錆びた歯車(2)

 もしもこの世に魔法が存在していたら、生活はもっと豊かになっていたのだろうか。きっと必要がなかったからこの世に生み出されなかったのかもしれない。まだ全てが解き明かされていないこの地球という星には、様々な物質が存在している。そうした物質を研究して、利用してこの人間社会は豊かになった。魔法がなくても生きていけるのだ。


ゆっくりと陽が沈んでいくのを尻目に、僕はライトのチェックをし始めた。ライトには一番気を使っていて、和風のエリアには高塚の骨董品屋からイメージをもらい、カラフルな提灯や、灯籠などの灯りを使った。森のエリアには星や花、きのこの形をモチーフにしたライトを飾っている。作り物だがクリスタルなどの置物も設置し、光に反射すると薄紫や水色に輝いてとても綺麗だった。電球は最新型であるが、見た目は旧型の電球を使っている箇所も存在する。


ライトのチェックのために島を一周し終え、最後に島の入り口の月のライトのチェックを終えると、足音が聞こえた。音の方向に振り返ると、高塚がいた。


「お疲れさん。晩御飯一緒にどうだ。今日はとうもろこしを湯がいたんだ」

高塚は首にタオルを巻いており、そのタオルの端で目の当たりを擦っている。


「ありがとうございます。ごちそうになります」


いつの間にか、僕は高塚に緊張を持たなくなっていたし、自分の祖父母たちとは別の感覚ではあるが、近いような懐かしい気持ちを持つようになっていた。


 食卓に並んだのは、肉じゃがと茹でたとうもろこしだ。それからわかめと豆腐の味噌汁に白米だった。炊き上がったばかりの白米は食欲を唆る香りがした。


「斜め前に座ってもらえませんか」

僕は、遠くで食事をとろうとする高塚にそう言った。


「まずくならないか」

いつもより声を高くした高塚に、僕は笑って頷いた。向かい合うのは苦手だったが、斜め前なら問題はなかった。高塚はゆっくりと僕の斜め前へと座った。その表情はなんだか嬉しそうで、僕も自然と微笑んでいた。静かに流れてくるテレビの音には耳をすませることなく、とうもろこしを齧る。


「島の暮らしはどうだ」


高塚は味噌汁を啜っている。僕は咀嚼していたご飯を飲み込み、箸を箸置きへと置いた。


「とても快適です。周りが言う常識もルールも気にしなくていいですし、何より自然の匂いがいい。高塚さんも明もいい人だし、このまま上手く暮らしていければいいなと思っています」


「そうだな。とてもいい島だ。俺も久しぶりに穏やかな毎日を送ってる。そうだ。食べ終わったら、久しぶりに将棋をしよう」


最近では、高塚に夕ご飯をご馳走になると、その後は決まって二人で将棋をさしていた。初めはルールが分からなかったが、高塚に教わりながら、日に日に強くなっている。高塚もうまくなっていると褒めてくれた。僕自身、初めて手に触れたゲームに嬉々として取り組んでいた。


「はい、ぜひお願いします」


こんな毎日が続けばいいと思った。SNSで飛び交う罵詈雑言に心が騒つくことのない日常。人が人を否定しない、妬まない、話せば笑顔になる毎日は僕にとって宝石箱のようだった。このまま二人との関係を良好に築いて行けたら幸せだと思っていた。


高塚は胸ポケットから煙草を取り出すと、マッチで火をつけ、口につけて煙を吸い込んだ。僕の驚いた顔に、高塚は煙を口から吐き出しながら笑う。


「原沢が流しているのを買ったんだ。昔は吸っていたんだけどな。久しぶりに吸いたくなってな」

と、高塚は笑っていた。けれど僕は何となく高塚に対して異変を感じていた。だからか上手く笑えなかった。彼は何か隠しているのだろうか。そんな疑問さえ抱いた。


「島はどれくらいで仕上がるんだ」


歩兵の駒を動かし終わった高塚が、僕に質問を投げかけた。


「もうすぐですよ。丘の花も半分まで埋まってきたし、あと一息って感じですね。そしたら観光客も来るし、高塚さんのお店にもたくさんの貴族の方がいらっしゃると思います」


「そうか」


高塚はどことなくあまり嬉しくなさそうだった。あんなにお店を開きたがっていたのに、一体何があったというのだろうか。


「何か、ありましたか」


僕がそういうと、高塚はパッと顔を上げて、笑った。


「何もねえよ。心配するな」

そう言って、煙草の灰をガラスの灰皿へと落とした。


「何か困ったことがあれば言ってくださいね。協力するので」

高塚は、小さく何度も頷いた。それは何かを噛み締めているかのようだった。

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