だって月って、僕らを追いかけてくるよ」


「何言ってるんだ。人間が、月を追いかけているんだよ」

おじいちゃんのその言葉が、とてもロマンチックに思えた。だから僕は、島の入り口に月を置いたんだ。月があれば、必ず帰れる。僕たちは月を追いかけるから。


ふと、そんなことを思い出すと、その思い出と連鎖するかのように、おじいちゃんと過ごした日々を思い出した。おじいちゃんが作る物、修理する物、それらを横目に見様見真似で作ったおもちゃ。褒めてくれた言葉の数々。そして、おじいちゃんが亡くなってから、僕はおじいちゃんの残したアンティーク品を作り直すようになったんだ。


「そうか、修理する。その感覚だ」

AIロボットの構造をもう一度見直した。臓器を入れるために排除しないとならない部品は、壊れたアンティーク品と同じだ。新しいものと思うから怖かったし、無謀のように感じていたんだ。修理すると思えばいい。僕はじっとAIロボットを見つめた。


「君は、僕にとってアンティークのおもちゃだ」

脳内に言い聞かせるようだった。言い聞かせれば不思議と、簡単なことのように思えた。

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