第42話 レオ

アタマのオカシイ女神は言った

世界を救ってみない?って

やだよ、そんなのめんどくせえ

そう答えたら、真っ暗になって

気がつきゃ僕はドブのなか

ドブのなか


 聞くとはなしに聞いていた歌の歌詞にトーマは耳を疑った。『アタマのオカシイ女神? 世界を救う? オレ達の事を歌っているとしか思えないじゃないか』と、トーマはその歌を歌っている男を凝視する。


 トーマとトキはクールゲ村に夕暮れと共に辿り着き、とりあえず目についた酒場に入って旅の疲れを癒し、すいた腹を満たしていた。すると、二人から少し離れたカウンターから「よー、レオ。今日も一つ歌ってくれよ」という声が聞こえてきて、同じくカウンター前のスツールに座っていた男が「あぁ、いいぜ。この歌をいいと思ったら、一杯奢ってくれよ?」と言って、ギターを弾きながら歌い始めたのだった。


『このメロディはなにか懐かしい。日本にいた時にこのメロディに親しんだ気がする。でも、こんな歌詞ではなかったよな』トーマはエールをグビリと一口飲んで、串に刺して焼かれた肉を口に運ぶ。対面に座っているトキの上半身を覆う体毛は徐々に細く短く薄くなっている。鼻と口が人間のそれに変化していく。筋肉質だった上半身はふたまわり程も小さくなって柔らかそうな肌になっていく。

「お、外では日が沈んだんだな」ポツリとトーマが呟く。

「そッスね。メシの時間に人型になれる夜はいいッス。メシが食いやすくてとてもいいッス」屈強なワーウルフからどこにでもいるような女の姿になったトキは呑気にそう言いながらエールを煽る。高い位置にあるトキのオオカミの耳はカウンターから聞こえてくる歌の方向へ少し傾いている。

 ガタリ、と唐突に椅子を下げ、トーマは立ち上がった。そして、カウンターへゆっくりと歩いて行く。トキはそれを眺めながら「すいませーん。エールを一杯と、串焼きの肉、あと三本くださーい」と近くを歩く店員に言った。


「いい歌だな」トーマは歌い終わったその男に話しかけた。

「ありがとう。一杯奢ってくれるのかい?」男はギターで和音を一つ響かせながらそう言った。

「あぁ。もちろんだ。エールでいいか?」トーマがそう言うと男は笑顔で頷いた。「エールを二つくれー」トーマはカウンターの中の男に言った。


「オレはトーマと言う。旅の途中でこの村に立ち寄って、たまたま見かけたこの酒場に入ったら、なんか懐かしいような、不思議な歌が聞こえてきたから、話しかけずにいられなかったんだ。よろしくな」トーマはエールの入ったゴブレットを少し持ち上げてそう言った。

「ありがとう。ごちそうになるよ。僕の名はレオ。僕も旅の途中なんだ。不思議で懐かしかったのかい? それは光栄だが、そんな感想は初めてだよ。嬉しいね」レオもゴブレットを少し掲げ、エールを喉に流し込む。

「あぁ。日本での生活と、あのシュマルカのバカ面を思い出させてくれるいい歌だったよ」トーマがそう言うと、レオはエールを吹き出してむせた。そして、しばしケホケホとむせ続けた後に「ま、まさか、トーマも日本からこの世界にやってきたのか?」と、目を見開いて言った。

「やっぱりレオもそうだったか。レオは一人か?オレは一緒に旅をしてきた仲間と一緒に食ってたんだが、どうだい?いっしょに」トーマは立てた親指でトキのテーブルを指し示す。

「あ、あぁ。うん。喜んで。しかし、あの耳、獣人族かい? って事は、トーマも一人この世界に飛ばされて、その中で、この世界の仲間を得たって事かい?」感慨深いといった表情で、レオはトーマにそう言った。


 キョトンとした顔で二人が交わす会話を聞きながら、トキは肉とエールとひたすらにあおっている。トーマが連れて来たその歌うたいとトーマが語る内容がトキにはまるで理解できないものだったのだから仕方がない。トーマがネフト王国で目覚めた時には同じような立場の人間がまわりにいただとか、それに対してレオはユマ共和国のスラムの路上で目が覚めてずっと一人だったとか、なんとなくは理解できるがトキには二人の会話の全てがピンとこない。ステータスウィンドウだとか、スキルボードなんていう単語が二人の会話の上で飛び交っているが、トキにはなんのことやらさっぱり分からない。

「つまり、お二人は同郷ってことなんですね? でも、そんなに珍しい事なんですか?」なんとか会話に加わろうとトキは聞いてみた。

「そうだなぁ。トキがまるで知らない街や初めて訪れた村で同じワーウルフと出会う事って、多いのか?少ないのか?」トーマは聞き返す。

「そーですねー。そんなには多くないですけど、夜のこんな酒場なんかではたまに見かけますね。昼間の耳の特徴だけじゃパッと見て判断しにくいですし、逆に夜のアタシは同族から見つけられにくいんでしょうけど、『あー、ワーウルフがいるなー』って思う事は夜の酒場ではそんなに珍しくはないです。アタシと同じ昼夜逆転型のワーウルフに出会った事は一度もないですけど」トキはそう答える。

「なるほど。それなら、オレとレオの出会いは、トキが昼夜逆転型のワーウルフに出会ったようなものだと思ってくれたらいいかもな」

「昼夜逆転型のワーウルフってのも僕は今まで見た事がないからね。トーマのそれが合ってるのかどうか分からないけども。とにかく、とても珍しい事なんだよ、トキさん」トーマとレオはそれぞれにトキの顔を見ながら言った。

「そうなんですねー。それは良かったですね」トキは二人に満足感に満ちた笑顔を見せた。トキの前のテーブルには何枚もの皿が積み上がっている。

「ちょっと待て、トキ。オマエ、どれだけ食ってんだ?」尋常じゃない皿の量に気付いたトーマは青ざめた。

「いやー。アハハ。美味しくってつい……」トキは目を逸らして言う。

「っと、ごちそうさん。じゃ、僕はこれで」と、立ち上がろうとしたレオの腕をトーマは掴み、力を込める。「レオも、食っただろ?食ったよな?」トーマは凄む。

「えーっと、トーマさんとの旅はこのクールゲ村までって事でしたので、アタシはこれで……」と、トキは言いかけたが、すぐにトーマの気迫に押されて「ダメ……、ですよね」と呟き、トーマに掴まれている腕を見る。

「オマエら、逃げるってんなら、ニンジャのオレが一番に逃げられるんだぞ!ふざけんな!」トーマは店中に響き渡る大声でそう言った。

「トーマ、ニンジャってのはそんな大声を出して目立ったりしないもんだよ?」苦笑いを浮かべてレオは言う。


 そして、いつの間にやら、トーマの背後には調理人にも用心棒にも見える恰幅のいい男が腕を組んで立っている。

 レオとトキはその男とトーマを交互に見ながら、ダラダラと汗を噴き出した。

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