〜第三章〜エリカとアスチルベ

エリカとアスチルベ

第三章 エリカとアスチルべ


 冬の間に島の中は、より賑やかになっていた。高塚の家の建設が進められている間に、装飾を増やしたり道の補強をしたり、彩りが増していた。中でも一番気に入っているのは島の入り口だ。船着場から島の中へとやってくる人が、一番最初に通る道には白い斑点のある赤いきのこの道を敷いた。まるできのこの上を乗っているかのような柔らかさのある質感の素材を使っている。雨風にも強く、汚れにも強いゴム素材のものだ。飛び石のように歩けるので、島にきた人がどこか不思議の森に迷い込んだかのような雰囲気にしたかった。きのこの飛び石の周りにはオオイヌフグリや、クローバーの黄色い花が咲く予定だ。


そこからさらに何歩か進むと、目の前には穏やかに水が流れる小さな滝がある。滝の上には宙に浮かぶ月を設置し、滝に丸い影を落としていた。それがより一層不思議な空間を作り出していた。その他にもキノコの椅子やモルフォ蝶といった光に当たると綺麗な水色に輝く蝶の模型をあちこちに設置した。そのような模型でなくても春になればあちこち蝶が飛ぶのは分かっていたが、冬の島の様子はもの悲しかったため、いつでも生き物を感じられるようにと飾った。


装飾を加えると島は賑やかになっていたし、色とりどりになっていた。島のイメージは何パターンかに分けて作った。一つ目の島の入り口は、現代の世の中では感じられないような不思議な森がコンセプトだ。さらに色味を増やしたいと、島に咲いている花などを別の場所に移植したり、本土に咲く花を仕入れたが、僕に花を植えるセンスはなく、枯れてしまったり、彩りがイマイチだったりして、春になってからの後の課題として放置した。


 二つ目はからくり人形たちの住む住宅街。からくり人形たちの家は、古い西洋の小さな一軒家をモチーフにしていて、そのほとんどは西洋瓦という昔の重い瓦を使って、一つ一つを列ねて三角屋根やホイップを上に乗せたような丸みを帯びた屋根を乗せた。からくり人形たちが本当に住むわけではないので、部屋の中は一部屋だけだ。最低限の生活を感じられるようなベッドやテーブルや椅子、壁に花のリースや絵画などを飾った。


からくり人形たちは一体ずつにしっかりとした設定があり、年齢や外見も様々だ。一体一体に名前をつけているし、愛着もある。服装もより奇抜にした。カラフルな色彩溢れる服や、形や素材にも拘った。過去の街並みと未来の人間が交わるような温もりのある空間に仕上げたかったのだ。その中でも一番気に入っている女性のからくり人形がある。マリーと言って、長い黒髪は艶やかとしている。肩には赤い薔薇の花を模した装飾をつけ、ワンピースの裾にかけて青空の模様に変化していく綺麗な服を着せている。彼女は二十四歳で、永遠の恋人を探してる。だからこそ、毎日おしゃれな服を着て、楽しく過ごすことに全力を尽くしている。そういう設定だ。からくり人形たちはどれも派手な衣装を着ているが、僕にとってマリーは特別なからくり人形だった。僕が思い描く理想の恋人だからだ。


三つ目のエリアは、昔の日本と中国をイメージしたアジアのエリアになっている。古い電柱や風車の刺さったハリボテの畑。高塚が住む和風の家や、ハリボテの五重塔と呼ばれる日本のお城を置いた。大きな池も作った。池の中には蓮の花を浮かべ、赤い木製の橋がかかっている。和風庭園を思わせるような大きな岩や砂利を敷き、竹や桜の木や紫陽花の低木を植えた。


四つ目は昔の南国の島を思わせるようなビーチを作った。今では最新技術で紫外線と日差しを半分ほど遮断した空中パラソルがあるが、この島にあるパラソルは地中に挿して一部だけ日差しと紫外線を遮断する大きな傘だ。

水色と黄色のパラソルはどこかキャンディの梱包のようで愛らしい。

海岸にはそれだけではなく、DJブースといって、昔の音楽機材を使用した音楽ブースも作った。現代では音楽は全てインターネットのデータとして保管されているが、DJブースは円盤の形をしたディスクに音楽を録音し、針を円盤に置き、クルクルと回す動きをさせると音楽が再生される仕組みだ。それら円盤を入れ替えて音楽を変えていくことができるし、音をフェードアウトしたりフォードインといった効果もつけられる。


五つ目は僕が入り浸っている図書館だ。その四つのテーマで島は作られた。けれど、実はもう一つテーマを考えている。だとしてもそのテーマを再現するためには新しく人を呼ぶ必要があった。そのテーマは、花畑だ。僕が生き物を育てるといえば、イチをお世話するくらいだ。もの寂しげな部屋に植物でもあればと考えて植物を育てるも、いつもうまくいかずに枯らしてしまう。自分の家にも植物は欲しいが、まずは花畑のエリアを完成させたいと思い、僕は原沢に連絡をし、花屋を業務委託として島に呼ぶことにした。


 原沢からの返事はすぐにきた。島にやってきてもらう人は、本土で母親と一緒に小さな花屋を営んでいる人だった。そのため、作業自体に一ヶ月ほどかかると見越して、その間は滞在してもらうことになった。大量の花を有するため、その人が島へとやってくるのはもう少し先になるそうだ。僕は、その間に花屋のテントを用意していた。花屋には花畑や、僕の自宅の装飾だけではなく、島のところどころにも花を植えて欲しいと考えていた。本土にはあまり広い花畑はなく、あったとしても花畑自体が珍しいため、毎年咲く季節になれば、観光客でごった返していて、花を見るどころではない。花畑を作りたい理由としては、島の観光地化を進めることが大前提ではあるが、僕が花畑に囲まれてゆっくり本を読んでみたいという気持ちも大きかった。


 花屋が宿泊するテントを張り、辺りの除草作業を行なっていた。日差しの暖かい日が続くと、雑草の成長が目覚ましく、鎌を使っていても全て除去するのには一苦労だった。草を引っこ抜くと、時折ダンゴムシが顔をだし、新たな隠れ場所を探すために動き出している。立ち上がり、額の汗を袖で拭っていると、高塚の姿が見えた。高塚は無意識に足をどすんどすんと踏み鳴らしており、煉瓦の道が重い音を奏でている。


「誰か来るのか」


「はい、花畑を作りたいと思ってまして、それで花屋さんを」


「そりゃあいいな」


高塚は目の前に生えているイネ科の雑草を鷲掴みにし、引っこ抜くと、僕が手にしていた麻袋へと雑草を投げ入れた。


「何を植えるんだ」


「花屋さんに任せようかなと思っています。なんとなく色のイメージは伝えたんですけどね」


「いいなあ、妻にも見せてやりたかった」と、高塚は呟いて、また雑草を引っこ抜く。根っこからはパラパラと土が落ちていった。花畑を作る予定の丘を見上げると、暖かい風が僕の髪の毛をすくった。


「昔な、妻がお墓に入ってみたいって言ってたんだ。それが俺にとっていつか叶えてやりたい目標になった」


お墓という言葉が既に遠い昔の言葉だった。第四回新世界革命運動後、お墓も撤去されたからだ。とはいっても仏閣などはもちろん存在している。けれど、お墓が占める土地が日本全体の土地の割合を圧迫し始めたため、全てを骨壷に入れ、お寺などに地下室を作り、並べて管理するだけとなっていた。最初は反発や批判、デモが酷かったそうだが、しっかりと移動した後にお祓いや浄化などといった昔の儀式も行ったそうだ。


けれど、お墓が許される一部の住民がいる。それが貴族だった。貴族になる方法はシンプルだ。一定の額を国に納金することで貴族という肩書きになれるらしい。僕は貴族になること自体に興味がないため、それがどれくらいのお金が必要なのか知らなかった。


「だから、商売を?」


「そうだ。単純だろう」


と、高塚は照れ臭そうに俯きながら笑った。


「素敵なご夫婦ですね」


「あいつにとってはどうだったか分からないが、俺にとっては人生そのものだったな。創にはそういう相手はいないのか」


僕は笑いながら首を横に振った。風が左右と行ったり来たり迷子になっている。


「まぁ、あぁいうのは縁だ」


高塚はそう言って、からくり人形の街がある場所へと歩き出していった。その姿はどこか寂しげであった。

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