第三膳 答え『シチューと苦手料理』
タマはそれから慎重に、おっかなびっくり、スプーンの先をシチューにひたした……
わたしは苦手料理を克服した若かりし頃の修行時代を思い出す。
🍷🍷🍷
「あらあら? もう果てたのかしら、関川くん?」
わたしは師匠・
青息吐息で床に膝をつく。
「も、もうこれ以上、できません」
「ふぅん? 始めはイキりたった荒々しい雄だったのに、この程度でフニャフニャでヤワな役立たずになってしまったようね? この白濁液も薄くて美味しくないわ」
わたしは羞恥心に身を震わせ、ひとり静かに嗚咽を漏らした。
白濁液、わたしが丹精込めて作ったシチューを小馬鹿にされてしまうなんて!
この夜、悔しさのあまり一睡もできずに枕を濡らした。
翌朝、座禅を組んで瞑想をしたことで少し頭がスッキリした。
そこで、失敗の原因を考える。
わたしはシチューが苦手料理ではあるが、それも牛乳嫌いというところにある。
それ故に、安易に豆乳を代替措置にしてしまったことが、
苦手だからといって「食材から逃げるな!」と言いたかったのだと思う。
ただ考えていても埒が明かない。
思い立ったが吉日、即行動だ!
誰もいない厨房に立ち、調理を開始する。
まずは具材である厚切りベーコン、玉ねぎ、じゃがいも、しめじ、ほうれん草を程よい大きさに切る。
次にクリームシチューの基本、ベシャメルソースを作る。
カロリーを気にせずたっぷりとバターを溶かしてコクを出す。
薄力粉と牛乳を加え、ナツメグを入れてあげることがポイントだ。
ナツメグには乳製品特有の臭みをスッキリとさせてくれる効果がある。
そして、具材を塩コショウで炒め、白ワインのアルコールを飛ばして炒めることも大事だ。
さらに味わいに深みが増す。
水を加えコトコトと煮込み、アク取りという細かい作業も大事だ。
そうして火が通ったら、ベシャメルソースを加え、最後にパルミジャーノ・レッジャーノをすりおろし完成だ。
「……へぇ? 良い香りがすると思ったら関川くんだったのね?」
師弟関係を抜きに見ると、黒髪ロングの中性的な顔立ちをしたスレンダーな体型、頭がどこか腐っているがそれ以上に知的さを醸し出す黒縁メガネが光る。
実に蠱惑的な年齢不詳の和風美女である。
「ふふ、若いだけあって回復力はすごいわね。……あら? 見た目は何の変哲もないホワイトシチュー、でも、若いエキスに満ちた濃厚さで美味しそうじゃない」
わたしが無言で頷き、食べるように促した。
「こ、これは! 一見何の変哲もないシチューなのに、複雑な旨味が口の中で発射されたかのよう! まるで愛し合う麗しい男たちが幸せの絶頂を迎えたかのような濃厚で精力ある味わい! ああ、まさに貴腐人を魅了し迸る白い愛の結晶のようなめくるめく甘い世界がわたしの中に広がっていく!」
まるで絶頂に達したかのように恍惚な表情で身悶える。
わたしはその痴態を横目にしたり顔でニヤリと笑う。
厚切りベーコン、牛乳臭さを吹き飛ばす程の凝縮された肉の旨味だ。
パルミジャーノ・レッジャーノ、イタリアチーズの王であるハードタイプのチーズだ。
これらが入れば、乳臭いお子様味も極上の大人の味わいに化ける。
「ふ、ふふ。合格よ、関川くん。これで免許皆伝ね?」
「ありがとうございます、師匠!」
わたしはこの日からプロの料理人としての道を歩み始めた。
🍷🍷🍷
テーブルの目の前でタマが満面の笑みでシチューを頬張る。
わたしの心配も杞憂に、気に入ってくれたようだ。
これだけで、料理人冥利に尽きるというものだ。
料理に手間暇を惜しまない。
これが料理人の心意気というものだろう。
そう、今思えば師匠・
しかし、ムー大陸が浮上したあの日以来、全てが変わってしまったのだ。
🍷🍷🍷
変態の館の地下深く、ここで秘密の特殊部隊が整列していた。
王子様風のイケメン青年とお姫様風の美少年がツーマンセルとなった、計1ダースほどの最精鋭部隊だ。
「諸君! 長らく待たせたな? 我らがウンバチから神託を賜った。聖戦の時間だ!」
かつての偉大な料理人の現在の姿、過激派組織を束ねる教祖と変わり果てていた。
神の如く天空に浮かぶムー大陸を目指す、一糸乱れぬ行軍が始まった。
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