第46話 馬車

 降り続ける雨が幌に落ちてポツポツという音を立て続けている。馬車の中には転生者の六人。リュウキ、エレナ、ゴロー、ユウコ、タカコ、ハクヤが座っている。王都ネフトリアで新たに支給された装備をそれぞれ身に纏い、揺れる馬車の中に座っている。


「三人減ると、ごっそりと戦力が落ちたように思えてしまうよな」ゴローが呟く。

「あぁ。そうだな。だけど、アイツらは死んだ訳じゃない。また、共に力を合わせる時もあるさ。きっと。シゲルとも、トーマとも。……シンノスケとも……」ゴローの呟きに返答したのはリュウキだ。シンノスケ、のくだりで少し声のトーンを落としながら、リュウキはそう言った。

「そう言えば、今回向かっているニゼ地方というのは、イルゴル王国との国境に近い地方らしいね。ひょんな事からシゲルやトーマと会えたりするかも!」ユウコが少しはしゃぐ様に言う。それは、シンノスケの名が出た事で少し沈んだように見えた仲間たちの気持ちを盛り上げようとしているようにも見える。

「国境と言っても精度の低い地図に便宜的に適当に線を引いたようなものっぽいし、それにニゼ地方というのは、どちらの国の王都からも遠い。シゲルやトーマに会える確率は奇跡的なモノだと思うよ」ハクヤは冷静な意見を言う。

「ネクロマンサーに辿り着くまでに私たちはたくさんの骸骨やゾンビをやっつけなきゃいけないんでしょ? 奇跡でもなんでもいいからシゲルくんと合流したいわよね。前衛職が今はリュウキくんとユウコちゃんだけだもん」タカコはそう言った。

「昨日までに繰り返した会議で、骸骨とゾンビにとどめをさすのは私とタカコ、攪乱に動くのがユウコ、盾役となるのがリュウキくん、補助とアシストをするのがゴローくんとハクヤくんという事になったけど、会議をどれだけ繰り返そうが、実戦が上手く行くとは限らないのよね」エレナが不安げに漏らす。

「そうだな。一番まずいのは四方を囲まれる事だ。エレナとタカコのMPが尽きた時に逃げ場がないという場面だけは避けなきゃならない」リュウキのこの言葉でエレナとタカコの顔が青ざめる。自分たちに為す術がないまま全周囲から骸骨とゾンビに蹂躙されるその様を想像したのだろう。

「しかしまぁ、ネフト王国の国家予算で生かされているオレ達は、ネフト王国の剣となって、王国の脅威を殲滅しなきゃならない訳だが。この六人のパーティだけでなんとかなりそうって算段はついているのかね。ニゼ地方の辺境の村まではこの馬車で連れて行ってくれるというが、そこから先はオレ達に丸投げってどうなんだろうな」ゴローがからかうような調子で言う。

「一騎当千、とは言わないけど、僕たちの戦闘力はネフト王国の一般兵に比べたらかなり高いよ。それはもちろん、スキルボードのおかげだけどね」ハクヤが応える。

「うん。今回の遠征の戦力はオレ達六人だけで、心細くないと言ったら嘘になるけど、ネフト王国の一般兵と共闘するというのもそれはそれで難しいだろう。そして、村か、或いはどこかにキャンプを張って、そこを拠点として対策を練る必要もある。その間に魔獣や骸骨やゾンビから魔石……嘆きの石を採取する事も出来るハズだ。骸骨やゾンビへ効果的なスキルというのも、何度か先頭を繰り返す中で見えてくるんじゃないかな。そうだな、新たなスキルは慎重に獲っていこう」全員の顔を見渡しながら、リュウキはそう言った。

「あ、嘆きの石についてなんだけど」ハクヤが言う。「この間、ゴローと演習をしながら話をしていたんだけどね」ハクヤは言いながらゴローに目をやる。ゴローは黙って頷いて、ハクヤに話の続きを促す。「みんなは嘆きの石の魔力をスキルボードに入れる時、少し酒に酔うような感覚を覚えた事、ない?」今度はハクヤが馬車の中のみんなを見渡しながらそう言った。

「そういえば、最初は気持ち悪かったかも……」ユウコが口元に右手をやりながら答える。

「そうだったかしら、しばらく触ってないからちょっと記憶が曖昧ね」と、エレナは言う。

「あ、あの、私は……」タカコが頬を赤らめモジモジと話し始めた。「シンノスケくんと私だけが嘆きの石の魔力をスキルボードに注入してた時……、その、だんだん、気持ちよくなっていく感覚はあったの。私、お酒を飲んだ事がないから、あれが酔う感覚と似ているのかどうかは分からないんだけ……ど」

「うん。ありがとう、タカコ。これはゴローと僕で立てた仮説なんだけどね。嘆きの石の魔力を連続して大量に注入してしまうと、お酒でいうトコロの悪酔いみたいになるんじゃないかと思うんだ。もっと有り体に言うなら、麻薬のように精神を蝕む事すらあるのかも知れない。そして、シンノスケは、スキルボードが自分にしか見えない事をいいことに、合体魔法【帰還転移】に至る最短ルート以外の多くのスキルを得ようと、大量に魔力をスキルボードに注ぎ込んだ可能性がある。そして、その魔力に精神を蝕まれ、身勝手で暴力的な性格に変貌してしまった……と。そんな事をゴローと話していたんだ」ハクヤはゆっくりと、努めて穏やかな口調でみんなにそう説いた。「シンノスケは魔力酔いのせいでああなってしまったのかも知れなくて、僕たちにもそうなってしまう可能性があるのかも知れない」と。


 六人はそれぞれに顔を見合わせ、不安げな表情を見せあっている。

 馬車の揺れは、彼らの不安をよそに、確実に目的地に近づいている事を彼らに知らせてくれている。




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