第五膳『おでかけとちらし寿司』(お題)

 パチパチ


 焚火の火が爆ぜる。暗い森の中に爆ぜた火の粉が消えていく。


 ―― 森の外で眠るというのは、お父様から逃げた時以来かも。


 あの時は逃げるのに必死で、やみくもに走って、気がついたら、お師匠様に抱きかかえられていた。だから、森は怖いと思っていたけれど、今は違う。右には天蓬テンポウさん、左には捲簾ケンレンさん(女装をしたままだからちょっと不思議な感じがするけど)がいて、反対側にはさっき合流した金炉キンロさんと銀炉ギンロさんが座っている。

 天蓬テンポウさんは、野宿することを謝っていたけれど、私はこうやって、大勢の人と火を囲んでいることが嬉しかったりする。たわいないおしゃべり、木の音、鳥や虫の声。一つ一つがキラキラ輝いている。

 

「……、そういえば、さっき、水蓮は花畑をみて、チガシと言ったな」


 宝石をちりばめたような星空を見あげて、天蓬テンポウさんが思い出したように言い出した。

 

 捲簾ケンレンさんと合流し、しばらく行くと、一気に視界が開けた。そこは、赤、黄色、橙、青、いろんな色の花が所狭しと咲き誇ったお花畑。おなかもすいていたのもあるけど、菜の花に似た花を見つけて、思わずちらし寿司みたいだってつぶやいた。


 ―― 聞こえていないと思ったのに。


「なにを言いたかったのだ? ……やっぱり、俺についてくるのは嫌だったのか……」


 天蓬テンポウさんが、今度は自分のそばの土をいじりながら聞いた。いつもなら大きな体が少しだけ小さく見える。

 

「ちがうわ。ちらし寿司って言ったの。むかし読んだ本の中に出てきた食べ物。色とりどりの具材がご飯の上に乗っているの。あのお花畑、赤や黄色やいろんな色の花がちりばめられたような花畑だったでしょ。おなかもすいていたし、なんとなく思い出しただけだわ」


 ―― 本当は、前世で大好きだったおばあちゃんが作ってくれた花の押しずしを思い出したんだけどね。


「なんだ。食い物か。そうか」


 そう言うと、天蓬さんはポリポリと耳の後ろを掻いて目をつぶった。



◇◇


「おい、押すなよ」

「お前こそ押すなよ」


 私のそばで小声で言い争う声がして、目が覚めた。


「なあ、あの妖術具知ってるか? 美猴ビコウが作ったものだぞ」

「お前こそ、知っているか? あいつは美猴ビコウの弟子らしいぞ」


 目を開けると、金炉キンロさんと銀炉ギンロさんが、私の方をちらちらと見ながら数メートル先で言い争っている。私が起きたことがわかったのか、二人とも固まってしまって、すごく気まずい雰囲気……。

 どうしようかと思っていると、天蓬テンポウさんが水のはいった桶をもってきた。


「寝れたか? あちこち痛くないか?」

「あっ。おはよう。天蓬さん」


 ―― 寝起きに『おはよう』のあいさつをするのは、ずいぶんと久しぶりだわ。


 胸の奥がじんわりと温かくなる。天蓬さんも「おはよう」ともごもご言いながら、桶を私の前に置いた。


「顔と手と足をこの水で洗うといい」

「わざわざ汲んできてくれたの? ありがとう」

「ああ。構わぬ。朝飯にも水はいるからな」

「そうね。でも、嬉しいわ」

「そ、そうか……。それはよかった。おい!! 金炉キンロ銀炉ギンロ! なにぼぉっと立ってる。朝飯の用意を手伝え!」

「「はい! あるじ!! 」」


 天蓬さんが金炉キンロさんと銀炉ギンロさんの首根っこをひっぱって立ち去って行った。

 私は顔と手と足を洗い、ささっと髪を梳きなおして束ねる。

そして、ちょこっとだけ唇に紅をさしてから、みんながいるところに行った。火にかけられた鍋から湯気があがっている。鍋をのぞき込むと、干した鳥肉とご飯がぐつぐつと煮えている。


「わあ……おいしそう」


「そうか?」と天蓬さんが金色の目を細めながら、耳の後ろをぽりっと掻いた。


「水蓮殿は、料理が上手だとお聞きしました。わたしはそれを楽しみにしておりましたのに、主の命で今朝は見た目も地味な粥になってしまいました」


 今朝もばっちり女装を決めた捲簾ケンレンさんが、細長い奇麗な眉をひそめて言った。


「うるさい」と言いながら、天蓬さんが顎をくいっと上げる。それを合図に金炉キンロさんが鍋から干し肉の粥をお椀にすくうと私に手渡してくれた。


「ありがとう。私、朝ごはんを作ってもらったのって、本当に久しぶりなの。だから、すごくうれしい」


 私は嬉しい気持ちでいっぱいになったことを説明する。


「そうか。喜んでもらえて何より」


 それぞれがお椀を持つと、天蓬テンポウさんが「祝福を」と声をかけ、捲簾ケンレンさん達が復唱する。「祝福を」というのは朝ごはんの時に唱える『いただきます』。今日一日、神様の祝福があるようにと祈る祈りみたいなもの。


 天蓬テンポウさんが作る粥は、素朴で優しい味がした。確かに、見た目の華やかさもないし、味つけも塩と干し肉のうまみだけ。でも、私にとってはとてもとても美味しいものだった。

 

 食べ終わると、捲簾ケンレンさんが、晩御飯にはどうしても私の料理を食べたいと言い出した。


捲簾ケンレンさんは何が食べたいんですか?」

「なんでもいいです。いつも主に自慢ばかりされていたので……」

「じゃあ、天蓬テンポウさんは?」

 

「夕ご飯に何が食べたい?」と人に聞くのも久しぶりかもしれない。胸の奥がむず痒い。


「……ちらし寿司」

「?」

「ちらし寿司!」


 それが天蓬さんのリクエストだった。


 ―― うーん。そもそもちらし寿司っていろいろ種類があり過ぎるし、天蓬さんの言うちらし寿司って何なんだろう。そもそも、この世界、お寿司なんて概念あったかしら。まあ、ともかく見た目重視かなぁ。


 と、そんなわたしの胸中を知るはずもなく、天蓬さんの隣では、捲簾ケンレンさん達が期待に目を輝かせている。


 ―― そういえば、ちらし寿司を作るなんて何年ぶりだろう? そもそも具材は何を入れてたんだっけ?


 どうしていいかさっぱりわからない。私が困っていると、捲簾ケンレンさんが助け舟をだした。


「この先に、大きな街があります。そこでなら、食材を手配することができますから、金炉キンロ達と行ってきてください」

「あの……、天蓬テンポウさん達は?」

「わたしたちは留守番です」


 「天蓬テンポウさんと買いに行きたいんですけど」と言いかけて、ふと荷台を見る。時間制限があるけど、いい妖術具があったわ。


「……まとったものを見えなくする『怒られずにちょっとの間だけなんでもし放題妖具』っていうフード付きの上着があるわ。それをかぶっていってもだめ?」

「それなら、俺も一緒に行ける!」


 天蓬テンポウさんが牙のあたりの頬を緩ませて、嬉しそうに言った。




*****

『怒られずにちょっとの間だけなんでもし放題妖具』って、透明マントですが、時間制限があります。

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