第35話 従属都市

 ここは、従属都市シュタインガルド。聖王国の伯爵、ロード・シュタインの統治する領地。かつては金の採掘で潤っていた都市だそうだが、だが、今や見る影もない。今や都市全体が塀で覆われており、巨大な牢獄のようにも見える。


「……なんというか、遠目から見るだけで息がつまりそうな街ね」

『こんな場所には我は長居ごめん願いてぇなぁッ』


 この街の建造物はほとんどがろくな修繕されておらず、雨風を凌げるのも怪しいというようなレベル。だが、ロード・シュタインが居を構える城はこの街にはまるで不釣り合いな、白く巨大。それは、彼の権威をあまねく万人に示す象徴のようでもある。


「街は貧しくてもお城だけは随分と立派なようね」

『この街のロード・シュタインって奴がどんなヤツか、あの城をみりゃ分かるってもんだな』

「まさに自己顕示欲の塊って感じね」


 私がここに来た理由は一つ。この街に、竜人が潜んでいる可能性が非常に高いことがハイエルフのソフィアという女が所持していた書類の多くにロード・シュタインの封蝋がされていたからだ。


 書に使われていた封蝋は複製不可能な特殊な技術で作られている物らしい。そのため組合の見解としては、ソフィアという女が意図的に偽造した可能性も低いとのことであった、


 ソフィアが手紙でやり取りしていた相手が竜人であることは、そう書かれていたので明らかなのだが、それがロード・シュタインか、その側近かは要調査項目ではある。


(……誰が竜人であろうと構わない。すくなくともこの街に竜人が潜んでいるのだから、探しだしてその首を斬り落とすだけ)


 従属都市シュタインガルドはあくまでも聖王国の領地の一つに過ぎない。だから、本来は爵位から考えてもこの領地を統べる者が城を持つなどは許されない暴挙。だが今代のロードになってからというもの、圧倒的なスピードで成長し、縦社会の貴族社会の中でも、上位の物に文句を言わせないだけの力を付けている。


「従属都市にも関わらずそんな傍若婦人なふるまい、なぜ許されているのかしら?」

『金だろう。後ろ盾になってくれる貴族どもには袖の下をススッと。金は万能だからな』


「でも、袖の下位なら珍しい話でもないし、どこでもやってることなんじゃないかしら?」

『袖の舌のケタが違うんだろ。文字通り、ゼロが一つ多い額の上納金を納めてるつーことだ』


 貴族はプライドが高く、序列意識が強い。聖王国のなかで最底辺の従属都市を預かる領主は侮蔑の対象。本来なら、イチャモンをつけられて爵位を剥奪されるなり、停止されるなりされてもおかしくないほどの傍若婦人な振る舞いだ。そして、この従属都市に許されている特例はそれだけではない。


『そしてこの国には聖王国の騎士団駐屯所すらねぇらしいぜ』

「聖王国の中でも重要度が低いんだから当然じゃない?」


『いや、逆だ。騎士団駐屯所は領地の治安保全の名目を掲げているが、実際は聖王国に反旗を翻す奴が現れないか監視するためにある。なのに、国に対する忠誠とはかけ離れたこの街に置いていない。これは、明らかな異常だ』

「なるほど。この街が異常だってのはよくわかったわ。でも、どんな手品を使っているのかしら……」


 つまり……このシュタインガルドは監視から外れた完全な治外法権。シュタインガルドの門の前に立つ。高い塀の上から機銃を構えた男が二人。エルフの里とは正反対のおもてなしだ。


「……でも、そこまでの例外となるとお金だけじゃ説明がつかなくなりそうだけど?」

『聖王国のお上も、この街を便利に使っているって噂だ。つまり、駐屯所がねー方が、ここを良いように使ってる他の街にとっても都合が良いんだろうよ』


『……この国の先代のロードは穏健派つーか日和見だったって話だが、今代は随分とあらっぽいやり方をしてやがる。まるで人が変わったようだ、なんて評判もある位だ』

「今回の場合は、文字通り入れ替わっている可能性もありそうね」

『ご名答。我はその可能性が一番高いと考えている』


 そんなことを話していると、銃を構えた男が目の前に立ちふさがる。


「おい、ガキ。貴様――このシュタインガルドに何の用だ」


 初対面の相手に『貴様』とは随分な言いようだ。エルフの里の歓迎っぷりと比べると天と地ほどの差がある。だが、冗談の通じる相手にも見えない。


(ヘタに刺激するのはやめておいた方が良さそうね。腹は立つけど、まずは中に入れてもらわない限りは、すべてが徒労になる。我慢だ)


 そうこう考えている間にも男は安全装置を解除し、引き金に指をかけている。……暴発の可能性もあるのだから、通常は威嚇でそのようなことをしないのだが。


(いつでも殺す準備はある。そういう明確な意思表示。ここは素直に答えた方が良いか)


「観光よ。安心して。数日で立ち去るわ」

「はっ! おいおい頭のユルイ、ノーテンキな馬鹿女が観光だとよ。ゲート開けろ」


「はぁ。ソレ系ですか。命知らずの馬鹿女は珍しくもないですからねぇ」

「まあ、たまにはアレの補充も必要だ。笑顔でこの馬鹿女を入れてやろうぜ」


 男が赤いボタンを押すと巨大な門がギギギと軋むよう音を立て、開く。


「おい、ボサッとしてねぇーでさっさと中に入れ、ウスノロ」


 とんだ言われようだがここで事を荒立てたら台無しだ。

 心のなかで中指を立てつつ、門を潜り街へ入るのだった。

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