第14話 馬車に揺られて

 私たちは馬車に揺られながらエルフの里に向かっていた。


「エルフの里ってどんな場所なのかな?」

『我も森と共に生きるエルフが暮らす集落ってことくらいしか知らねぇなァ」


 なぜエルフたちは自らの意志で故郷を離れようと思ったのだろうか。そんなことを考えた。帰ることができる故郷を失った私には自らの意志で去った彼らの気持ちを完全に理解することは難しい。


 私もこの里のエルフも、故郷を離れ生きている者としての共通点はある。だが、私の場合は自らの意志で選択したものではない。私には、去る故郷も、帰る故郷もないのだ。そんな考えがふと頭をよぎった。


「エルフと人間の違いって何だろう。外見が似てるから気づかないこともあるんだよね」

『一番の違いは寿命だろうな。エルフは二百年以上生きることができるらしいゼ』


 エルフの寿命が長いということは知っていたが、その寿命が二百年以上もあるというのはさすがに驚きだ。


 それだけ生きていれば、私にとっては遠い過去の歴史として、知っているだけの百年戦争、第三次聖帝戦争を実際に経験している者も居るということだ。


 なんとなく、自分にとっては書物の上で記されているだけの歴史であっても、エルフたちにとっは過去の記憶なのだ。そう思うと少し不思議な気持ちがした。


「でも、老いたエルフって見ないよね。エルフってみんな若くない?」

『容姿が二十代前後で止まるからだ。まあ、ぱっと見じゃ奴らの歳はわからネェだろうよ』


「なんというか羨ましい話よね」

『どうだろうな。我には正直よくわからねぇ』


「なんでよ。ずっと若いなんて最高じゃない」

『ぶっちゃけ我って無機物だろ。だから成長も変化もない。その上錆びないしな。そんな我としては、年とともに成長し、変化する人間を見てるのは面白いし、ちょっと羨ましいと思うこともなくわねぇゼ』


「ふーん。そんなものなのね。勉強になったわ」

『エルフにもエルフの苦労はあるんじゃねぇか。隣の芝生は青く見えるって言うしよ』


 リューはエルフについての説明を続ける。もともとはアルヴの森という場所に定住する種族だったらしい。だが外の世界への好奇心からか故郷を離れていった者も多いそうだ。


 そんなエルフ達が集うのがエルフの里と呼ばれる場所。アルヴの森を離れたエルフたちは人との交流も積極で、いまでは人間と結ばれる者も少なくない。人とエルフが結ばれ産まれた子をハーフエルフと言う。


『……っと、以上が我がエルフについて知っている全てだ』


 うんうんと、感心して聞いていたのだが『小娘はこれで少しは賢くなったなッ』とちょっと毒づくことを忘れないのがリューだ。ブレないなぁ……。


 良いことを言うことにテレがあるのだろうか。なんというか、リューはぶっきら棒にしか振る舞えないところがある。


(……なんというか、反抗期の男の子みたいなところ、あるのよね。なんというか無機物なのに妙に人間臭い面があるというか……)


 馬車の窓から入る空気に草木の香りが混ざり初めている。エルフの里に近くなってきているということだろう。


「でもたいしたものよね。アルヴの森ってここからかなりの距離があるでしょ? そんな所から、この自由都市に移住して、自分たちの住む新しい故郷を築いちゃったんだから」

『まあ、そうだな。やっていることは、規模こそ違えど国造りみたいなモンだからなァ』


 多様な人種が暮らすこの世界で、新天地を築くのは言うほど簡単ではなかったのだろうということくらいは想像が着く。


『一言でいえば変わり者だ。小娘とも気があうかもなッ』

「それを言うなら、アンタとも気があいそうね」


『このあたりも昔は不浄の地と呼ばれる魔物の潜む森だったそうだゼ?』

「そうなの? そんな感じはしないけど」


『そんな土地だったからこそ自治権も認められ易かったのかもしれないな』

「エルフがこの森に暮らしてくれれば、土地を浄化し、魔物も退けてくれる。それに、税金も期待できるというわけね。まあ、自由都市も慈善で領地を与えたりはしないわよね」


『そういうこと。まあ、他にも基本的にエルフは穏やかでのんびりした性格の奴が多いし対人関係のトラブルも少ないから、信頼されたんだろうな』


「そっか。じゃ、気をつけるのは、最低限でよさそうね」

『三女神教を冒涜するようなことさえしなければ問題はないはずだ』


 エルフが三女神を信仰するのはある意味自然なことだ。というのも、エルフという種族は三女神の一人、創世神アウローラが生み出した種族だ。


 当然のことながら自身を創造した存在を崇めるのは自然であり、実際その信仰は篤い。ちなみに、私の属する黒竜騎士団は三女神教とはあまり良い関係とは言えない状況ではあるので、隠せるのであれば隠した方が良いだろう。



 私は馬車を降り、エルフの里に入るのであった。

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