第44話 竜人

 真っ二つに両断されたソルダートの操縦槽から、いかにも伯爵といった男が両手を上げて私の前に姿を現す。


「降参だ。剣で戦うなんて野蛮。文明人なら言葉で解決すべきだ。争いが産むのは悲劇だけ。私は、そのような無益な血を流すことは望まない。話し合うじゃないか。テロリストくん」


「うるさい黙れ、関係のない子供を手に掛けようとしたお前と交わす言葉は、何もないッ!!!」


「あっ、ちょっと……待て待て。何か誤解があるようだ。……えーっと……欲しいのは金か? 爵位か? 領地か? その三つが欲しいというのなら、致し方がない。検討しよう」


「あなたねぇ。今の状況、本当に理解してる? あんたは、決闘に敗北した。ならば、大人しくお縄につきなさい。罪人」


 よほど悔しかったのかロード・シュタインは狂犬のように歯茎を剥き出しにしてまくし立てた。


「調子に乗るなよ馬鹿女! 私が負けたのはこの機兵がポンコツの欠陥品だったから! 君に負けた訳じゃないんだよね……勘違いしてんじゃねぇよ。殺すぞ。ガキ」


 もはや貴族としての体裁を装うことも不可能なほど、怒り心頭になっているようだ。だが、私が問いたいのは機兵の性能についてではない。


「あんたの剣技。あの技、どこで覚えたの」

「ああ、アレね。聖王国の御前試合で見て覚えただけだよ。それが? まあ、君に負ける程度のゴミ技だったけどさぁ。それがぁ?」


「あの技はね。本来は剣に一生を捧げた者が、その人生の全てを費やし習得できる奥義。それをアンタ、ひと目で覚えたと言ったわね」


「ああ、だから、それがなにか? 天才の私にとっては技をトレースするのなんて楽勝だったよ」


 人間には一目で技を習得するなんて芸当は不可能。だが竜人であればそれが可能。


「語るに落ちたわね。……それって、自分が竜人って白状しているも同然だって気づいている?」


 ……だが、それが可能であることが人間より竜人が優れていることを意味しない。……なぜなら、この男は私に敗北しているのだから。


 竜人は人よりも優れた知性と力を持つ。人が何十年もかけて習得する奥義も一目で再現する事するできる。


(だからこそ、技に対する敬意が無く、その真の力を引き出せない)


 技に込められた心も、迫力も、何も無い。それは、人の築いてきた技術を軽んじているから。それ以外の種族を下等な存在だと決めつけているから。


「フフフフフフ。ハハハハハハ。竜人?……この私が? ……ありえない。……僕は、……俺は、我は、私は……違う……ロード・シュタイン伯爵だ。気でも触れたか、女」


「残念だったわね。私の黒竜紋が光っている。それが、アンタが竜人だって証拠よ」


 私に刻まれた黒竜紋。相対する存在が本気の殺意を向けた時に淡く光る。いかに、竜人が強力な偽装を施していたとしても、それを隠すことはできない。


「ちぃ……黒竜騎士か。――ここであったが百年目。やはりその黒竜紋だけは面倒だ。優先事項変更。まずは、君を殺したあとに黒竜騎士を一人一人、大切な者達を人質に取り、殺す」


 ロード・シュタインの背中に翼が。そして、そのまま空へと飛ぶ。


「高貴なる私の真の姿を拝謁できる名誉に浴して死ぬが良い」


 空高く舞い上がり灼熱のブレスで一方的に攻撃。アルマの装甲なら耐えられないほどの熱ではない。


(だけどそれは、完全展開で全身が守られているから。装甲を解除すれば……)


 残された魔力残量は半分以下。生身であのブレスをくらえば火傷では済まない。


(さすがに、これ以上挑発にのってくれるとも思えない)


「機兵など、弱くて下等なニンゲンの作ったオモチャ。そもそも、存在として優れている竜にとっては、不要な物。……機兵は地べたを這いずり回るだけのゴミ。竜のように、自由に空を舞える竜人にとっては、何の脅威にもなりませんよ」


 ロード・シュタインは挑発的な言動を繰り返すが、アルマの間合いに入ることはない。


「哀れなものです。どんなに努力したところで、人は決して自由に飛ぶことはできない。弱き種族。やはり、私のような優れた存在が支配すべきなのでしょうね」


 空中を移動しながらの灼熱のブレス。――魔力残量は三分の一を切った。このままでは、ジリ貧だ。


「リュー、何か策はある?」

『有るには有るゼ。だが一発勝負の賭けだ。失敗すれば死ぬ。それでもヤルか?』

「言うまでもないわ、リュー手順を」


『ブレスの前に、酸素を取り込むため、一瞬動きが止まる。狙うとしたらそこだ』

「……なるほど。確かに、それなら」


『これを成功させるためには完全開放を解除する必要がある。脚部のみに魔力を集中させる必要がある。外装がない状態で灼熱のブレスの中を進む。できるか?』

「我慢比べは得意な方よ」


 アルマの完全展開を解除。脚部のみに限定展開。魔力を脚部に集中。スラスター完全解放。魔力の粒子が大気に放出される。


(……目標距離百七十メートル。……やれるか……いや、やるんだっ!)


 ――――トッ!


 月に向かうウサギのように私はソラへ、跳ぶ。重力と風と炎に抗い、突き進む。


「届くはずが無いだろ。私の勝ちだ」

『イイヤ、違う。――お前の負けだ』


 ここは引力操作アトラクションの効果範囲。リンゴが引力に引かれ地面に落ちるように水平に、……落ちる。もはや、風も炎も関係ない。ただ、自然の摂理に導かれるように落ちる。


「月よ 兎よ 跳び 刎ねろ 【ルナティック・ラビット】」


 すれ違いざまに竜人の翼を斬り落とす。そして、兎のようにその背を蹴る。彗星のように高速で地面へと墜落するのであった。

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