創造の島(2)

 設計図を持っていき、棟梁たちとの打ち合わせを済ませると、あっという間に着工日が決まり、それから突貫工事が開始された。相馬から手配された作業員たちや、次々と運ばれる機材や材料で島中が賑わっている。僕はその間、イチがストレスを感じないよう建設場所から一番離れた場所へとテントを移動した。建設は僕の自宅から始めている。数日経つとあっという間に自宅は完成し、おもちゃを作るための機械を全て自宅へと移動してもらった。作業場が完成すると僕は以前住んでいた家と同じように一日のほとんどを作業部屋で過ごしていた。外にでる時は、自宅の屋根などに飾りの草花を付け加えたり、ペイントすることがほとんどとなった。家に慣れたイチは、暇になると作業中の僕の膝の上で寝るようになった。自宅が完成した後、工事は街並み作りの段階へ入った。その間に僕は等身大のからくり人形をつくり始めていた。


僕の構想の中の機械仕掛けの島のメインはカラクリ人形の街だった。人間と同じように花に水を与え、ボールで遊び、釣りをする。その動作は一定ではあるが、シリコンなどを使い、より人間に近い質感を再現した。一番神経を張り巡らせたのは、眼球だった。人の目は本物かどうかを語る。少しでも作り物のような気配を感じると、人は興醒めするか、怖がる。人間の眼球は白目とは言っても、真っ白ではない。そこには細い血管が通っていたり、ホクロのような斑点があったり、黄ばんだような色だったりするのだ。


僕は眼球パーツに筆を滑らせた。仕上げに白濁した液でコーティングする時はより慎重に行なった。木材で出来た顔面の骨組みは目のところに眼球がはめられるよう、大きく穴を二つくり抜き、糸や銅線を通す小さな穴も開けた。そこに眼球をはめ込み、糸や銅線を通すと、その上から粘土で肉をつける。カラクリ人形の四肢の関節部分には球体関節という丸いパーツが挟まるのだが、それらが目立たぬように、上から肌の質感によせたシリコン状の肌色のカバーを纏わせ、首にはチョーカーや首飾りなどの装飾品を施し、服を着せた。等身大のからくり人形を椅子に腰掛けさせ、眺めた。こうしていると人と向かい合っているような気分になる。少しだけ寂しさが埋まっていく感覚がした。本来、僕にとって孤独は楽なものだ。誰かの言葉に疑いを感じたり、傷心したりすることはない。その代わり喜びや、幸せを感じることは少ないのかもしれない。けれど僕はおもちゃを作る。おもちゃは嘘をつかなくて素敵だ。そのおもちゃたちに囲まれていれば幸せだし、安心だった。好きなことを好きなようにできるこの島で、多少の孤独や寂しさを感じても、同じくらい幸福感も覚えていた。


もちろんイチもいるが、人間のように会話はできない。会話のやりとりをする相手は工事現場の人だけという生活が長いこと続いていたが、本土でも人付き合いは仕事以外でしてこなかったため、工事現場の人と他愛のない話をすることもなかった。僕が指示をする。確認をする。会釈をする。それだけの関係だった。


街が出来上がるまでの間に、十体のカラクリ人形が完成していた。機械仕掛けの島はすでに秋を感じさせる風が吹く時もあった。街が完成すると、カラクリ人形を街のあちこちに配置した。


地面に可動装置を埋め込み、そこにカラクリ人形をはめこんでいく。糸を通し、稼働装置が動いている間はカラクリ人形たちが一定の動きを繰り返すようにした。人形たちの表情の再現は瞬きと、口の開閉だけだった。やはりぎこちない。人間には程遠かった。けれど僕は満足だった。島に人の形をした物が存在しているだけで、ほんの少しだけ存在していた孤独感が埋まっていくような気がしていた。


街並みは貴族が喜ぶように、古代のヨーロッパをイメージとして煉瓦の道や、家を建ててもらい、本土にある貴族の敷地以上に低木や木を植えた。海岸にはビーチベッドなどを置き、海の家とは言い難い掘立て小屋の中にバーカウンターも作った。それでも僕の機械仕掛けの島が完成したわけではなかった。


 街の建設の八割ができると、余った作業員は北側へと移動した。そして、小さな図書館を作ってもらった。島の北側に位置する図書館は少しばかり陽のあたりが悪いため、天井と四分の二の外壁と上部をガラス張りにしてもらった。とは言っても、従来のような拳で割れるような薄いガラスではなく、地震にも対応できるほどの強化ガラスだ。本棚は何台も並べられた。


日当たりが悪くても育つ室内用観葉植物のパキラやベンジャミンをいくつも並べ、何も入っていない本棚には、原沢から売ってもらった古書などを埋めた。それらを仕事の合間に読むのが僕の息抜きをする時間となった。古書は楽しかった。第四回新世界革命運動以降、古い書物の多くも暴動の最中で数を失ったため、原沢が僕に高値で売りつけていても、支払う価値があった。


先進国のこうした運動により、経済に影響が出る国もあり、半数以上の国が失われたが、失われた国の書物は数は少ないものの、残っている。最新技術の翻訳機ができたことによって、人々は外国語を学ばなくなった。最新技術の翻訳機は、視界を通しただけで自国の文字が浮かび上がってくるため、外国語を学ぶ必要がないのだ。会話も翻訳機が行なってくれる。そのため外国語を話せるのは数少ない外国語の専門家や研究者だけとなった。


娯楽的なミステリー、恋愛などの創作物語も面白かったが、僕が一番楽しんだのは、魔法という名の不可思議な書物だった。古代では魔女狩りといった不思議な能力をもつ人々を処刑する行いがあったそうだ。カードを消してまた出現させたり、コップに注いだ水を一瞬で消せるマジックは廃れていないが、今では科学的な証明がされている事柄が多いため、魔法というのは遥か昔の人たちが信じていたものでしかなく、幽霊などの超怪奇現象も、化学で説明がつくより、それが理由なのかは分からないが宗教という概念も薄れていた。そんな世の中になりつつも、僕は魔術というものに関して、とても興味があった。


 数ヶ月ぶりに休暇をとり、鳥も鳴き始めない早朝から図書館にこもり、魔術の記述がある本を読み漁っていた。人は何故魔術を行おうと思ったのか、誰がどんな発想で生み出したのか。魔女や魔法といった概念は現代ではファンタジーとされているし、どちらかと言えば、ハロウィンで行われる仮装や、娯楽映像やおとぎ話の本で登場するだけの存在になっていた。


大釜に奇妙な材料を投入し、緑色になった大釜の液体を大きな匙でぐるぐると回し、不気味に高笑いをする魔女。そういった魔女のイメージが強かったが、書物を通して見る魔女は、どれも無表情であるし、至って真剣なのである。現代では宇宙に関する以外のことは大体証明がついているし、突発的に起こったウイルス感染なども数ヶ月経てば簡単に新薬が市場に出回り、ワクチンも効果的なものが作られる。化学の発展が目覚ましい現代に生きている僕には、非科学的な存在や事柄を信仰し、心酔できる思考が理解できずにいた。初めて薬を作るような、試すようなそんな気持ちだったのだろうか。


電子書籍が主流となっている現代では、紙で作られた本がとても貴重となっていた。紙で作られた本は手で触れると心地がいい。書物の匂いも感じる。中にはパリッと香ばしいような匂いを放つ書物もあれば、酸っぱいマヨネーズのような臭いがする書物、カビやほこりの臭いのする書物もある。

一つ一つの本が今までどこで保管され、どんな人に読まれ、どうやってここまで運ばれてきたのかを考えると、一冊一冊が旅行記であるように思えた。魔術書に目を通していくと一冊の興味深い本を見つけた。焦茶色の背表紙は擦り切れていて、題名の印字を把握するのも難しい状態だった。けれど、背表紙を開いた瞬間、興味のそそられる一行が記載されており、僕は心の声を絞り出すように息を漏らした。


“作った人形を人間のように動かす“


僕は思わず、よく分からない外国語が印字されている箇所を人差し指でなぞった。なぞったところで、実際は翻訳されたモニターから映し出される文字でしか僕には判断がつかない。けれどなぞらずにはいられなかった。僕の心臓がドクドクとうるさく鳴り始めたからだ。そして、その本に記載されていたことは、今まで読んだどの書物よりも、とても興味深いことばかりだった。


“一、人間のように二足歩行である人形を用意する。目、鼻、口、耳があるといい。

二、人間の臓器(一つでも問題はないが、より人間に近い動作を好む場合は、臓器の数を増やすこと(同じ人間の臓器を使用する。犬や豚など動物の臓器は不可)

三、自らの髪の毛を一本、人形の首に括らせる。

四、自らの血でこの図通り、地面に描く(床でも可)図参照

五、図の上に人形を配置し、卵を四つ、人形の頭の上に配置する(鳥の卵であること)

六、呪文を唱える“


そこには、何やら円の中に七星や記号のような図が描かれていた。この図の通りに血で描けということなのだろう。呪文の部分は翻訳機により、不思議な発音に変換されていたが、それが正しい表記なのかは怪しいところだ。けれど、その儀式で生み出された人形は人間のよう皮膚や眼球を持ち、四肢を動かすと書かれていた。


遠くから船の汽笛が聞こえた。僕は驚いて本を閉じると無造作にテーブル上へ置き、立ち上がった。どうやら原沢が船でやってきたらしい。彼は週に二日ほど島へとやってきて、僕に食材や本などを売りにくる。そして注文していた材料なども運んで来てくれるため、それを受け取る。僕は急足で港へ向かった。港までへの道は島にきた当初の簡易的な獣道ではなく、すっかり砂利などで舗装された上に煉瓦が規律正しく並んでいる道になっていた。黒い革靴でコツコツと道を鳴らしながら、港へとでた。待ってましたよと言わんばかりに、原沢が遠くから手を大きく振っている。僕は小さくお辞儀すると、原沢の船へと乗り込んだ。


船の中にはたくさんの木箱やテーブルが並べられており、その上には野菜や雑貨、冷凍パックされた肉、雑誌などが並べられている。僕を顔を見るなり、原沢が声をかけてきた。


「入谷さん、今回はご相談があるんですわ。野菜でも選びながら、私の話聞いてもらえませんでしょうかね」

僕は頷いて、船に積まれた木箱の中から購入する野菜を吟味し始めた。新鮮なトマトやレタスが木箱から顔を出している。原沢は構もせず、淡々と話し始めた。


「相馬さんの知り合いでねぇ、骨董品屋を営んでいる男がいるんですわ。奥さんがおって、数年前にその奥さんがお亡くなりになってしまい、憔悴しきっていたそうなんですが、ようやくここ数年で元気になったそうでね。それでこの間、相馬さんがこの島のことを話したら、心機一転この島で商売をしてみたいって言ってきたそうなんです。天涯孤独の身でもあるし、新境地っていうところで興味を持たれたらしくてね。まぁ大きい声では言えませんが、第四次の運動があってから、骨董品屋も許可が厳しくなって闇商売に近くなってしまってますんでね」


僕は天涯孤独という言葉に反応し、心臓が小さく震えているように感じた。年齢は違えど僕もその男も天涯孤独だ。そして骨董品というからには、お互い古い物が好きなのではないだろうか。


「いいですよ」

深く考える前に、僕はその一言を発していた。自分でも驚いて瞼が大きく開く感覚があった。


「ほんまですか?」


頭の中では不安の要素が大きかったが、僕はまた頷いていた。


「そう言ってもらえると、相馬さんも高塚さんも喜びますわ。あ、高塚さんっていうのは、その骨董品屋を営んでる人なんですけどね。今連絡してみるので、入谷さんはそのまま買い物していてください」


そう言うと、原沢は席を離れて船長室へと姿を消した。

今まで頑なに孤独を選んできた僕が、別の家とはいえど、この島で一緒に暮らして行けるのか不安だった。目の前のトマトを手に取ると微かに青臭さが香った。トマトのヘタの周りは艶々と緑がかっている。


「入谷さん、連絡して来ましたよ。一応入国のための審査があるので三週間ほどお時間いただくそうです」

船長室から戻ってきた原沢は、僕に手を振りながら戻って来た。


「家の件、聞いてもらえました?」

僕は原沢が戻るのを確認すると、トマトを三つ、紙袋に入れると、電子マネー決済機器にICチップをかざし、支払いを済ませた。


「しばらくはテントで暮らすつもりだそうです」


「分かりました」


僕の歯切れの悪そうな返事に、原沢は黄ばんだ歯をチラリと見せ、微笑んだ。


「そない気にしなくても大丈夫ですよ。それより島の方は順調ですか?」


「あ、はい。かなり進んでますよ」


「完成したら、ぜひ招待してくださいね。これでも昔は面白いものが見たくて船旅してたんでね。どんな島になるかワクワクなんですよ」


「そうなんですか。だから変わった服装を」


「えぇ、第四回新世界革命運動が起こる前までは世界中面白いもので溢れてましたから。今じゃ面白くなくなってね。次は宇宙旅行ですかね」

原沢はそう言うと、照れながらこめかみを指で掻いた。

貴族は気軽に宇宙旅行へ行っているらしい。それには多額の費用と、長期休暇が必要なため、現代の技術があってもなお、庶民にとって宇宙旅行はハードルが高い。


「宇宙旅行、素敵だと思います」


僕はそういうと、トマトなどの野菜が入った紙袋を抱え、船を降りた。


 高塚は、本当にテントでしばらく暮らしていけるのだろうか。はたまた家に招いた方がいいのだろうかと暫くは考えていたが、他人と暮らす恐怖心が上回っていたため、自ら招き入れるような提案は無しにした。引っ越し日が近づくに連れて、島の景観を崩さないように、事前に高塚からどういう外観の家に住みたいのか、間取りをどうしていきたいのかを聞き出し、僕がイメージを書き起こし、棟梁と緻密に打ち合わせを重ねた。高塚は昭和という時代の日本や中国で流行っていた家屋や、繁華街のようなイメージが良いと言っていたため、僕たちは情報や資料をかき集め、できるだけ高塚のイメージに近い家を建てることとなった。島は昔の西洋イメージが強かったため、東洋イメージの家屋が一つ増えるとなると、島の景観を崩す心配があったため、高塚には中心部から少し外れた小高い丘の上に家を建てていいかと許可を取った。


その小高い丘をキャンプ地と畑にし、日本の古い昭和時代の田舎や昔のアジア繁華街をイメージする設計に書き直した。昔の日本には電柱という電気を送り出す建造物があったそうだ。それを再現すべく、電柱のイメージも取り寄せた。ハリボテではあるが、電柱を何本か家の近くに建て、塗装はほんの少しだけ劣化したような錆色の塗料を施した。高塚が島へ引っ越してくるまでの三週間で家はほぼ出来上がっていたし、丘のエリアには木々と電柱が聳え立っていて、どこか異国の雰囲気すら感じられる。機械仕掛けの島がより一層テーマパークのような不思議な空間に変貌を遂げており、僕はとても満足気に小高い丘の辺りを見渡していた。

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