第一膳『出会いとお茶漬け』(回答)

 ―― さて、いっちょやりますか!


私は、ふうっと大きく息を吐くと、出しっぱなしになっていた芽花椰菜ブロッコリーを細かく刻み始めた。トントントンと包丁がまな板をたたく軽い音がして、私の気持ちも楽しくなってくる。


 「ご飯が足りないから、芽花椰菜ブロッコリーでご飯粒マシマシ大作戦!!」


包丁を持ち上げて、大きく宣言!!


 ―― あっ! …… まずっ!!


の存在を思い出し、あわてて、を見るとはじっと目をつぶって座っている。私は小さく舌を出すと、大事にしまっておいた鳥の切れ端を細かく刻んだものを油をひいた鍋の中にいれた。


 ―― 次は、これを炒めてっと。


じゅっといい音がする。鳥の焼けるいい匂いが狭い部屋の中に漂う。


のほうを見ると、突き出た鼻がかすかにヒクヒクしているのがわかった。


 ―― 案外、見た目とは違うのかもね……。


芽花椰菜ブロッコリーをいれて、さらに炒める。ぱぱっと塩と胡椒を入れると、芽花椰菜ブロッコリーの緑色が鮮やかになる。そして、お櫃からご飯粒をひとつ残らずとりだしてさらに炒める。これでの出来上がりだ。


 ―― でも、にはこれでは物足りないと思うから、もう一工夫、一工夫。


私は別の小鍋に水をはって火にかけお出汁を作り始めた。お出汁の元となっているのはこの前作った顆粒のコンソメだ。鶏肉と野菜をじっくり煮て作るコンソメは材料集めも大変だし、手間もかかる。でも、労力以上の喜びをくれるものだと私は思っている。ちなみに、いま炒めている鳥の切れ端はその時の残り物だ。


 ―― コンソメスープ、お師匠様も喜んでくれたっけ。


でおにぎりを作って、それをじゅーじゅっと焼き付ける。


 ―― おこげって最強よねー!!


それを木のお椀にいれて、上から乾酪チーズをすりおろして、焼おにぎりが見えないくらいにいっぱいかけた。


「さあ、これで準備できたわ」


私はおにぎりのはいった木のお椀を二つの前に置いた。は不思議そうな顔をしてお椀を見ている。金色の目がきゅっと細くなっていく。


「お茶漬けって言わなかったか?」


 初めて聞く声はくぐもった低い声だった。


 ―― あら、ちゃんと喋れるじゃない?


「そうよ。お茶漬けよ。ここに、熱々のお出汁をかけまーす」

「出汁? それがか?」

「そうよ。水蓮すいれん様特製のお出汁よ!」


私はそう言うと、熱々のお出汁が入っている小鍋を傾けて、琥珀色のお出汁をお椀の中に注ぎ入れた。おにぎりの上に乗っていた乾酪チーズが踊りながら溶けていく。ふわっと白い湯気と乾酪チーズのいい香りが私との前を通り過ぎる。彼は、想像していたものと違っていたらしく、お椀と私を見比べている。


「さあ、熱いうちに召し上がれ」

「あ、ああ……」


体型からは想像できないような声を上げて、はスプーンを持ったままお椀を見ている。そんなを無視して、私は、焼きおにぎりにスプーンを入れた。芽花椰菜ブロッコリーの緑とご飯の白がチーズの黄色の中から現れる。


 ―― 見た目もばっちり! おいしそう!! マシマシ大作戦は彩りもアップして、上出来じゃない?


 おにぎりにチーズを絡める。私はお行儀悪くスプーンにふーふーと息を吹きかけてから、口の中に運ぶ。ハフハフっと熱い湯気を口の中から追い出して、モグモグっと咀嚼する。


 ―― うん。おいしい。やっぱ乾酪チーズをケチらなくてよかった。


 溶けた乾酪チーズが、塩味をひきたて味のアクセントになっていて、うまみを増している。


 ―― 久しぶりに誰かと食べるご飯だもの。今までは珍しく手に入った乾酪チーズをちまちま使っていたけれど、こういう日は後先考えずに使ってもいいよね?


 ご飯粒より少しだけシャキシャキする芽花椰菜ブロッコリーは食べ応えがあるし、栄養価だって高い。おそらく大食漢なの胃袋だって、乾酪チーズ芽花椰菜ブロッコリーで満足するはずだ。


 私は溶けた乾酪チーズだけを口の中に滑り込ませる。ぺろっとスプーンを舐めるのは悪い癖だとわかっているけど、ついついやってしまう。


 ―― 誰かと一緒に食べることに飢えていたのは私だったのかもしれない。


 ちょっとお行儀悪く、自分でも浮かれているなとわかるくらいニコニコしながら食べる私に対して、は黙ったまま、スプーンを口に運んでいく。


 ―― もっと、ガツガツ食べるかと思っていた。


はその見た目にも関わらず、とても優雅な仕草だ。私みたいにハフハフしないし、村の人みたいにかきこまない。でも、あっという間に食べ終えてしまい、カラのお椀をぐっと私の方に差し出した。


「おかわりってこと?」

「ああ。今度はもう少し味わって食べたいからな」

「いいわよ。でも、さっきみたいに熱々じゃないけどいい?」

「ああ、かまわない。むしろそのほうが助かる」


私は、カラのお椀を受け取ると、もう一杯お茶漬けを作って、に渡した。は、今度は、吟味するようにお椀をのぞき込み、スプーンで焼きおにぎりを崩した。


「この緑色のものがご飯粒マシマシ大作戦の芽花椰菜ブロッコリーか。たしかに、米の代替としてよく考えついたものだな。なかなかだな」

「やっぱ、聞いていたんだ……」


 私は恥ずかしくなって、お椀を持ち上げて自分の口元を隠した。がかすかに笑ったような気がする。


「あれだけ高らかに宣言していれば、な。まあ、俺は米だけよりも旨いと思うぞ」

「そう? なら、よかったぁ……」

「それから、乾酪チーズもいいが、自家製の出汁といったな。この出汁、透明な琥珀色をしているのが、奥深い。俺が知っている出汁とは全く違って、今までに味わったことがない味だ」

「このお出汁には、お肉とお野菜がぎゅっとつまっているのよ。作るのは大変なんだけど、一度作ったら、いろんな料理に使えるの」

「そうか。それはぜひ指南してほしいものだ」

「ふふ。高いわよ」

「構わん。金ならいくらでも払おう。この出汁にはそれだけの価値がある」


 おなかが膨れてきたのか、お茶漬けで体が温かくなってきたのか、は饒舌に話すようになった。誰かとおしゃべりするのも久しぶりだった私は、とても浮かれていた。だから、のことを聞かなきゃとは思ったのだけど、どうしても切り出せなかった。


 



 


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