石周忌

水野酒魚。

石周忌

 その小さな島には、伝統的な葬式が有る。

 新たな死者を囲んで、島の女たちはうたい踊る。死者への手向たむけの踊りは、夜を通して続く。その間、女たちは数人が代わる代わる、精一杯に着飾って華やかに踊り続ける。

 その間、男たちは交代で楽器を奏でながら、酒盛りをしている。

 余所者よそものである私は、男たちに混じってその光景を見学していた。

「あなたは運が良いよ。おとむらいは無礼講だから」

 既に赤ら顔の島人の一人が、私に酒を勧めながら笑う。

 私の感覚からすれば、葬式とは陰気で荘厳なものであったが、この島に住む人々にとってはそうでは無い。

 葬送の踊りが盛大で華やぐほど、死者は喜んで死者の国におもむくと、彼らは信じていた。

 踊り手の女たちは皆、沢山の宝石を身に着けている。それは、赤で有ったり青で有ったり、色もとりどりで、美しく磨かれたモノ、原石そのままのモノ、石の種類も様々だ。

 夜を明るく照らすための焚き木の炎で、女たちを彩る宝石が時折きらめく。その様は幻想的で、幽明ゆうめいの境に迷い込んだように美しい。

 彼女たちがこうして宝石を身に着けるのは、葬式の機会だけだと島人は教えてくれた。

「先生にだから見せてあげるけどねぇ。この島のお弔いの事は余所者には内緒なんだよぉ」

 私が民俗学的好奇心から、この島に滞在して早半年。島外の者に公言しないと言う約束で、ようやく『お弔い』に参加させて貰えた。それが、こんなに絢爛けんらんな葬送だったとは。この島を、フィールドワークの対象に選んで、本当に良かった。

 一晩中踊り明かして、それから死者は男であれば島の北側に有る墓地へ埋葬される。女であれば島の南側にある墓地へ。長年連れ添った夫婦であっても、同じ墓地に埋葬することは無い。

 夜の華やかさとは一転、野辺送のべおくりはしめやかに行われた。

 今回の死者は老年の男であった。葬送のための黄色いはたを連ね、葬列は北の墓地に向かって、弔いの唄を低く謡いながら続いている。

 私はそれを、滞在先の軒先で眺めた。

「今回はお爺さんだったから。一年したら石周忌いつしゆうきだよぉ」

 滞在先の刀自とじは葬列を見送りながら、祈りを捧げている。私は刀自に『石周忌』とは何かと訊ねた。

「ああ、先生は知らっしゃらないねぇ。一年したらねぇ。お墓を開けるのさぁ。それで本当にお弔いはおしまい」

 この島の習慣では、遺体は土葬にすると聞いたのだが、墓を開けるとはどう言うことなのだろうか?

 お爺さんだったから。と刀自は言った。では死者が女だった場合はどうなるのか。

「先生は、お弔いの最後見てみてぇの?」

 首をかしげる刀自の問いに、私ははいと答えた。


 一年後。私はまたしても、この島の土を踏んでいた。

 一年ぶりに顔を合わせる島人たちは、みな私を歓待してくれる。

 年嵩としかさのご婦人などは「先生、家の娘を嫁コにしちゃくれればいいのに」などと、言ってくれる者までいた。

 それを丁重に断って、私はかつて長逗留ながとうりゆうしていた島人の家におもむいた。

 その家の刀自はにこやかに、久々に顔を見せた私を迎えてくれる。

「よお帰って来なしゃったねぇ。先生。石周忌は明明後日の夜だよぉ」

 皺の多い陽に焼けた刀自の顔は、以前と同じように健康そのもので、私は安堵する。

 積もる話など交わしつつ、私はその夜が来るのを待った。


『石周忌』の夜。

 島人たちは列を作って、墓地に向かう。先頭は供物を手にした、『石周忌』を迎えた死者の縁者。その後に島長しまおさ、年配者、若輩者の順。ちなみに、子供は『石周忌』に参加できない決まりになっていた。

 私は客人として、島長の次の順番で彼らに付き従う。

 墓地に着くと島人は祝詞のりとを捧げ、簡単な儀式を行ってから、真新しい墓を暴き始めた。

 土を掘り返し、泥だらけの棺桶を引き上げる。それは丁度一年前に、ここに埋められたおきなのものだ。

 また、祝詞を捧げ、島人の代表である島長が棺桶を止めている木釘を引き抜いた。

 死者の縁者たちが、黙って棺桶の蓋を開ける。

 一年も経っているのだ。遺体は腐って酷い腐臭がするだろうと身構えていたが、掘り返された土の香り以外は鼻に届いてこない。

 死者の縁者たちはうやうやしく、棺桶から何かを取り出した。島人たちが持っている明かりに、それは紅く煌めいた。

 ことり、ことりと拳に収まる程度の大きさから、砂粒のように小さなモノまで、紅い宝石が棺桶から現れる。

 年老いて亡くなった翁の遺体は、全て紅い宝石と化していた。

「ほうほう。こりゃ、良い赤だっしゃる。○○さんは立派な石様いしさまにならしゃった」

 島長は翁の遺体で有った紅い宝石を、松明にかざして断言する。

 私は驚きと興奮で声も出ない。ただただ、目の前で起こっている出来事を、見つめるばかりだ。

「大きいのとおばかりは○○家の皆で分けっしゃい。残りはわしらがご相伴じゃぁ」

 島人たちは、手に手を取って喜び合う。翁の遺体で有った宝石を受け取って、うれしそうに見せ合っている。

「先生。先生は余所者じゃから、石様のご相伴は上げしゃれねぇ。その代わり、この島のこと、何でも教えて上げしゃるよぉ」

 私が礼を述べると、島長は、いかにも好々爺こうこうやと言った笑みを浮かべて、私を見上げる。

 墓地での儀式は、宝石を分け合って終了となる。島の集会所で『石周忌』の宴会が開かれるというので、私はご相伴に預かった。

宴会の席で、島長はこの島の風習について語って聞かせてくれた。

 この島で男が死ぬ。その遺体を北の墓地に葬ると、遺体は一年後に美しい宝石となるのだ、と、島長は言う。

 遺体が、どんな色の宝石になるかは解らぬ。棺桶を開けてみて、初めて確認できる。

 最上は青い宝石だと言われているらしいが、今回翁が変わった紅い宝石も吉兆だと言う。

「なで、死んだ人が石様にならっしゃるかは解らん。男は石様にならっしゃる。女は土様にならっしゃる。でも男と女を同じ場所に埋めるとどちらも土様にならっしゃる」

 そのために男と女の墓地は島の二カ所に分かれているのだと。

「お弔いの時、女たちが着るのは皆石様だぁ。女は石様を着て踊るじゃぁ」

 ではあの、女たちを華やかに彩った宝石は皆──一族の男たちの、なれの、果て。

 私は密かな感動とともに、どうしてこの小さな島の女たちがあんなに大量の宝石を所持していたのか、納得した。

 男たちは死して、美しい財産となる。女たちは死して、豊かな土となる。どちらも、一族の者たちを長らえさせ、その暮らしを支えるために。

 この島の土は特別なのだ。人智じんちを超えた何かがこの島の土を支配しているのだ。

「土様を畑さぁ撒くと、よう実らっしゃる。石様は余所者が高い高い金で買ってくら。お陰でわしらは飢えたことがねぇ」

 先生だから、わしらの島に来てうれしいと言っていた先生だからこの事を教えるんだ。島長はそう言って、島で作られた強い酒を舐める。

 私はその日、酒を勧められるままに、夜が更けるまで呑み続けた。


 島の人々と私は約定を交わした。

『石周忌』のことを『石様』のことを、決して島外で口外しないこと、と。

 遺体が宝石に変わると知られれば、この島によこしまな者がやって来るだろう。

 あの島は蹂躙じゆうりんされ、『石周忌』の秘密も学問の名の下に暴かれてしまうに違いない。

 私はあの島の島人たちが好きだ。彼らの習俗をねじ曲げてけがすようなことはしたくない。

 それ故に私はあの島の名を記さない。

 ただあの日の感動と喜びを残すためだけに、この手記を記す。

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石周忌 水野酒魚。 @m_sakena669

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