〜第四章〜錆びた歯車

錆びた歯車

 僕の朝の日課に、また新しいことが加わった。高塚のもとへ行き、世間話を少ししてから、図書館に向かう。そして昨日読んだ本を戻すと、また新たな本を手にして志崎の作業する丘へと行き、大木の下で本を読む。志崎が水やりをするタイミングで僕も水やりを手伝うようになった。


「この花畑に置き型の星のライトをおこうかなと思うんですけど」

紫と黄色の混じったパンジーにジョウロで水やりをしながら、僕は言った。水に濡れたパンジーの花びらは、ひらひらと揺れている。


「星のライト。いいですね。素敵だと思います」


「花はどんな花でも咲き誇っているし、どんな花でも人間に素敵だと思ってもらえるって話をしていたじゃないですか」

僕の言葉に、志崎は小さく頷いて見せた。


「星もそうだよなって。僕たちが見ている星はもう消滅してしまった星の光らしいけど、僕たちはその消滅してしまった星に願いをかけたり、流れ星を見られたら嬉しかったり、喜んだりする。それって、どんなに時代が変わっても変わらないことなんですよね。だから、花も星も似ているなって思ったんです」


「やっぱり、入谷さんは面白い発想してくれるだろうなと思ったんですよ。とても素敵です。楽しみにしてますね」

ニッと口角を上げる志崎の笑顔は、花で例えたら黄色だな。そんなことを思った。


 ふと、志崎の性別が気になり、こっそりとモニターで確認した。現代では何百通りの性別やセクシャルが存在している。生まれた時の生物学上ではもちろん男性と女性の二通りしかないわけだが、心や体を加味して、色んな性別が認知されている。その人がどの性別なのか本人に尋ねてみないと分からないという時代は遥か昔のことであり、現代では自分で認知している性別をICチップの中に情報として入れ、僕たちはその人の性別を知りたいと思ったら、腕に組み込まれたICチップの情報を自分のみの視界に映るモニターに表示させることができる。これが現代社会において、誰もが傷つかないLGBTQに該当する人たちとの接し方だった。


僕のモニターに映し出されたのは、ノンバイナリーという文字だった。男女の性別がない。中性に少し近いニュアンスだ。セクシャルも性別、年齢を問わないとのことだった。志崎から感じる中性的なイメージと合致しており、僕はどことなくホッとした。志崎の扱う花の種類や色彩感覚は、とても華やかなのにどこか儚げで、花畑の作業が進めば進むほど、どこか夢の中にいるような気持ちにさせる。


「志崎さん、もしよかったら、たまにお花を売りにきてもらえませんか。出張みたいな感じでいいので。花を売れるお店も作っておきます」


僕は、志崎の持つセンスをもっと島に広げてみたいと思った。例えば観光客が自分の島へと遊びにきて、花束を買う。花冠を作ってもらう。花のリースを作ってもらう。志崎の作った花だからこそ、その手に持つお土産すら島と馴染み、それは一つの絵画のように、この島を美しく彩るのではないかと思ったのだ。


「住むのは駄目ですかね。あの、駄目ならいいんですけど。島のお花の手入れとかもしていきたいなって。やっぱり数も多いから毎日観察したいんですよね」

僕は一瞬、志崎の提案に怯んでしまった。けれどこの人なら高塚と同じように大丈夫なんじゃないか。僕に危害を与えることはないだろうと思った。


「じゃあ、お家必要になりますね。手配しておきます。どんなデザインがいいとかあれば、連絡ください」


「やった。楽しみにしておきます。家のデザインなんですけど、入谷さんにお願いしたいです」そう言ったあと、志崎は声を顰めて僕の顔色を窺うように、「あと、高塚さんみたいに私も名前で呼んでもいいですかね。私のことも明って呼んでください。毎日一緒にいるのになんだか他人行儀な気がするので」と続けた。


言われてみれば、高塚は僕のことをいつの間にか下の名前で呼ぶようになっていた。あまりにも自然に呼ばれていたので気づかなかった。


「はい。わかりました」


「創」

志崎は僕の顔を見て、笑顔でそう言った。


「あ、明」

僕は志崎の目から視線を逸らし、呟いた。柔らかな風が僕たちのやりとりを笑っているようだった。


「はい。よろしくお願いします」

志崎はどこか満足げだったが、僕は耳の裏を指でかいて、ふわふわと浮つくような気持ちを誤魔化した。


 島は初夏を迎えようとしていた。流れてくる汗をタオルで拭きながら、僕は島の中の装飾を増やしていた。志崎のおかげで花も増え、より自然と僕のおもちゃが一体化していく感覚が生まれていた。この島では到底生息できないようなピンクと紫の色を持つ蝶々や、きらきらとエメラルド色に輝く蝶の模型も設置した。島の入り口から、カラクリ人形の街へと向かう途中にメリーゴーランドや、コーヒーカップなども設置し、森の中に紛れる小さな遊園地は、とても可愛らしく華やかだった。


からくり人形たちの動作チェックを行なっている最中に、もっとリアルな人形が作れないものか考えていた。肌の質感、目の動き、本土で活動しているAIのロボットという形ではなく、本当に人間のようなものを生み出せないだろうか。頭の中で想像が暴れ出すと、僕の全身に鳥肌が立った。僕の心の奥に息を潜んでいたのは、ものすごく面白くて、楽しいものを作れそうだという期待感だった。そして、あの黒魔術の本のことを思い出していた。

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