第45話 ノーカウントパンチ

 わたしは後ろ手に拘束されていた。見上げた先には黄色い翼竜の彫刻がある。その足元の玉座に、痩せ気味のおじさんが座っていた。


 坊ちゃんのお父さん――屋敷の主人だ。この屋敷に初めて来たとき会って以来、二度目の謁見になる。


 翼竜と会った次の日の朝に、わたしは拘束された。帰ってすぐは黒ドレスさんの意識がなかったのもあり、坊ちゃんの一言でわたしは難を逃れたのだが、翌日の朝には黒ドレスさんが目覚めたらしい。


 その黒ドレスさんはご主人から少し離れたところで、車いすに乗ってこちらを見ている。体中に包帯が巻かれ、とても痛々しい。


 他に謁見の間にいるのは、わたしを見張る兵士さんが二人だけだ。


 不細工な猫の鳴き声のような音が聞こえて、後ろで扉が開いたのがわかった。


「――――!」


 坊ちゃんの声だ。振り向こうとすると、右側にいた兵士さんに肩を掴まれ、正面を向かされた。


 左側にいた兵士さんは後ろへと向かう。坊ちゃんが大きな声で叫んでいるので、きっと兵士さんが止めにいったのだろう。


(このあと、わたしはどうなるんだろう?)


 その判断を下すのは、きっとご主人だ。黒ドレスさんに決められるのよりはマシだけれど、正直いい予感はしない。


 地下の牢屋に入れられるだけで、わたしは無垢なメイドさんと同じ運命を辿るだろう。もしかしたら、猫目メイドさんを傷つけたのも、わたしのせいにされてるかもしれない。


(そういえば、猫目メイドさんは大丈夫だったかな……?)


 正直、あの傷では助かるとは思えない。助かったとしても、すぐに復帰することはできないだろう。姫ちゃんには別のナースメイドがつくのだろうか。


(姫ちゃんはしっかりしてそうだから、それでも大丈夫なのかな?)


 わたしが心配することじゃないのかもしれない。それよりもお人形ちゃんの方が心配だ。わたしが捕まったり追い出されたりしたら、坊ちゃんだけでなく、お人形ちゃんも担当するナースメイドがいなくなってしまう。


 坊ちゃんは一人でも大丈夫だと思うし、他のナースメイドさんがついてもうまくやれると思う。けれどお人形ちゃんは無垢なメイドさんという、心通わせたナースメイドを失っている。さらにわたしが離れたとなると、気持ちへの負担が大きすぎる。


(どうにかして許してもらいたいけど、それはもう坊ちゃん次第かな)


 坊ちゃんはずっと、大きな声で何かを訴えている。きっとわたしは悪くないと、言ってくれているのだ。


(どんな結果になっても、きっとわたしは坊ちゃんに感謝するんだろうな)



~~~~~~~~~~~~~~~



 結局わたしは許されなかったらしい。拘束は解かれてはいるけれど、木製の格子で囲われた馬車に乗せられている。


 幌で覆われているので、どこを走っているのかはわからない。荷物は全て一緒に馬車に乗っていた。服は苔色のワンピースのままだけれど、アタッシュケースにはジャージが入っている。


 拘束されてから、坊ちゃんの顔を見る機会すら与えられなかった。きっともう二度と、坊ちゃんに会うことはできないのだろう。


(荷物を持たせてくれたってことは、最悪の事態は避けれたってことだと思うんだけど……)


 それでも涙が止まらなった。一人でいるのが、こんなに寂しいと思ったのは初めてかもしれない。


 この後わたしはどうなるのだろう。すぐに殺されないにせよ、あまりいい扱いを受けれるとは思えない。アニメーションが珍しい物みたいだから、それをひたすら作らされる奴隷みたいな扱いを受ける可能性もある。


 手紙に書かれていた魔女という言葉が頭をよぎった。その言葉から連想されるものに、あまりいい印象はない。もしわたしが魔女だと思われているのであれば、魔女狩りのように見せしめまがいのことをされるかもしれない。


(やめよう。自分のことを考えても、嫌なことばっか頭に浮かぶ)


 坊ちゃんたちのことを思うと、寂しくはあっても怖くはない。


 どんなナースメイドが坊ちゃんとお人形ちゃんにつくかはわからないけれど、坊ちゃんがいれば、お人形ちゃんも大丈夫だと思う。あと坊ちゃんがお兄さんに負けることはないだろう。きっと、坊ちゃんが立派な領主になる。


 わたしは坊ちゃんを盲目的に信じた。今のわたしにできることは、それしかない。


(坊ちゃんが偉くなるまで生き残れば、わたしを助けてくれるかな?)


 そう思うと、少しだけ寂しさがやわらいだ気がした。


 小刻みに揺れていた馬車が止まった。目的地に着いたのだろうか。


 馬の鳴き声や兵士の悲鳴のようなものが聞こえた気がしたけれど、サイレンを低くしたような音がそれらを全てかき消した。


 強い風に幌がなびいて、馬車の後ろ側から外が見える。そこには背中を見せて逃げていく兵士の姿があった。


(さっきの鳴き声って……)


 思わず見上げた先には、幌がかかっていてその先は見えない。その幌からわたしの腕ほどもある大きな爪が飛び出してきた。その爪は幌を切り裂きながら、わたしを囲む格子を壊していく。


 開けた視界に、黄色の翼竜の姿が見えた。その頭の後ろには坊ちゃんが座っている。


 格子に空いた穴からわたしが外に出ると、翼竜は頭を下げて坊ちゃんを降ろした。坊ちゃんはわたしに向かって駆け寄ってくる。


 わたしも坊ちゃんに向かって駆け寄り――


 思いっきりほっぺたを引っぱたいた。


「なんでこんなこと来たの……! お屋敷でやらなきゃいけないことが……あるのに……! わたしなんか放っとけば……」


 涙がボロボロと零れて止まらない。坊ちゃんが助けに来てくれたのは嬉しかった。けれどそれに甘えてはいけないのだ。


 わたしを連れて帰れば、坊ちゃんは黒ドレスさんやご主人に責められるだろう。だからといって、外に出る道を選んでほしくない。ちゃんとお人形ちゃんや他の子を守って、坊ちゃんは立派な領主になるべきなのだ。


 頬をさする坊ちゃんは目を伏していた。坊ちゃんは賢いから、きっとわたしが叩いた理由はわかっている。わかっていなくて、それでわたしを嫌いになっても、それはそれで構わない。それで坊ちゃんが先に進めるのなら、本望だ。


(いや――)


 わたしは坊ちゃんの頬に手を当て、上を向かせると、そっと口づけをした。


 本当にちょっと触れただけだ。すぐに坊ちゃんに突き飛ばされて、唇は離れた。


 坊ちゃんは真っ赤になって首を横に振っている。坊ちゃんが慌ててくれているおかげか、わたしは意外にも落ち着いていた。


「大丈夫……それはノーカウントだから」


 本当に嫌われてしまったかもしれないけれど、わたしが愛していたということだけは伝えたかった。


 わたしは坊ちゃんを抱き寄せた。


「偉くなったら……わたしを迎えに来てね」


 わたしは手を離し、坊ちゃんの背中を押して翼竜のもとへと歩かせた。わたしがついてこないとわかったのか、坊ちゃんはそのまま振り向かず、翼竜の頭にまたがる。


 顔を上げた坊ちゃんの目は真っ赤だった。こらえているのか、涙が溜まっているけれど、流れてはいない。坊ちゃんはポケットから何を取り出し、わたしに向かって投げた。


 わたしの手に収まったそれは、光る玉だった。洞窟のなかで見たものよりは小さくて、ピンポン玉くらいの大きさだ。映写機の電球の代わりに使えるかもしれない。


「ありがとう……がんばってね」


 坊ちゃんは大きな声で何か言うと、翼竜を飛ばせた。


 わたしはその姿が見えなくなるまで、ずっと空を眺めていた。

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花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~ もさく ごろう @namisen

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