第13話 暗躍する妖怪たち

「よっこらせ……と」


 俺はギッシリつまった段ボール箱を部屋まで運ぶと、深く息を吐いた。

 ようやくこれで最後の荷物だ。

 

「お疲れ様ですにゃ、夜彦様。麦茶をどうぞ」


「あぁ、ありがとう。カムニャ」


 ペットボトルを受け取って口を付けた。

 美味い。荷運びで疲れた体に水分が染みわたる。

 

「これからこの荷物をぜんぶ片付けていかなきゃいけないって考えると……大変だなぁ」


「夜彦様はお休みになられていて結構ですにゃ。あとは私が1人で……」


「いやいや、俺もちゃんと働くから。これからの新生活、心機一転してお互いに助け合っていこうよ」


「夜彦様……お優しいですにゃ~カムニャは幸せ者ですにゃ~」


「なっ、なに言ってんのさ! 当然のことを言っただけだって……」


 そして俺たちは荷ほどきを始める。

 この新居で。

 新しい舞浜のこの家で!

 そう、俺たちは舞浜のアパートへと引っ越してきたのだ。

 

 ──なんせ、舞浜高専に【合格】したのだからっ!

 

 いまだに夢でも見てるんじゃないかって思う時がある。

 なのでここ2週間はずっと朝起きてマイページを見て合格の2文字を見てニヤけるのが習慣になってしまっていた。

 

「しかし待遇がいいよね。舞浜高専の生徒なら家賃も公共料金もすべて無料で2LDKとか……最高の物件だよ。なんでも学校側から不動産管理会社にそういった融通が利くようにお金を出してるとか」


「きっとそれだけ将来有望なダンジョン攻略者が不足しているということですにゃ。この学校で経験を積み、そして優秀な成績を修めることができれば、きっと夜彦様もすぐに有名攻略者の仲間入りですにゃ!」


「あはは、そうなってくれると嬉しいけどね……」


「……夜彦様? どうかにゃさいました?」


「いや、なんでもないよっ……」


 話を切ると、俺は荷ほどきを再開した。

 舞浜高専で優秀な成績を修める……か。

 

「はぁ……」

 

 もちろん俺はがんばる気でいる……けれど、内心では少しビビっている。

 だって、これから同級生になるのは約8000人の優秀な異能力者たちの中から選ばれた200人なのだ。

 ほとんどネコダマシだけに頼ってきた俺がどこまで通じるか……。

 やっぱりそれが少し不安だ。


 ──ピンポーンっ。


「あれ? 誰か来た?」


「うにゃ、誰でしょうね」


 先ほど荷物の運び込みが終わったばかりだというのに、もう来客とは。

 

「俺が出てくるよ。管理人さんかも」


「よろしいのですかにゃ? それではお願いいたします、夜彦様」


 早足で玄関まで行き、ガチャリ。


「はい、お待たせしましたー……って、え……?」


「──お久しぶりですわね、夜彦さん」


 ドアを開けた先にいたのは真っ黒で長い髪を風に揺らす美少女。

 それは舞浜高専の受験で一緒にチームを組んだ首姫くびひめキスイだった。


「夜彦さーんっ! おひさーっす!」


 そしてその後ろにもう1人。

 相変わらず派手な金髪でギャルっぽくキスイとは別系統の美少女。

 こちらも一緒のチームだった葛后くずごうザクロだ。


「夜彦さんは今日引っ越してきたんっすね! アタシらは昨日引っ越して来たんすよ!」


「荷ほどき大変でしょう? 夜彦さん、私たちでよければお手伝いいたしますわ」


「え、いやいや、ちょっとちょっと……待って」


 頭を抑える。

 なんだろう、状況に理解が追い付かない。

 ギイイっ。


「よ、夜彦さんっ! 閉めないでっ! ドアを閉めないでくださいっ!」


「ど、どどどうしたんっすか! ウザかったっすか? そうだとしたら申し訳ないっす!」


「……ああ、ゴメン。なんか突然のことに驚いちゃって」


 必死にドアへとしがみついてきた2人に我に返る。

 ちょっと考える時間がほしくってつい。

 

「えっと……まずだけど」


「「はい」」「っす」


「ザクロとキスイの2人もここにいるってことは、2人ももしかして舞浜高専に……?」


「「受かりました」」「っす!」


「そっか! それはよかった……おめでとうっ!」


「「ありがとうございます」」「っす!」


 ああ、本当によかった。

 じんわりと熱い気持ちが胸の内にあふれ出す感覚。

 こうしてもう一度会えたことに、ちょっと遅れたけど感動が押し寄せてくる。

 

「──うにゃ、夜彦様。お友達ですかにゃ?」


 玄関で騒がしくしていたからか、カムニャがひょっこりと覗きに来た。

 ちなみにちゃんとネコ耳や尻尾は引っ込んで、見た目はただの美少女の来客時用の姿になっている。


「ああ、うん。カムニャには何度も話したと思うけど……こちら、この前の受験で一緒のチームになってくれた2人だよ」


「ザクロっす! よろしくお願いするっす!」


「キスイと申します。今後も【お隣同士】よろしくお願いいたします」


「……え? お隣同士?」


「はい。この角部屋が夜彦さんのお部屋、その隣が私の部屋、さらにその隣がザクロの部屋ですよ」


 マジか。思わず外に出て確認してしまう。

 表札を見ると……ホントだ。

 隣が首姫、その隣が葛后とちゃんと書いてある。

 

「本当、こういった偶然ってあるものですねー」


 キスイがうふふ、と笑うけど……いや、さすがに出来過ぎな気がするんだが?

 でも仕組むとしたってどうやって? っていう話だし……。

 まあ、いいか。

 再会できたんだからヨシとしよう。


「あ、そうですにゃ夜彦様。せっかくご友人たちと再会することもできたわけですし、今日は引っ越し祝いもかねて4人ですき焼きパーティーでもしませんかにゃ?」


「えっ? すき焼きパーティー?」


「おぉっ! 賛成っす! アタシお肉大好きっすよ~!」


「私もぜひご相伴にあずかりたいですわ!」


 カムニャの提案にザクロもキスイも乗り気だ。

 

「いいんじゃないかな、俺も賛成だ!」


 というわけで、すき焼きパーティーの開催が決定された。

 

 快く荷ほどきの手伝いを申し出てくれたザクロ&キスイとともに手早く新居の片づけを済ませて、徒歩5分の距離にある総合スーパーで食材の買い物をする。

 そしてみんなでワイワイ野菜を切ったりガスコンロの用意をしたりと準備を整えて──。

 

「──それではっ、カンパーイっ!」


「「「カンパーイっ!」」」


 俺が音頭を取ると、みんなノリ良くグラスを掲げてすき焼きパーティーの開催だ。

 もちろんお酒は飲んでない。

 中身はノンアルコールのパーティー用シャンパンだ。


「うわっ……? このお肉、口の中ですっごくトロける……! カムニャ、これって」


「高級A4ランクの和牛ですにゃ。引っ越し祝いですから、ちょっとした贅沢ですにゃ!」


「カムニャ最高っ! 俺はこれを求めてた! うまーっ!」


「夜彦さん、こちらのお肉にも火が通ったようですよ」


「えっ? ありがとう、キスイ」


「お野菜もしっかり食べてくださいね」


「うん」


 巧みな菜箸さいばしさばきを見せるキスイ。

 俺の持つおわんの状況を見てお鍋からお肉と野菜を取り分けてくれる。

 優しいなぁ。

 気配り上手で将来いい奥さんになりそうなタイプだ。


「うはぁ~美味しいっす! まさかこの時代にこんな美味しい料理があるなんて~っ!」


 ザクロはザクロでこの裏表のない天真爛漫てんしんらんまんさが一緒に居て心地よい。

 後輩の元気な女の子って感じだな。


「ちょっとザクロ。そんな勢いで食べたら夜彦さんの分が無くなってしまうじゃない」


「はっ……! うっかりっす!」


「しっかりしなさい、まったく」


「大丈夫ですにゃ、キスイちゃん、お肉はたっぷり買ってきていますにゃ。夜彦様もまだまだいっぱい召し上がってくださいね?」


「うんっ!」


 美味しいお肉をみんなで食べながら、いっぱい話して、いっぱい笑い合って、そうして時間は過ぎていく。

 ああ、なんだかタガが外れたみたいに良い気分。

 

 いつの間にか、きたる高専生活への不安なんて消し飛んでいた。

 いまはむしろ逆。

 早くこの3人とといっしょに高専ライフを楽しみたいっ!

 きっとこの3人でなら楽しいものになるに違いないから。

 俺はそう確信していた。

 

「そうだ……ザクロ、キスイ」


「「はい?」」


「ありがとう……本当に。2人のおかげだよ……!」


「「はい」」「っす!」


「……2人がたすけてくれたから、いまのおれがあるんだぁ……!」


「「そんなことありません。夜彦様の実力です」」


「カムニャもぉ……こんなにダメなおれをぉ! いつもささえてくれてぇ……! ありがどうっ!」


「うにゃあ、そんなことありませんにゃ」


 ああ、涙があふれてくる。

 みんなが有っていまの俺がいる。

 そのありがたみに感動。

 おお、なんだかサイコーの気分だ!

 

「ああ、はやうしがうにんららいからぁはやく4月にならないかなぁ……」」


「4月はもうすぐそこですにゃ、夜彦様」


「そうらねぇ! やっらえぇやったぜぇ! じゃあ、ひがうにかんばーいっ4月にカンパーイっ!」


「「「カンパーイっ!」」」

 

 シャンパンを入れて再び乾杯。

 4つのグラスが再び合わさって綺麗な音を奏でた。

 

 * * *

 

「──すみません、夜彦様。こちら本当はアルコール入りのものなんですにゃ」


 キスイの膝の上で気持ち良さそうに眠っている夜彦様の頭を撫でる。

 

「ザクロ。夜彦様を寝室にお運びして」


「はいっす。お任せください【カムニャ様】」


 私の命令にザクロが深い眠りに落ちた夜彦様を運んでいく。

 きっと明日の朝まで目は覚めない。

 それも当然、シャンパンには睡眠剤を少し混ぜていたのだから。

 

「さて」

 

 私が立つと、戻ってきたザクロとキスイが私の前で居ずまいを直す。

 

「【大妖怪ヤマタノオロチ】、九頭后くずごうザクロ。並びに【大妖怪白金はくきん九尾狐きゅうびのきつね】、九尾姫くびひめキスイ。この度の働き大変ご苦労でしたにゃ」


「「はっ!」」


「予想以上に夜彦様の信頼を勝ち得ることができたようですにゃ。今後の学校生活でも夜彦様のことを【正体がバレることのないように】細心の注意を払って、警護・補佐にあたるように」


「「はっ! この命に代えましても」」「っす!」

 

「良い返事にゃ。楽にしてけっこう」

 

 形式的なやり取りを終えると、ザクロとキスイのまとう空気も緩んだ。

 

「ところでどうだったかにゃ、実際に会ってみた夜彦様は」


 2人に訊くと、ザクロが満面の笑みを向けてきた。


「すっごく懐かしくって嬉しかったっす! 妖力はまだ薄かったっすけど、それでも天青様に似たニオイがして……あと優しいところとかもそっくりでしたっす!」


「私もおおむねザクロと同じ意見です」


 キスイはそれから顔をトロっととろけさせると、

 

「それにしても……ええ、ええ。それはもう素晴らしいのひと言です……! 若々しい肉体、みなぎる精力、そしてけがれなき初心ウブなお心……カムニャ様、私、夜彦様を食べてしまってもよろしくて?」

 

 ジュルリ、というヨダレの垂れる音に、欲情し切った顔。

 そこには清楚せいそ系美少女という化けの皮がはがれたキスイの素顔があった。


「うーわ、出たっすね。【初物はつもの喰いの化け狐】……!」


 ザクロが心底嫌そうな、軽蔑の視線をキスイへと向ける。


「我らが主君をおかす気っすか? 忠義ってものが無いんすか? マジでドン引きっすー」


「……あぁ? 黙ってなさい大蛇女。その辺の男の1人だって堕とせない凹凸おうとつの無い体つきだからって嫉妬かしら? みっともないわね」


「はぁ~? 違いますけどぉ? っていうかケンカ売ってんすか? 死にたいんすかぁ~? それならここで殺してやろうか化け狐?」


「アンタが私を? できるわけないでしょうこの脳筋風情が」


 バチリッ! と空気が爆ぜるような音がする。

 2人の尖った妖力がぶつかり合って、空間を歪ませているのだ。


「よーし決めたぁ……お前を殺して毛皮を剥いでやるっす。白金の毛並みはさぞかし高値が付くっしょぉ……!」


「ならこっちは返り討ちにして蛇革の財布を仕立てようかしら……量だけは腐るほどありそうだからきっと安値で買い叩かれるわね? ご愁傷しゅうしょう様」


 赤と黄の火花が散る。

 2人とも大妖怪なだけあって、妖力と妖力をぶつけ合うだけでこのありさまだ。

 まったくしょうがないにゃあ……。


「──いい加減にしにゃさい」


 瞬間、ピタリと空気が凍るのを感じる。

 ザクロとキスイは2人とも冷や汗を流しながら固まっていた。

 それもそのはず。

 はるか格上の私の妖力にあてられて、息を満足にすることすら難しい状態なのだから。

 でも、2人はそれでもまだにらみ合いをやめない。

 強情な部下たちだにゃ、まったく……。


「……また印度インドまで投げ飛ばされたいのかにゃ?」


「「それは本当に勘弁してくださいごめんなさい」」


 ボソリと脅したらようやく2人ともにらみ合うのをやめてくれた。

 本当に、この2人は600年前からなにも変わらないにゃあ……。


「では改めて、これからの2人の任務について再確認だにゃ」


 ザクロとキスイが2人そろって頷いた。

 

「ひとつ目、舞浜高専において夜彦様の実力の底上げのお手伝いをすることっす」


「そしてふたつ目、あらゆる不測の事態に備えて夜彦様を徹底的にお守りし、同時に将来のライバルとなるだろう人材を1人でも多く蹴落として夜彦様の視界から消し去ること、ですわ」


「その通りにゃ。私たちの最大の目標は夜彦様をこの世界最強のダンジョン攻略者へと育てあげること。それを努々ゆめゆめ忘れぬように」


「「はっ!」」


「そして最後に……2人には追加してもうひとつ使命を与えるにゃ」


 私は2人に1枚ずつ、写真を手渡した。


「これは……受験の時にダンジョンで会ったヤツっす……」


「ああ、確かにそう言われたら見覚えが。夜彦様に助けてもらっていた不届きな下等生物ゴミね。それでカムニャ様、コイツをどうしろと?」


「とりあえずは観察と警戒だけしてくれたらいいにゃ。でもいずれ──殺すにゃ」


 そう。コイツのことはいつか必ず殺す。

 ただ夜彦様と少なからず関わってしまっているようだったので……ブラン変更だ。

 

「この写真の女の名前は──土御門つちみかど有紗ありさ。コイツは我らが妖怪王天青様を討ったひとり、土御門有世ありよの子孫であり、我らの怨敵おんてきにゃ」


 2人の瞳に確固たる殺意が芽生えたのを感じる。

 それでいい。

 2人ともこの600年もの永き間に溜め込んだ復讐心をバネにするときがきたのだ。

 

「とうとう来たにゃ、復讐の時が……!」


 私たちは3人、静かにほくそ笑むのだった。




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ここまでお読みいただきありがとうございました。

いったん書き上がっている部分を一気に掲載しました。

いったん完結としますが需要があれば続きを書いていきたいなと思ってます。

もし性癖に刺さったら★評価よろしくお願いいたします~!

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最弱無能力者だった俺ですがどうやら妖怪になりつつあるようです。人間やめて最強のダンジョン攻略者を目指します。 浅見朝志(旧名:忍人参) @super-yasai-jin

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