第7話 被疑者

「なあ、裁判所の傍聴席に怪しい奴いないかなあ」

 剛太郎は凛に思いつきだけど断ったうえで、メールを送った。

 捜査本部は手詰まりで、どんな情報でも欲しいはずだった。


 そう言いながらも、捜査の連中は部外者からの口出しを極端に嫌がる。

 剛太郎は、今までも捜査課の連中に、嫌な思いをさせられた経験がある。


 テレビドラマの影響は多いと思う、最近はそれでもなくなったが、刑事だからと言って制服を着た地域課が敬礼するシーンが、多すぎた。


 どう間違えたか自分たちが偉いと思っているバカもいる。

 ま、そんな愚痴は置いておいても、情報の与え方も失敗すると握りつぶされる可能性もないとは言えないのだ。


 凛が捜査本部の中でいい扱いを受けているとは思えない。それでも、部外者の剛太郎よりは上層部に届くだろうと思う。


 翌日、勤務が終わり自席に戻った剛太郎は机の上に、凛からのメモを見つけた。

「さんきゅ、捜査本部は傍聴者をしらみつぶしにすることを決めた」

 自分の思いつきが採用されたことよりも、被害者たちの無念が晴れれば、うれしいと思う。


 といって、思った以上に簡単なことではない。なぜなら傍聴は、誰でもいつでも可能なのだ。氏名を控えているわけではない。


 捜査本部は京都府及び兵庫県の日本海側に面する裁判所で傍聴者の確認を行うことにした。兵庫県警に対しても合同捜査の申し入れを行うことになったらしい。


 結果は意外と早く表れた。傍聴人グループを当たっていくと彼らの中でも同様のことを思いついていたものがいたのだ。そして重要参考人が浮かびあがってきた。


 井手口次郎、三十七歳、かつては高校の教師だったが、職場の同僚や生徒との人間関係に悩み、退職。親の立てたマンションの管理人をして生活をしている。


 しかしながら物証は全くない、せめて家宅捜索でもできれば何か手掛かりは得られる可能性はあるのだが、現状では令状が取れるわけもなかった。


 捜査本部は冒険に出ることにした。徹底的に彼の行動を追った。

 ぼろは意外なところで出た、ショッピングモールのエスカレーターで盗撮をしたと警備員に取り押さえられたのだ。


 いわば向こうが自爆してくれた形だった。

 家宅捜査を行ったところ、豊岡の事件の被害者の映像が残っていたのだ。


「さて、この画像は何か説明してもらいましょうか」

 一課の刑事、坂本が調べに当たることになった。


「しらない、そんなもの見たことがない」

「まあいいよ、まずは盗撮の方から行こうか」


 北丹署の三階、捜査課の奥にある取調室、中庭が見える窓には鉄格子。

 その窓を背にして、椅子に座らされた、井手口の腰には捕縄、その先端は座っている椅子に結わえられている。


 机をはさんで、目の前には坂本、入り口扉のそばには凛が座っている。

 手錠はされていないものの、井手口にとっては威圧感満点の配置だろう。


 坂本は、制服のスカートの中が写された写真を、井手口の目の前に押しやった。

 彼の家から押収したパソコンに保存されたものだ、ご丁寧にも顔も移されている。


 被害者の特定が容易になることを、あえてしてくれている。

 警察にとっては仕事が楽に進むことになる。


「まだまだほかにもあるからな、また逮捕してやる、勾留期間はいくらでもあるから、のんびり行こうか」

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