会話劇 予備校帰りの男女

@pa2note

第1話 予備校帰りの二人。

22時、自習室の退出時間。


席を立ち出口へ向かおうとしたところに高井さんが声をかける。


「あ、徳井くん待って、わたしも帰る」

「おう」


首だけで振り返り同意し、ディバックのチャックを閉めながらやってきた高井さんの先を進んで予備校を出る。


「さっぶ」

「寒いねー」


大晦日。受験勉強。


「あと3週間しかないね」

「うん、やばい」


自転車置き場の方へ回ると、管理人が裏口を施錠して帰るところ。


「大晦日なのに俺らのために残ってたのか」

「そうみたい」


バイクに乗る管理人さんとすれ違いざまに会釈、自分たちは自転車が2台残っている場所へ向かう。


カチャっと自転車の鍵を差しこんで、手袋をつける。


「えー!」

「どおした?」


高井さんが大きい声を出すので手袋を引っ張る手が止まる。


「鍵がない」

「落とした?」


暗い中、手探りで探している。


「あースマホもない」

「忘れた?」


予備校の建物を指して言う。


「…自習室?」

「うわっ。とりあえず電話かけてみよう」


手袋をカバンに突っ込みスマホを出す。

ぷっぷっぷっぷっ。ぷるるるる、ぷるるるる


「ふるえてる?」

「待って。…ないね。やっぱり自習室だわ」


スマホをポケットにもどし、自転車を押して高井さんのそばに来た。


「管理人さん帰ったね、今」

「どうしよう」


自転車のサドルに両手を置いて困っている高井さん。


「明日、元日は昼からだったかな」

「明日までスマホが使えない」


落胆する高井さん、肩が落ちている。


「あけおめできないね」

「ほんとだ。わたしだけ」


「どうする?」

「開けてもらうわけにもいかないね、さすがに」


「自転車の鍵も」

「そうだ、乗れない」


サドルをガタガタ揺らす高井さん。


「徳井くん、電話かけさせてくれる?」

「ん、どうぞ」


高井さんは家に電話をかけ、迎えを頼もうというのだ。そしてえーとかあーとか、最後はわかったと言って電話を終わらせた。


「ありがとう。お酒飲んでた、車ムリって。それで学校の同級生の電話って言ったら、一緒に帰っておいでって」

「ふっ。まぁ一緒の方向だし」


「いいの?」

「ああ、もちろん」


「でもこれ二人乗りできないからね」

「そっか、やっぱり悪いから先に帰って。わたし歩いて帰るから」


「真っ暗なところもあるし、俺も怖いし」

「うん、怖いねあの道」


「送って」

「わたしが!」


二人のかばんは自転車のかご。左を高井さんが歩く。


「受験生の大晦日はこんなんか」

「そうよね。早く受験が終わってほしいけど」


「けど?」

「受からなかったらって思うと」


声のトーンが自信なさげに落ちる。


「受からない時のことは考えないことだよ」

「ふふ、そうだね。受かることだけ考えたほうがいいよね」


「受かった時のことも考えてないけど」

「え、そうなの?」


高井さんがこっちを見る。


「妄想に時間がとられて勉強できなくなる」

「受かった後の?」


「そう。でも大学生活がよくわからん」

「サークル入って、バイトして旅行して」


「自由だーって感じ?」

「この一年、勉強以外我慢したから」


「あと、彼女とデートしたい」

「ふふ、できるんじゃない? 徳井君なら」


「そう? そう思う?」

「え? ええそうね…」


「もてる男はつらいねぇ」

「そうだね、ぇぇ」


コンビニの前を通りかかる。


「肉まん、食べよう、そこで」

「ん? 財布もないよ、わたし」


「送ってもらうお礼だよ」

「え、なんか悪いよ」


「もてる男だから俺は。女子にやさしいんだ」

「お金でさそうのは違うと思うけど」


「いらないの?」

「空腹なのに横で食べられたら殺意がめばえるわ」


「食べかけをハイってしてもイヤでしょ」

「その時の葛藤が目に浮かんじゃう」


コンビニの客は僕らだけ。


「カレーまんでいい?」

「いやでしょ」


「ピザまんにする?」

「あんまんでお願いします」


客のいないコンビニは自由だ。


「肉まんじゃないんだ」

「息がくさくなっちゃうじゃない?」


レジ横に年越しそばカップラーメンがある。


「もうあれだ、これ食べるか、年越しそば」

「却下」


「今日だけ年越しまん作れば売れたのに」

「難関国立大学に受かりそうでも商才はなさそうね」


お茶とナゲットも追加して、スマホ決済で済ます。


「知らなかった。自転車押しながらカレーまん食べれん」

「わたしは両手があいてるけど」


「先に食べていいよ」

「食べさせてあげよっか?」


「上手にできる?」

「動物園でウサギに菜っ葉あげたことがあるからそれなりには」


「じゃぁお願い。かぶりつく」

「どこに納得したのよ」


左腕に袋をかけ、カレーまんを準備してくれる。


「うん、うまい。カレーはなんでもうまい」

「いいにおい。カレーが食べたくなるね」


「おお、中のほうアツアツ、からぁ」

「辛いんだ、これ」


歩く速度が遅くなる。


「急いで食べると汗が噴き出すから」

「辛いの大好き」


高井さんがカレーまんの中をみて言う。


「ちょっと待って、辛さが引くまで」

「オッケー、ナゲットが冷めないうちにね」


「インドカレー、ナンで食べるやつ食べたことない」

「手でちぎって食べるのよね、わたしも食べてみたい」


「試験終わったら絶対食べる」

「後のこと考えないんじゃないの?」


「大丈夫、食べているところは妄想してない」

「ふふ。ナンってカレーにつけるの?カレーをのせるの?」


「あれはのせるんだ。そしてパクッて一口で」

「ひとくちで、パク」


カレーまんにかじりつく高井さん。


「食べた? カレーまん」

「はっ! ごめん、食べた」


手に持つカレーまんを凝視する高井さん。


「間接チューだ」

「ええぇ、それをいっちゃう」


「恥ずかしがる?」

「いや、まぁ意識しちゃうとね」


「だから開き直ろう。ちょうだい」

「いいの?」


「高井さんはイヤ?」

「イヤじゃないけど、うう、はずい」


差し出すカレーまんにかじりつく。


「うん、うまい」

「そうね、確かにおいしかった」


「おいしかった? 残りはどうぞ、食べたいでしょ?」

「いいの?」


「もうふた口もないし。次はナゲットだ」

「ふふ、いただきます」


次のナゲットを取り出す。


「なかよく、3個と2個ね」

「なんとなくわかるし、それで」


楊枝にさしてくれる高井さん。交互に食べる。


「以心伝心? いちゃいちゃカップルだね」

「うーん、そんな雰囲気でてるのかなぁ」


「だからそのお茶も一緒に飲もう、開けて」

「はい」


一本だけ買ったペットボトルを取り出す。


「君に先に飲むか後に飲むか決めさせてあげる」

「うわっ、飲めない」


蓋を開けたところで手が止まる高井さん。


「ふつうの彼氏彼女はどうなんだろう」

「彼女がはいって差し出すんじゃない? はい」


立ち止まってペットボトルを受け取る。


「うん、うまい。はい」

「ふふ、献身的だわ、わたし」


「いい彼女だ」

「あら、褒められた」


「彼氏できそう?」

「そうね、今年中にできるかも」


そしてお茶を少し飲んだ高井さん。


「試験終わったらカレー食べに行こうか」

「合格したらデートするの?」


「バイトしてお金貯めて旅行だ」

「いいね」


左手で高井さんの右腕を引く。


「初めてのキスはカレー味」

「肉まんじゃなくてよかったわ」


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